Neetel Inside ニートノベル
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 そっと引き戸を開けると、匂い立つ、少し古い紙と木材の匂い。ああ、懐かしい。昔はこの匂い、少し苦手だったっけ。そんなことを思いながら静かに足を踏み入れる。母校の図書室は、昔と微塵も変わらない様子で私を出迎えてくれた。
 普通の女子高生だった私は、ある男の先輩に憧れて図書室に通いつめるようになった。よくある話である。とはいえ、引っ込み思案の女子高生に出来たのはそこまでで、遂にその先輩に話しかけるには至らなかった。
 その先輩がいつも座っていた席に目をやる。もうあの時から6年も経つというのに、なんだか昨日のことのように思える。私が思わず目を細めた瞬間、辺りが急に暗くなった。

 そこには、私と先輩がいた。より正確に言うならば、『あの頃の私と先輩』だ。目の前の私は図書当番で、返却された本を抱えて本棚へと運んでいる。ご丁寧にも先輩の好きそうなジャンルを集めて、先輩のそばを通っている。それが当時私に出来る精一杯のアピールだった。
 その時、先輩がふと私の方を見た。一瞬止まる二人の時間。瞬間、私がバランスを崩し、先輩の上に本の雨が降り注ぐ。倒れ込む二人、謝る私、なぐさめる先輩が落ちた本を手に取って……

「先生? 先生!」
 目の前で女の子が心配そうに私を見ている。ハッとして回りを見ると、いつの間にか生徒が何人か入ってきていた。
「信任の司書の先生ですよね? 私、今日の図書当番です。もう時間なんで開けちゃいましたけど……」
「ええ……ありがとう」
 私はなんとかそう返すと、司書の席についた。さっきの幻想を思い返す。先輩の横を通ったのは本当にあったことだ。でも倒れたことはない。だからその先は、『実際には起きなかったこと』ということになる。もし現実でも倒れていたら、あの幻想にあった通り、先輩と言葉を交わし、仲良くなることが出来たのだろうか……。

 もう一度先輩の席に目をやる。不思議というかやはりというか、そこには男の子が座っていた。その横をさっきの女の子が本を持って通り過ぎる。ちら、と女の子が男の子に目をやる。その直後、今度は男の子がちらりと女の子を見る。私は思わず吹き出しそうになった。
 別の本を探すふりをして、そっと女の子のそばに立つ。足を軽く払った。女の子はバランスを崩して、男の子の上に本の雨が……。私は心配するふりをしながら、数年越しの難問に解答を見つけたような気分を味わっていた。

       

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