Neetel Inside ニートノベル
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 その男は大層天邪鬼だった。誉められるとなんでもやる気をなくして止めてしまうのである。
 「運動神経がいいね」と言われたら、運動部を退部。「頭いいね」と言われてからは、一切勉強しなくなった。「笑顔がいいよ」と言われてからは笑わなくなった。
 そんな彼だから、引きこもりとなって日がな一日寝て過ごすようになるまで、そう時間は掛からなかった。「機械に強い」と言われてからはパソコンもケータイも触らなくなったらしく、本当に何もせずにいるようだ。
 親は一計を案じた。つまり、やって欲しいことと逆のことを誉めればいいのである。引きこもることを、学校をサボることを、何もせずに無気力でいることを誉めて誉めて誉め殺してやれば、息子は更生するであろうと。
「ずっとそこにいて欲しい」「部屋から出ないように頑張るんだぞ」「一つのところに居続けることを極めるなんて素晴らしい」「機械を全く弄らないのも素敵」「勉強も運動も全然しないなんてカッコいいぞ」
 思いつく限りの駄目なこと賞賛を続けていく。この時の様子を見かけた男の姉は、閉ざされたドアに語りかける両親に早い痴呆が出たのかと思い、一瞬気が遠くなったそうだ。

 翌日、男の部屋の扉が開くのを見て、母親はホッとした。うまく行くか不安で寝られず、ずっと部屋の前で待ち続けていたのだ。
 ところが、いつまで待っても開いたドアから息子が出てこない。不審に思って中を覗いてみた母親は仰天した。男は部屋の敷居の上に立っている。部屋から出てもいなければ入ってもいない位置だ。驚いたのはそこではない。
 男の身体は左右に分裂しようとしていた。まるでアメーバかスライムのように、真ん中から二つにちぎれて、片方は部屋の中へ、もう片方は部屋の外へ出ようとしてるのである。
「あ、あんた……なに? どうしたの?」
 途端に男の左半身がぶるぶると震えて、口が二つに分裂を始める。分かれた口の片方が言った。
「やりながらやらないためには、ものが二ついるんだよ」
 喋った口がボトリと床に落ちる。母親は悲鳴を上げた。
「他の口は今後喋らないから、会話はこの口を介してね。ああそうだ、耳も付けておかないとね」
 もはや人ではない存在にしか思えないほど原形が崩れてしまった息子が身体を次々に切り離し、変形させていくのを、母親はただ恐怖のうちに見続けることしか出来なかった。

       

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