Neetel Inside ニートノベル
表紙

日替わり小説
1/7〜1/13

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卵から出た僕が回りを見ると、他の皆は自分で飛んだり、上から降りてきた人に捕まって飛ぼうとしている。背中を見ると、ぐしょぐしょの羽根はもつれ絡まっている。ほどこうにも手が届かない。空から降りてきた人を観察すると、地上の人に呼ばれてやってくるようだ。闇雲に手を振り回して誰か、誰かと叫んでみたが、誰も何も来ない。僕は途方に暮れた。聞いた話では、ここに8年以上いる人は上からハンマーが落ちてきて叩き潰されるらしい。もしそれが本当なら僕にそれを避けるすべはない。避けられないのならそれを待つしかない。
待ち始めてすぐ、僕のところに来たのはハンマーではなく、一人の人間だった。絡まった羽根をほどいてほしいのだという。一度引き受けると、何故か次々に来る。面倒になって「他の人に頼めば?」と言ったのだが、どうも暇してるのは僕ぐらいらしい。それにそういう人は珍しいので、二人以上同時に生まれることは滅多にない。こうして僕は、ハンマーに潰されるまで人の羽根をほどく人になった。
明日ハンマーが落ちてくる日だというのに、やっぱり僕は人の羽根をほどいていた。僕は久しぶりにハンマーの話をした。その人は不思議そうに、じゃあなんで飛ばないんですかと聞いた。僕は、飛べないんだよと答えた。
「なぜ飛べないんですか?」
「君と同じさ。羽根が変な風に捻じ曲がってて飛べないんだ」
「じゃあ、それを治せば飛べるんですね?」
「飛ぶ練習もしてない、体力もなくなってる。大人しく潰されるのを待つよ」
ほどきが終わると彼が背中を見せて欲しいというので、僕はいいよと言った。彼は僕の背中を丹念に調べると、気の抜けた声で小さく叫んだ。
「なんだ、ほどけてますよ。このまま飛べるんじゃないですかね」
びっくりして背中に手をやると、なるほど確かに、そこにはごく一般的な羽根が生えていた。立派ではないけど、ねじれていない普通の羽根だ。いつの間に直ったのだろうか。
「練習、頑張って下さいね」
そう言い残して、彼は飛んでいった。僕は再び暇になった。
半日後にはハンマーが落ちてくる。半日で飛べるようには、流石にならないだろう。ならないだろうが、しかし他にすることもない。もう羽根の捻れた人はここにはいない。
多分次の日には、僕はここで潰されているだろう。奇跡は起こらないから奇跡と言うのだ。しかしまあ、それでも直前まで、飛ぶ練習をする。そうすることだけが、僕に出来ることなのだ。

     

参ったな。私はフワフワと宇宙空間を漂いながら、そんなことを考えていた。目の前にはつい30分ほど前まで乗っていた宇宙船の残骸が漂っていた。その向こう、我が麗しの母星は遥か彼方の光の点だ。生命維持装置の残り時間は、確認する気にもなれなかった。自分の死ぬ時間を知りたい人って、ただのマゾなじゃないかと思う。まあ、こうして宇宙服を着込んで船外に脱出した私も相当なマゾかもしれないが。
ふと、残骸の中からゆっくりとこちらに丸いものがやってくるのに気付いた。近付いてみると、両腕で抱えられそうなサイズの耐真空ケースで、ガラスの窓がついている。中を覗けば案の定というか、赤ん坊がすやすやと眠っている。ケースが勝手に動く筈もないから、親が船外に放り投げたのだろう。私に追いつくぐらいだから、赤ん坊の親はかなりの強肩だったものと見える。
私は少し考え、そして、そのケースをあらん限りの力でもって、残骸の方向への投げ返した。ケースはみるみる遠ざかり、すぐに点となって消えた。小さくなっていく元宇宙船を見ながら、私は「衝突音が聞こえなければいいな」とぼんやり考えていた。その願いが絶対に叶うと知るのは、30分後のことである。

     

かつて「そこに山があるから」と言った冒険家がいた。では、山が二つあった場合はどうなのだろう?
身体は1つしかないのだから、同時に登ることは出来ない。しかし「そこに山がある」以上、どちらの山にも登らなければ整合性が取れないだろう。しかし登る順序をどうつけるのか?
具体的に近い方とか、低い方とか、そうやって優先順位をつけることも出来るが、それは本質的な答えにはならない。「そこにある」という理由で山登りが肯定されるなら、登る順番も「ある」ことについての差異でもって決定されるべきなのだ。そして、より「ある」というのはどういうことなのか。そこが分からない。
存在を量的に計るなら、大きさとか重さとかがあるが、「存在感」という言葉が示すように、存在の質は必ずしも存在の「量」に関係しない。強いて言うならば、存在の質を決定づけるのは、他者に対する影響力の高さ、ということになるだろう。我々が他の人・物から存在感を感じるときとは、我々が何らかの影響を受けて、大きく状態を変化させられているときなのだ。
しからば、その「存在感」が甲乙付け難いときはどうすればいいのか。眼前にモンブランとキリマンジャロがあったら、どちらかの方が明確に存在感が強いということはないはずだ(もちろん人によっては、どちらかの方が思い入れが強い、存在感が強いということもあるだろうが)。そうなれば、もう本質的な順序付けは期待できない。高さだのなんだの、手の届く指標に頼るしかないのだ。それはコインを投げるのとなんら変わりがない。分身の術だけが、このジレンマを解消する唯一の手段、ということになる。

