Neetel Inside ニートノベル
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「お願いです、買って下さいよ」
「くどいですよ。あんたみたいな怪しい業者から買うぐらいならそこのホームセンターでも行って買いますわ」
「皆さんそうおっしゃいますけど、これまで買ってないんですよね? ほら、アフターサービスもさせていただきますし」
 押し売りの訪問販売との格闘を始めて既に30分以上。いつもはしっかり断れば大人しく引き下がるのだが、今日の相手は特段しぶとい。応対が長引いておちおちメシの準備も出来ない。さっきからコンロで沸かした湯が気になる。

「もう今日は何と言われても絶対買いませんからお帰りくださいな。今この場で買うメリットを身を持って実証されない限り私は折れませんよ」
 押し売りは、しばし黙ってから言った。
「メリットが実感出来れば買っていただけるんですね?」
「いやそう言う……」
「分かりました。ではどうぞご実感下さい」
 押し売りの声と同時に、キッチンの方から爆音が響いた。続いてゾウが歩き回っているかのような重たい足音。慌ててキッチンに向かった私の目に写ったもの、それはちょっと信じがたいシロモノだった。

 ソイツは目を爛々と輝かせてこちらを見ていた。背後には燃えさかる炎。前門の火事、前門の鬼。前途多難とはこの事である。そんな下らないことを考えているうちに、鬼は炎のようなたてがみを揺らめかせてこちらへ歩いてきた。逃げなくては……しかし腰が抜けて立ち上がれない。
 何かないか。背後を必死に探ると、固く冷たいものが当たった。私は手にしたそれを夢中になって鬼に投げつけた。ゴツンという鈍い音と耳をつんざかんばかりの悲鳴。手にしていたのは消火器だった。鬼は消火器もろとも炎の中へと倒れ込む。ついで爆発音が響き、辺りを白い粉が舞った。急激に熱せられた消火器が破裂し、消火剤を撒き散らしたのだ。鬼は姿を消していた。白い粉と破片、それにさっきまでコンロに載っていた鍋の残骸だけが、私の前に散乱していた。

「どうです、役に立ったでしょう?」
 私の後ろにいつの間にか押し売りがニコニコしながら立っていた。
「消火器があれば、こうやって悪徳業者の悪霊召喚にも対応出来ますよ♪」
 私はそばに落ちていた鍋を手に取った。幸い湯はまだ少し残っている。
「いい言葉を教えてやろう」
「なんですか?」
「マッチポンプって知ってるか?」
 私は押し売りの頭から煮えたぎった湯を浴びせかけた。

       

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