Neetel Inside ニートノベル
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 龍彦がアマチュア無線を始めたのは叔父の影響である。父の実家の二階の叔父の子供部屋ーー今では物置となっているその部屋で、古びた無線機を見つけたのだ。古くてゴツいそれは、龍彦にとって不思議な男の魅力に溢れていた。
 無線機は古くて痛んでいたが、基本的な機能は壊れていなかった。積もっていた埃をすっと指で擦ると、黒い筐体と大量のボタンと計器が現れた。龍彦は吊り込まれるようにそれを見つめ、一番大きな「POWER」のスイッチを押した。
 頭を揺さぶられるような突然の衝撃に顔が上を向く。それが無線機から流れる凄まじい雑音だと分かるのに少しかかった。耳を塞ぎながら、音量調節バーを探す。
「音量下げなきゃ……どれだろ……これ?」
 適当にいくつかダイヤルを選んで上げ下げする。音が小さくなったと同時に、雑音が突然クリアになり、人の声が聞こえるようになった。
「……あー……もしもし、聞こえるか? 聞こえたら応答してくれ」
 知らない声だった。しかしどこか聞き覚えのあるような、親しみを感じる声だった。

 基本的に面倒くさがりな龍彦だったが、叔父との交渉、アマチュア無線免許の取得、更には無線局の免許更新に至るまで、自分でもどうしたと思うぐらいに面倒な事務作業は苦にならなかった。それもこれも、あの「謎のおっさん」による手引きと、彼との会話に伴う高揚感が為せる技だった。
 「謎のおっさん」とは話がよく合った。合い過ぎて正直怖いと思う時もあったぐらいだ。それぐらい趣味が被っていたし、おっさんの流行を先読みする力は凄かった。どうしてそんなに良く分かるのかと聞くと、「おっさん」は決まり悪そうにこう言った。
「分かるっていうか、知ってるんだよね……まあ龍彦くんもそのうち分かるよ」
 アマチュア無線に傾倒するにつれHAM仲間は増えていったが、「おっさん」の存在を知っている者を見つけることは出来なかった。オフ会などにも姿を見せることはなかった。

 月日が流れ龍彦もおっさんになった頃、突如「おっさん」は電波の上から消えた。「おっさん」を探して各チャンネルをザッピングする龍彦の耳に、懐かしい声が聞こえてきた。
「音量下げなきゃ……どれだろ……これ?」
 龍彦はしばし呆然としたが、それも一瞬だった。何せ自分が言うべきセリフの出番はすぐそこである。呆けている余裕はない。龍彦はマイクのスイッチを入れた。
「あー、もしもし、聞こえるか?」

       

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