Neetel Inside ニートノベル
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 俺は嘘を付くのが嫌いだ。だからかすみ先輩の軽い口調の質問にも、仕方なしに正直に答えるしかなかった。
「いますよ、好きな人ぐらい」
「ええー、誰よ、誰だれ?」
 先輩の情け容赦のない追及が飛んでくる。他の奴も、それぞれに違う話をしたり料理を突いたりしつつ、こちらに神経を集中させているようだ。
 俺は嘘を付くのが嫌いだ。だから出来る限り、言いたくないことは聞かれないように立ち回ってきたのだ。
 なのにこの人ときたら、土足で人の心にずかずか入り込んで、ひっかき回しやがって。
 そんなところが、たまらなく好きなのだ。
「先輩ですよ」
「え? どの先輩?」
「かすみ先輩ですってば。僕が好きなのは」
 騷がしかったはずの部屋が不気味なほどに静まりかえっていた。頭から爪先へと、軽い後悔がツーンと駆け抜けていく。俺は思わず目を伏せた。
 沈黙は一瞬で終わったが、先輩だけはまだ氷の世界から帰ってきていなかった。
「……先輩?」
 先輩の前でひらひらと手を振ると、先輩の顔に生気が戻る。と同時に顔が真っ赤に染まった。
「ち、ちょっと、トイレっ!」
 呆気に取られた俺を置いて、先輩は風のように逃げていった。残された俺の背後に、人の恋バナを食い物にするハイエナたちの気配が……。
 俺は覚悟を決めた。

「先輩」
 ドアの前で呼びかけると、大きな音がした。「いてて……」という声。大慌てで立ち上がろうとして転んだようだ。
「和泉くん……? ここ女子トイレよ」
「先輩、逃げましょう」
「え?」
「こうなってしまったらこの飲み会は、俺たちにとって針のむしろです。本当にすみません……お詫びに、俺が責任を持ってここから先輩を逃がしますから。店員さんに頼んだんでこっそり裏から」
「……いや」
「いやホント申し訳ないですけど、ここは一つこらえてですね」
「駄目よ和泉くん。告白した側が謝るなんて絶対駄目。取り消して」
「はい?」
 俺はひっくり返りそうになった。そうだ、猪瀬かすみというのはこういう女だった。
「告白が中途半端なのは許すわ。私が逃げたのも悪いし。だけど、それを謝罪してなかったことにしようなんて、絶対ダメ。私が許さないわ」
 だから、という声とともに、ドアが内側から開いた。
「ここから連れ去って。私をここから誘拐してくれたら」
 許してあげる、という言葉はいつもの落ち着きを取り戻していた。
 こういうところが、たまらなく好きなのだ。

       

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