Neetel Inside ニートノベル
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幼い頃は楽しみだった雪や台風が、大人になると憂鬱なものでしかない、などとよく言われているが、私には当てはまらないと思う。雪にしろ台風にしろ、日常に非日常をもたらしてくれる存在である。天災によって人に不幸が起こること自体は悲しいが、それが私自身の楽しみを奪うことはない。家を早めに出たり、会社に前泊したり、電車が遅れて酷いラッシュに巻き込まれたりするのは確かに辛いが、逆に言えば、それは普段の日常では絶対に体験することの出来ない特別なイベントでもある。簡単に言えば、本能によるワクワクは、理性で抑えきれないということだ。
というわけで、私は雪が融けてぐしょぐしょになった地面を踏み締めつつ、会社に向かっていた。この辺りは坂が多いので、ちょっと積もっただけでも凍結や転倒が怖い。そこで地元の住民総出で狂ったように融雪剤を撒くのだ。おかげで降った当日だというのに地面のアスファルトはしっかり剥き出しで、大量の雪解け水に黒光りしている。脇には雪掻きの残骸である汚れた雪の上に白い融雪剤がふりかけかチョコチップのように振りかかっている。
この光景を見るのも3回目ぐらいにはなる。今はまだ新鮮な非日常の中にあるが、何度も見るうちに、これも日常の中に回帰していくのだろうか。そうしたら、今度こそ私も、楽しみだった雪や台風を、憂鬱で、嫌なものにしか感じられなくなるのだろうか。それは嫌だな。
私は空を見上げた。雪は昨晩に比べれば大分小降りになってはいるものの、未だに白い花を咲かせている。これなら当分は持つだろう。時間は結構ギリギリなので、思い切って有給を取ってしまうことにする。私は近所のスーパーまで、氷を求めて走り出した。
数時間後、私は目の前の3体のゆきだるまを満足しながら眺めていた。1体は普通の形。1体はこけしみたいな恰好、もう1体はマトリョーシカみたいな形をしている。正確にはかき氷機の氷で作ったのでかき氷だるまだが。スキー用の手袋をして作業をしたのだが、流石に少し手がかじかんでいる。手袋を外して擦り合わせていると、向かいの家から融雪剤の袋を持ったおばさんが現れた。
「こんにちわ」と挨拶すると、おばさんはちょっと会釈して、それから変な顔して私とかき氷だるまとを交互に見た。おばさんよ、これが非日常だ。私は心の中でそう胸を張ってみたが、おばさんには通じなかったかもしれない。

       

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