「じいちゃん、あれ」
船の上に幼い娘の声が闇に響く。船を止めた老人が外に篝火を放ると、ぼうと人影が浮かび上がった。
「何してんだ、こんなところで」
気だるげに老人が問い、女の声が答えた。
「そりゃ勿論、ヒッチハイクよ」
篝火は、右手の親指をピンと立てた少女の姿を照らしていた。
「ねえねえ、何してたの? どこから来たの?」
幼女は話相手が出来たのが嬉しいのか、しきりに少女に話しかける。
「旅行よ、旅行。ニオブから歩いてきたんだけど」
「フン、生身で砂漠横断たぁ大した自殺志願野郎だ」
「あら、確かに昼間は灼熱地獄だけど、夜ならそれなりに動けるし、上手く砂丘の影やオアシスを使って休めばキチンと旅行も出来るのよ?」
馬鹿にするとも天真爛漫とも取れる微妙な口調であった。老人はもう一度、フンと鼻を鳴らした。目は船の進行方向を見据えながら、「気流」を受けて無言で帆を操る。
砂漠での操船は、力はさほど必要ないが、海上とは違う特殊な技術が必要だ。海流の影響がない代わりに、風もほとんどない。代わりに魔化された帆を使って、「気流」を読む。「気流」は大気の揺らぎなどで感じ取ることが出来るが、それらを会得するには長年の経験が不可欠になる。
しかし、真に砂漠で恐ろしいのは操船や気候ではない。「それ」は恐ろしく凶悪で巨大で素早い。船を襲うことは稀であるが、テリトリーを荒らす者には容赦しない。それゆえ、船乗りは絶対に「それ」を避けなくてはいけないのだが、出食わすかどうかは殆ど運だ。
今日の老人には運がなかった。
僅かな砂の動きと鱗の擦れる音。それを感じ取った老人が回避行動を取ろうとした時、突然「気流」の動きが変わってしまったのである。予想外の船の動き。その先には、体長10mほどにもなる大蛇がいた。
真っ先に動いたのは老人だった。幼女を抱き上げ、船の上から飛び降りる。同時に大蛇が尻尾を振り上げた、と思ったら、大蛇は力のない唸り声を上げると、その場に崩れ落ちた。
老人の前に少女が降り立つ。軽く手をはたいて一仕事終えたという雰囲気だ。
「……お前がやったのか」
老人の問いに少女は小さく頷いた。
「一人で探すよりも、船をデコイにしてもらった方が上手くいくかと思って。ごめんなさい」
そして胸を張ると、こう名乗った。
「あらためまして、サンドサーペントハンターの、エオウィン・リンドバーグと言います。ご協力ありがとうございました」