Neetel Inside ニートノベル
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 金属のパイプが走っているのに土壁という不思議な空間で私は目を覚ました。ここはどこだ? 頭がボーッとしていて、何も考えられない。「思い出せ……」という男の声が頭の中に響く。誰? 思考に力が入らず、疑問は掴みきれないまま虚空の底へと沈んでいく。
「どう? 思い出した?」
 声の方に顔を向けると、心配そうな男の顔と目があった。ゆうちゃん……そう、私の幼馴染のユウヤだ。いつも私の後ろに泣きながら着いてきた泣き虫ゆうちゃん……どうして忘れていたんだろう?
 記憶のピースが一つ埋まると、そこから回りの記憶が少しずつ戻り始めた。私がゆうちゃんから「しぃちゃん」と呼ばれていたこと……昨年、私たちを育ててくれた神父様が亡くなったこと……ゆうちゃんが私たちの生活を支えるために出稼ぎでいなくなったこと……ゆうちゃんの留守中に弟妹たちが人さらいにあったこと。そして私は皆を助ける為に、奴らの本拠地に忍び込んだこと。
 意識が段々はっきりしてきた。辺りを見渡すと、どうやらここは私の忍び込んだ本拠地のようだ。要するにゆうちゃんは、出稼ぎ先からわざわざ戻って私を助けてくれたのだ。
「思い出せ……」まただ。さっきと同じ声。私は全てを思い出したはずなのに……この声の持ち主だけは……全く記憶にない。晴れたはずのモヤがまたかかり始めていた。
「しぃちゃん……?」
 ゆうちゃんが心配そうに私を見る。優しい目鼻立ち。身体の強さで抜かれてからも、決しで暴力には頼らなかったその気性の穏やかさ。面と向かっては言ったことがないけど、そんなところが好きだった。
 好きだった?
 なぜ、過去形なのだろう。自分のモノローグに違和感を持つ。
「思い出せ……」
 そうだ。思い出した。私はこの声の主のことを好きになったのだ。だから、ゆうちゃんのことはもう好きではない……。
「しぃちゃん?」
 ゆうちゃんは歩みを止めて私の顔を覗き込んでいる。全く疑うことを知らない顔。無防備に曝け出された背中。その気になれば簡単に殺せてしまう。例えばこうやって、思い出した通り……。
 短い悲鳴。イヤな弾力の感触が、ナイフを握った私の手に伝わってきた。そのままナイフを少し捻って抜くと、ゆうちゃんはまた少し呻いた。絶望的な顔。可哀想だと私は思ったが、それでも思い出した通りに酷薄そうな笑みを浮かべる。
「ごめんね。お陰で全部思い出してしまったわ。私がご主人様のモノになったことも♪」

       

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