Neetel Inside ニートノベル
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「じゃあ、来週の大会には出られないんですか?」
「やめといた方がいいでしょうなぁ。ここで無理すると慢性化しかねんですぞ」
眼鏡をかけた老年の医者がそう答える。それを聞いた青年は、肩をがっくりと落とした。
「お願いします。毎年うちのが凄く楽しみにしてるんですよ。なんとかなりませんか」
「私に言われてもねえ……お薬は出しときますよ。ギプスは1ヶ月したら取りに来て」
尚も粘ろうとする青年が看護婦につまみ出されたのは、それから30分後のことだった。

日曜の朝。青年は不思議な気持ちで目を覚ました。二人で生活するようになってから5年経つが、この日にこんなにのんびりと起きたのは初めてのことだ。あくびをしながら部屋から出る。
「去年と違って何もないから、のんびり準備が出来るよな……あれ」
青年は先ほどから感じていた違和感の正体に気付いた。彼の妹、レナが、どこにもいないのだ。
「出掛けたのか? でも用事があるなんて一言も……」
不思議に思いながら、青年はテレビのスイッチを入れた。途端に歓声と共に、三辻港マラソン大会の様子が写し出される。地方ローカルの大会だが、優勝商品が特産のクロマグロ1尾分の赤身とあって注目度は意外に高い。
と、青年の目がテレビのある一点に釘付けになった。
「……レナ!!」
叫び声が漏れるよりも早く青年は走り出していた。

やっぱり無理をしてでも自分が出るべきだった……青年は激しく後悔していた。レナはマグロが大好物なのだ。きっと、兄が出られないなら自分が出てマグロを食べようと思ったに違いない。
痛み始めた足を引きずって走る。コースのある大通りに出ると、トレードマークのサクランボの髪ゴムが車列の向こうに見えた。
良かった、無事だった……そう思った瞬間、飛び跳ねていたサクランボが消えた。いや、消えたのではない。彼女は道路の上に崩れ落ちていた。
「レナ!!」
青年は車が飛び交う中を妹に向かって駆け出した。急ブレーキ、クラクション、それから凄まじい怒号。それら全てを引き連れて、兄は、妹を抱き抱えて言った。
「済まない、俺のせいでこんな……」
しかし、レナがそれを遮った。
「お、兄、ちゃんが、すごく、がっかりして、た、から……」後は激しく咳こんで言葉にならなかった。彼女は喘息持ちなのである。
だがそれで十分だった。青年は徹底的に打ちのめされ、自嘲気味に呟いた。
「なんだ、レナを追いつめたのは俺の足じゃなくて、俺の心だったんじゃないか」

       

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