Neetel Inside ニートノベル
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 その男の纏う空気は明らかに異様だった。一歩足を踏み出すたびに周りの通行人たちが彼の方へ振り返り、目を驚いたように瞠ってから慌ててそばから離れる。結果として彼の前からは人が引き潮のようにどんどん人が引いていき、彼は無人の道であるかのように新宿の雑踏を平然と歩いていた。
 もし注意深く彼を観察していれば、その肩の上に小さな蜘蛛のような形の機械が乗っていることに気付いたかもしれない。いや、気付いているからこそ、誰もが男を避けて歩くのだ。それが男には我慢ならない。
「ちょっと、何あの人……」
「やめとけって。ほら、肩に乗ってるだろ? アレ」
 一組のカップルがヒソヒソ声で会話しながら彼の横を通り抜けようとした。
「おい! てめえら、ジロジロ見たりコソコソ話してたりすんじゃねーぞ!」
「す、すいません」
「うるさい! お前には言ってない!」
 男はまた怒鳴ったが、その目はカップルではなく、自分の肩に向けられていた。
「あの……」
「うるせえ! これ以上何か言ったらムシって叩き壊すぞ!」
 周囲には早くも野次馬たちが集っている。そこに突如として電子音声のような声が鳴り響いた。
「ピー。当該行為は遵守事項に違反しています。ただちに行為を停止するよう警告します」
「俺はまだ何もしちゃいねえだろうが! 悪いのは勝手に俺が何かすると思い込んで爪弾きにしてるコイツらの方だ! 違うのかよ!」
「お気持ちは理解しますが、その事実が行為を正当化する論理は存在しません。ただちに非推奨行為をやめ、通常の保護観察プログラムに復帰してください」
「黙れ! 機械に人間の気持ちが分かってたまるか!」
「ピピー。今の発言はレベル5の暴言に相当。保護観察官への報告対象となります。ただちに発言の取り消しを推奨します。取り消さない場合……」
「うるさい、うるさいうるさい! なんだこんなもの!」
 男は肩の上の機械を掴んで投げ捨てた。地面に叩きつけられた機械は、ひっくり返った状態のまま大音量で警告を呼ばわり続けている。
「ピピー。今の行為は一般遵守事項の1に違反しています。ピピー。今の……」
「違反でもなんでも構うものか! こうなったら万引でもなんでもして、無理やりにでもムショに帰ってやろうじゃあないの!」
 男は一通りわめき散らすと、血走った目を群集に向けた。
「まずはお前らからだ!」
 男が吠えると同時に悲鳴が上がり、辺りはパニック状態となった。

       

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