Neetel Inside ニートノベル
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 終電を越えて最寄り駅に降り立つと、出口にはいつもの明かりが鎮座していた。暖簾をくぐって軽く挨拶。
「いよっ、おやっさん、繁盛してる?」
「ハン、なわけねえだろ。見ての通りだよ」
 いつものやり取りを交わしながら席につく。終電なので駅の利用者は俺以外にもいるのだが、この屋台に入ってくる人は俺以外にはいない。
「ほい、醤油一丁」
 首を回してネクタイを緩めているとおやっさんがどんぶりを俺の前のカウンターに置いた。
「まだ頼んでないよ」
「いつもこれだろ。電車が着く時間に合わせて出来上がるように仕込んでたんだ」
「なんだそりゃ。俺が終電帰りじゃなかったらどうするつもりだったんだ」
「無駄口ばっか叩いてると冷めるぞ」
 言われて割り箸に手を伸ばす。澄んだ琥珀色のスープの上に透明な油とピンク色の薄い肉、黄色いちぢれ麺が浮かんでいる。大多数が聞いて思い浮かべるだろう典型的な醤油ラーメンだが、チャーシューではなくハムが浮かんでいるのがおやっさん流だ。一口すすると濃い醤油に隠れたカルキ臭、少し水を吸ってふやけた麺がえも言われぬ味を醸し出す。
「相変わらずクソまずいなぁ」
 断っておくが非難や罵倒ではなく褒め言葉だ。
「そうか。まだまだか」
 黄色い歯を見せて笑うおやっさんは、とても飲食店を営む人には見えない。いや、実際おやっさんは、正式にはラーメン屋ではないのかもしれないが。
 大体普通のラーメン屋なら、閑古鳥にも関わらずこんな辺鄙なところでこんな時間に屋台を引いて現れたりしないし、クソまずいラーメンを客に振る舞ったりなんぞしないだろう。
「前も言ったけど、母さんはメンマじゃなくてチンゲン菜を入れてたよ。多分醤油ラーメンと担々麺の区別ついてなかったから」
「屋台で青菜はリスク高いんだよ。しかし担々麺か……挽肉でダシを取ってみるかな」
「あー、そういえば入ってたかも。あと今思い出したけど、油が少し赤かったかもしれない」
 俺の曖昧な感想を聞きながら、おやっさんは真剣にメモを取っている。もっと具体的に思い出せればいいんだが、なにせ遥か昔のことなので細かいところまで覚えていない。
 とはいえ最近のおやっさんの腕の上がり方は凄まじい。明日はよりクオリティの高い激マズラーメンが食えそうだ。
「任せろ。思い出のラーメン屋の誇りにかけて、思い出の妻の味を再現してやるからな」
 俺の期待を察してか、おやっさんは黄色い歯を見せて笑った。

       

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