Neetel Inside ニートノベル
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 夏休みが終わることを考えると、トモヒロは憂鬱だった。終わるのが、というよりは、終わってクラスの奴らと顔を合わせるのが、だ。
 別に不登校だとか、いじめられているとかいうわけじゃない。友達はそれなりにいる方だ。むしろ友達がいるからこそ、憂鬱さが増すとも言える。
 今頃彼らはそれぞれの両親の実家で、川や海で泳いだり、山で虫取りをしたりしているのだろう。暑いだの疲れただの、日に焼けて痛いだの言いながら、楽しそうに夏を満喫する友人たちを想像しただけで、トモヒロはげっそりとした気分になった。
 窓の向こうを眺める。首都高の高架の上と下を流れるように走る車の列が見えた。これが母親の実家の夏の風物詩である。もっとも、光の量が多少違うだけで冬も春も景色には大差ないが……。夏の陽光をギラギラと照り返して、まるで宇宙人の銀色の血液のようだ、とトモヒロは思った。

「ヒロちゃんが来てからいっぱい食べてくれるから、作り甲斐があるわ」
「こんなに食べられないよ……」
「何言ってるの。まだ若いんだから、沢山食べて力付けなちゃ駄目よ。よく食べないと夏バテになっちゃうでしょ」
 祖母は料理好きなのか、とにかく用意する食事が多い。種類もそうだが、何より量が凄まじいのだ。老人の二人暮らしでは1週間かかっても食べきれなさそうな量が1回の食事で登場するので、さしもの中学生もタジタジである。
 祖母と二人で食卓に料理を並べていく。メインの素麺は大きなガラスの器に盛られ、氷水の中に半分漬かっている。副菜には唐揚げ、レンコンのきんぴら、ポテトサラダ、冷奴、いなり寿司、などなど……。
 母親は高校の友人と食事だとかで出掛けていったので、今家の中には祖母とトモヒロしかいない。祖父はこの時間は大抵碁会所に入り浸りだ。つまりこれらを自分がほぼ全て平らげなくてはいけないわけか、とトモヒロは思った。もちろん、そんなことが出来るわけがないが。
 椅子を引いて座ると、つけだれの器に素麺をよそう。この素麺に、今ここにある夏が全て詰まっている、とトモヒロは思った。クーラーの聞いた洋風のダイニング。銀色の車の血流。トモヒロにとって、それらはただの日常の延長でしかなかった。ならばせめて、夏まみれになっている友人達に対抗出来るよう、少ない夏を満喫しなければならない。そう思いながら、トモヒロは素麺をすすりあげた。

       

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