Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

 そのおじいさんは、夜になるといつも屋根の上に登って、空を見上げながら手を上げてなにかをしていた。傍目には、ちょっと指揮をしているみたいだ。
 近所の人は、大体おじいさんのことを、頭のおかしくなった人だ、と言っていて、それは私の両親も例外ではなかった。私の家のベランダに出ると道一つ挟んで屋根の上のおじいさんがよく見えるのだが、私がそれを指差したりしようものなら、「やめなさい」と諭されるのが常だった。夜におじいさんの家の前を通る時も、ちょっとでもそっちを見ようものなら「見ちゃいけません」と怒られたものだった。

 その日は朝から風邪気味で、私は部屋でぼーっとしていた。「そんなに辛くないから学校に行く」と言ったのだが、母は心配性で無理矢理私をベッドに押し込んで仕事に行ってしまったのだ。素直な私とはいえ、無理に眠れるわけでもなく、パッチリ冴えた目を持て余していた。
 その時だった、不思議な唸り声と、それから鋭い叫び声を聞いたのは。窓から外を見て、あのおじいさんが前の道に倒れ伏しているのを発見したあと、すぐに救急車を呼んだのだから、当時としては中々マセたガキだったと思う。
 おじいさんの家には誰もいなかったから、救急車には隣のおばさんと私が立ち合うことになった。担架に乗せられる時になって、おじいさんが私に向かって手招きした。
「……これを」
 おじいさんに渡されたのは、小さな方形の缶と、ピンセット。そういえば、屋根の上でこれをいつも持っていた気がする。
「星を掴むんだ。頼んだよ」
 そう言い残して、おじいさんは救急車へと吸い込まれていった。

 皆さんも覚えておられるだろう、数年前の白夜現象。星空の星が次第に増えていき、しまいにはまるで昼間の明るさを超えた白い光が空から降り注いだあの日である。それがこの日の夜だった。
 すっかり明るくなった空を眺めながら、私はおじいさんに言われたことを思い出していた。缶を開けると、そこにはキラキラ光るビーズか砂のような粒が溜っている。それを見ているうちに、私はおじいさんが何をしていたのかを理解した気がした。そして、今夜私が何をしなければならないのかも。私はピンセットを持つ手を、夜空に伸ばした。

 退院したおじいさんは、今でも夜になると屋根の上でピンセットを使っている。そのうち母の目を盗んで会いに行かなくては。オリオンの三つ星を歪めてしまったことを謝る必要がある。

       

表紙
Tweet

Neetsha