Neetel Inside ニートノベル
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「次は、玉手町2丁目、玉手町2丁目、お降りの方は、ブザーを押してください」
 電子音声のアナウンスの声にハッと我に返った。心地良い振動についつい居眠りしてしまっていたらしい。危うく乗り過ごすところだった。降りようと思い壁というより窓枠と言う方が正しそうな側面に手を延ばした。
 延ばした手は何にも触れることなく空振った。
「あれ? ここにボタンがあるはず……」
 キョロキョロと辺りを見渡した俺は愕然とした。ない。押すべきボタンがどこにも。
 もう一度落ち着いて車内を確認する。降車ボタンを除けばいつも通りのバスの光景である。買い物帰りと思しきおばちゃん連れや子供連れの母親が2、3組。帰宅途中の学生児童が4、5人。地元の祭だのバスカードのお知らせだのがベタベタと貼りつけられた天井や掲示板。車内前方の行先と運賃を表示する電光掲示板、玉手町2丁目の文字だけがまばゆいが、それすらも正直言えば田舎くさい。
「玉手町2丁目!!」
 そうだ、こんな風に感慨に浸ってる場合じゃない。俺は走行中なのも気にせず席を飛び出した。前方、運転手の席の真横まで駆け寄ると叫んだ。
「すいません! 降ります!!」
 返答なし。ちらりと窓の外を見る。まずい、もうすぐ停留所だ。運転中の人間に触れるのは御法度だろうが止むを得まい。俺は意を決して運転手の背中に手を伸ばした。くにゃり、と手応えのない反応が掌に伝わる。同時に運転手は、ぱさり、と乾いた音を立ててハンドルの上に倒れ込んだ。その顔には目がない。鼻も口も。
「の、のっぺらぼうだー!!」
 俺は叫びながら反射的に後ろを振り返った。まるで助けを求めるかのように。しかし、そこに俺が頼れるような人はいなかった。否、そこに人はいなかったのである。車内にいる人たちの顔、そこにも目や鼻や口はなかった。彼らは奇怪な行動を取った筈の俺に注目するでもなく、ただ、同じ場所で静止しているだけだった。
 バスが止まり、ドアが開いた。
 俺が外に出ると、ラップトップ片手にメガネの技術者然としたおっさんが声を掛けてきた。
「いつも悪いねー。ホントは僕が乗れればいいんだけど、データ取りがあるし……」
「いや、別にいいよ。暇潰しにもなるしね」
「そっか。今日は何してたの?」
「ホラーごっこ」
「え?」
「冗談だよ」
 俺はそう言うと、顔を見せないように彼に背を向けた。危ない危ない。趣味をバラすのは危険だからな。

       

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