Neetel Inside ニートノベル
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 機内にエマージェンシーコールが鳴り響く。揺れる飛行機、風を切る轟音。空気は酷く冷たく、いつのまにか吐く息が白くなっている。ここまで明確に再現出来るものなのか、と韮崎は内心驚いた。
 この模型型フライトシミュレータでは、パイロット候補生の避難訓練が実施されている。客の怒号はスピーカーから流すこだわりっぷりだ。パーサー役の訓練生が機内アナウンスで誘導をかける。韮崎も指示に従ったが、非常口の列が中々進まない。首を伸ばして前を窺うと、先頭の奴が怒鳴っているのが聞こえた。
「だからないんだって! 地面!」
 地面がないだと? 韮崎は慌てて近場の席の窓を開けた。

 見渡す限り一面の白い雲が眼下に広がっていた。

 余りのことに声を失っていると、横でスマホのGPSを確認していた笹原が声を上げた。
「おい、このシミュレータ操縦されてるぞ」
 そう言うと、面々にスマホの画面を見せる。現在位置の軌跡を示す線は、旋回を示すかのように左に曲がっていた。
「でもおかしくないか? 旋回してるならもっとGがかかる筈なのに」
 その時、コクピットの方が急に騷がしくなった。
「もういいよ! 放っとけって!」
「何の騷ぎだ」
 韮崎が笹原と共にコクピットに向かうと、操縦席には、戸川が座って操縦桿を動かしていた。訓練生が取り囲んで険悪な空気だが、戸川も誰にも操縦席は渡さんとばかりに目をギラギラさせながら操縦を続けている。そういえばコイツ訓練飛行でもハンドルハッピーな感じだったな、と韮崎は思った。
 戸川の様子を遠巻きに見ていると、笹原が韮崎の脇腹を突いた。
「戸川の操縦と機体の動き、連動してるぜ」
「マジかよ。話がうますぎるだろ」
「事実なんだからしょうがねえだろ」
 韮崎は戸川に声をかけた。
「戸川、羽田に着けられるか?」
「任しとけ。俺を誰だと思ってやがる」
 いや、ただの訓練生だろ、と韮崎は思ったが、声には出さなかった。

 結論から言うと、戸川の操縦によって機体が羽田に到着することはなかった。
 シミュレータが羽田の滑走路に停まった瞬間、濃い霧のようなものに包まれたかと思うと、元の倉庫に戻っていたからだ。そういえば羽田からの管制指示もなかったな、と韮崎が言うと、笹原が言った。
「レベルEってマンガ読んだことあるか?」
「なんだよいきなり」
「いや、知らないならいいんだ。どうやらお前じゃなさそうだし……」
 取りあえずは助かったしな、と笹原は呟いた。

       

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