Neetel Inside ニートノベル
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 煙草は嫌いだ。くさいし、けむたいし、近くにいるだけで服にヤニがつく。実家の壁や換気扇は濃い茶色に変色していて、拭いても拭いても、ふきんが汚れるばかりで全く取れない。紫煙などと表現するが、茶煙とでも言った方が正確なのではないか。
 煙草が嫌いだ。煙草の臭いを嗅ぐと、大学の頃の記憶を思い出すのだ。大学の頃、私の部屋にはよく喫煙者が出入りしていた。そいつは凄いイヤな奴で、いつだって私に連絡もなしに突然現れては私を困らせた。
 煙草は嫌いだ。私の知る喫煙者はマナーというものを知らない。フラリと私の部屋に寄ってはところ構わず煙草を吸って私の部屋を汚したり、勝手に部屋の物を触って場所を変えてしまったり。何度言っても覚えてくれなくて、結局私が位置を元に戻さなくてはならなかった。「慣れない人の部屋を掃除するのはよくないな」と言ってそいつは悲しそうな顔をして笑っていた。
 煙草が嫌いだ。就職してから、そいつは勝手に私の部屋の冷蔵庫を漁って晩御飯を作ったりするようになった。合鍵を渡していたのだ。勝手にやるものだから色々予定が狂う。そう言うと、そいつはやっぱり悲しそうに笑って、「忙しそうだからたまには手料理をって思ったんだけど、やっぱりあかんかったね」と言った。
 煙草は嫌いだ。その喫煙者は、ある日を境に突然姿を見せなくなった。私に事前の報告もないどころか、合鍵まで持ち逃げである。そういうことはしないでくれとずっと言い続けていたにも関わらず、だ。忙しい合間をぬって探し出そうとしたけれど、見つけることが出来なかった。
 煙草が嫌いだ。私の知っている喫煙者は、結局私に一言も告げることなくこの世を去った。若くして肺癌を患ったことを、遂に生前私に明かすこともなかった。私を悲しませないよう、人知れずこっそり死ぬつもりだったのだと噂に聞いた。
 私は、煙草が、大嫌いだ。煙草の臭いを嗅ぐと何故だか涙が出るからだ。目に染みるのだ。臭いし、煙たいし、近くにいるだけで服にヤニがつく。もう、煙草なんて見たくもない……。

       

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