夕焼けを背景に『夕焼小焼』のチャイムが流れると、流石に出来過ぎだろと思うことがある。田舎の澄んだ空気が遠くのスピーカーの音を運んできて、まるで輪唱のようにチャイムが流れる様子はどこか幻想的ですらある。
時々輪唱に不協和音が混じる。近くの道を路上販売の屋台が走っているのだ。俺は彼女の方へ振り返った。
「ねえ、なんか聞こえない?」
「え、ええ……あ、そう!? いや私は何も聞こえないけど?」
彼女が何故か必死に否定するので、段々自信がなくなってきた。
「え、聞こえないかな……いしやーきいもーって声が聞こえた気がしたんだけど」
「あ! ああ! いもね! 焼き芋! そっかーもうそんな季節なんだー気付かなかったなー」
言い合っているうちに、音が次第に大きくなってきた。間違いない、石焼き芋の屋台の呼び声である。グゥ〜と腹の鳴る音がした気がした。駄目だ、やっぱり我慢出来る気がしない。
「ちょっと買ってくるよ」
返事も聞かずに大通りの方へ駆けていく。すぐにゆっくりと走るトラックが見えた。運転席のおっちゃんに声をかける。
「すいません」
「はいよ!」
「二本下さい」
「はいよ、ちょっと待ってね!」
おじさんは威勢良く返事すると、火箸で芋を器用を取り出し新聞紙に包んでくれた。
「ありがとうございます」
「高校生か……二本だけど……ちょっとオマケして、1000円ね!」
なんてこった。死ぬほど高い……ジャンプが4冊も買えてしまう。しかし目の前の甘く焼ける臭いにはもはや抗しきれなかった。
「はい」
「えっ。ああ、ありがとう」
芋を手渡すと、彼女は少し顔をしかめた。御礼を言ってからもじっと手に持ったまま食べようとしない。
「どうした? 芋、苦手だった?」
「いや、そうじゃないんだけど……」
「あ、それともお腹、あんまり空いてなかったかな? ごめん、俺めっちゃ腹減ってたからつい1個ずつ買っちゃって」
「それはいいの!」
思った以上に声が出たのか、彼女は叫んでから軽く身体を震わせた。
「あの、ありがとう。寒かったし、少しお腹空いたなって思って」
「そう? それならいいんだけど」
一足先に芋にかぶりついたとき、彼女が何か呟いた気がした。
「大丈夫、さっき出たところだから……大丈夫……」
かぷり、と彼女が芋に齧りつくと同時に、何か小さな音が聞こえた。例えるならそう、空気が破裂して吹き出すような音が。