Neetel Inside ニートノベル
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「春の甲子園、選抜高校野球は大会4日目の第三試合をお送りしています……」
 テレビから聞こえるアナウンス以外は静まり返った店内。俺は手札から切り札を取り上げた。
「くらえっ、ダイヤの4・5・6・7の階段!」
「はいはいパスパス」
「出るわけないっしょ」
「平民の反逆許せん……」
「はいじゃあ全員パスね。8切りから9のシングルで上がり」
 ポイポイと手札を出し尽し、俺は一足先に昼飯代わりのアイスカップに手を伸ばした。ダッツは渡さねえ。
「クッソ、マジかー」
「都落ちざまあwwwww3二枚の恨み思い知れwwwwww」
「おめぇはなんもしてねえじゃん」
「いやお前が強いカード引かねえのが悪いだろ! なんだよK二枚って! せめてA寄越せや」
「はぁ〜? 元大富豪様の御言葉は大貧民には聞こえません〜」
 それなりに外気に馴らしておいたハズなのだが、スプーンが一向に入らない。流石ダッツだ、密度が違う。緑色の固い表面と格闘しながら、馬鹿な奴らの馬鹿な会話を眺める。と言っても、馬鹿と仲良く大富豪の時点で俺も大概馬鹿なわけだが……同じ馬鹿なら勝たなきゃ損々。
 都落ちした元大富豪が床に突っ伏して顔をガクガクさせながら呟いた。
「なあ、俺たち……何やってるんだろうな」
 馬鹿騷ぎがピタリと止んだ。俺がダッツをスプーンで叩く鈍い音を土台に、センバツの実況が無言の空間を支配する。
「アイツらは今、甲子園で本気で汗流して戦ってるってのに……こんなクソ田舎のこんな場所で、こんなふざけたことして……」
 こんな場所で悪かったな、と誰か(多分この部屋の持ち主である宮野だろう)が呟いた。
「俺はさ、なんつーか……馬鹿だからうまく言えねえけどさ……なんか違うだろ? 俺たちは確かに馬鹿だけど、こういう馬鹿するために馬鹿だったわけじゃないんじゃないか? なあ……」
 ダッツがクソ固くてイライラする。俺は口一杯に頬張れないのが嫌いなんだ。大きく振り被ってカップ中央目掛けてスプーンを振り降ろす。思ったより大きな音がして、俺自身がちょっとビビる。
 急激に空気が重たくなっていた。開けてはいけない箱を開けたせいだ。口を挟むタイミングを失ったせいで、俺たちはこのどうしようもない気分を押しつけられようとしていた。
「んなこと言ったってしょうがねえじゃねえか」
 宮野が呟いた。
「俺たちただのオタサーだし、そもそも高校生じゃねえんだから……」

       

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