Neetel Inside ニートノベル
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「今日はどうされました」
 医者が問うと、患者がポツポツと語り始めた。
「心が落ち着かないのです。全体的にけだるくて、何をしても楽しくない、そう思う一方で、このままでは駄目だ、何とかしないとという思いが日ましに強くなってきています」
「軽い抑うつ症状と強い焦燥感……と」
「うつではないと思うのです。うつならもっと悩みとか深刻だと思いますし、仕事も今のところちゃんと続けています。ただこの、何かしなければという気持ちがずっと晴れなくて……」
「その『何か』というのは、具体的に思い当たることはないのですか? 仕事とか、恋愛とか、勉強とか」
 患者は目線を外して俯いた。
「いえ、特には……色々試してはみるのですが、どれをやってもすぐに『これではないな』と感じてしまいます」
「焦燥感は漠然としており改善は見られない……と」
 医者はカルテに何やら書き込むと患者に向き直って言った。
「じゃあ、食べさせてください」
「は?」
「食診です。頭こっちに向けて? ほら早く」
「い、いやです、そんな得体の知れない治療……」
「治療じゃなくて検査の一環なんですけどね。イヤならしょうがない……ちょっと君」
 医者は看護士を呼んで言った。
「彼の頭抑えてて。食べるから」
「うそっ、いやっ、離して、離せ、うわあああ!!」
 暴れる患者の頭を、看護士は無言でガッチリと掴む。医者がそこにかぶりついた。
 診察室に響く患者の暴れる衣擦れの音と咀嚼音。
「んちゅんちゅ……はむはむ……こにょあじは……ちゅぱぁ……もう結構ですよ。君、ありがとう」
「何するんですか……!」
 患者はガタガタと後ずさりして警戒態勢を取ったのを見て、医者は呆れたように言った。
「別に何もしちゃいないですよ。ちょっと精神を舐めただけ。別に痛くもないでしょう?」
 ハッとして頭に手をやる。先ほど医者の口が当たっていたところを触ってみると、確かに傷一つついていなかった。
「軽度の適応障害ですね。可能なら転職をおすすめしますが……まあ、職場に深入りし過ぎないように、趣味や友人との交流など、他にも居場所を作るのがいいと思います。抗不安薬出しておきますね」
 サラサラとカルテを書く医者に、患者は恐る恐る聞いた。
「あの、私は何を食べられたんでしょうか」
「食べたというより、舐めただけですよ。精神を病んだ方の精神は美味しいから、診断に使えるんですよ?」
 精神ヤムヤムってね、と医者は笑った。

       

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