そんなことを、おっパブでおっぱいを揉みながら考えていた。手が2本あって良かったー。

     

僕は、いつも何かに急かされるように走り続けている。時に上から落とされたり、罵声を浴びせられたりしながら、転げ回って必死に前へ進んでいく。普段は走ることに精一杯で、その先のことなんて考えない。けれどいざ止まるべきところに辿りつき、僕を送り出したその手を眺めると、なぜかとても寒々した気分になる。こんなに必死になって走って、飛んで、それで、僕は自分の中に何かを積み上げられたのだろうか。ただひたすらに追い立てられて、振り返ることも出来ず、行きつくまで休憩も許されない。そんなことだけしていていいんだろうかと、心が騒ぐのだ。
せめて、羽根があったなら。どれほど迷っても、僕たちは一度投げ入れられれば、ただ走ることしか出来ない存在だ。それ以上も、それ以下も認められない。どれだけ目指す場所があっても、ハマりたくない穴があっても、途中で力尽きてしまえば、それでおしまい。後はなすすべなく、何かに引っ張られるように赤と黒のタイルの狭間に真っ逆さまだ。時々上手く壁を蹴り上げて復帰したり、持ち上げられることはあっても、結局は落ちることそのものから逃れることは出来ない。こうやってうだうだ悩んでみたところで、それを実行に反映することすら出来ないのだ。
悩みというものは、僕にとっては本質的に不要なものなのかもしれない。でもそんな不要なものに悩まされて、僕は落ちるたびに更なる思考の穴に落ちていく。考えろ考えろ。思考の穴から這い上がるには思考し続けるしかないのだ。人の手は、現実の穴には差しのべられても、心の中までは届かない。どんなやさしい言葉を厳しい言葉をかけられようと、最後に効くのは自分の力なのだ。だから、常に考え続けなければならない。考えて絶望して、それでも苦闘する。それは苦しいことだけど、それが考えることを手にした者の宿命だ。

「赤の15番です。全て外れですね。まだお続けになりますか?」
そんな声を聞きながら、僕はまたディーラーに持ち上げられた。

     

「ウサギとカメ」の童話を聞くと、忘れていた絶望が帰ってくるのを感じる。
子供の頃から何をやってもダメだったが、将棋だけはやたらに強くて、家族はもちろん、近所のじいさん達、同級生にも負けたことはなかった。流石に大会ともなると一筋縄ではいかなかったが、それでも小学校4年生の時には県代表まで行ったし、その時はもっともっと強くなれると思っていた。
でも、僕の才能はそこまでだった。5年、6年と県代表にこそなれたが、並み居る全国の強豪には全く歯が立たず、真の天才というものを骨の髄まで味わった。負けた相手がプロ棋士の推薦を受けて奨励会に入会していくのを、僕はただ黙って見ていることしか出来なかった。圧倒的な力の前には、一年かけた努力なんて紙くずのようだった。才能のない努力なんて何になろう? 厭世的な気分で入学した中学校の将棋部で、しかしその思いすらも打ち砕かれることになる。
将棋部にいた、一つ上の先輩。小学校時代には、侮れないとはいえ、ものの相手ではなかった。しかし彼は、当時からは想像も出来ないほどに強くなっていた。入部してすぐ、僕はその理由を目の当たりにした。そこにあったのは、文字通り弛まぬ努力の跡である。ボロボロになった図書室所蔵の大量の定跡書。塗装が禿げて、ひびわれて、マジックとボンドで補修してある一字駒。何より小学校時代にはしていなかった厚い瓶底のような眼鏡が、僕の「一年かけた努力」なんてただの紙くずに過ぎなかったと言っていた。僕は、努力すらもまともに出来ていなかった。
足の速さで劣るカメがたゆまぬ努力でもって怠慢なウサギに勝つ。「ウサギがカメと同じだけ走ったらウサギが勝つんだから、結局は才能だよ」と嘯く輩もいる。それも否定はしないが、問題はそこだけではない。ヒトとは慢心する生き物であり、どんな時でも全力を尽し続けることの出来る者は稀なのだ。そう、この物語の真の天才はウサギではなく、カメだ。貴方はカメだろうか? 進んでも進んでも見えぬ相手の影を追って、報われるとも限らない努力を積み重ねることが出来るか? 僕は違う。僕は、ただのゾウリムシだ。
もう学業は修め終わってから大分経つが、将棋の勉強は続けている。カメにはなれない。さりとてウサギでもない。どう頑張っても競争の先頭に立つことは敵わないが、出来る範囲で出来ることをやる。そのぐらいで自分を許してやらないと、気が狂ってしまいそうだから。

     

7代インディゴの皇帝即位は新紀273年のことである。
幼少期より詩歌文学に親しみ荒事を好まなかった彼は父コバルトより「支配者の器にあらず」と評価されていたという。初元服(注:紺碧朝では8歳で半人前、16歳で一人前と見做される。初元服は8歳の誕生日に合わせて行われる儀式で、成人の為の修行期間の始まりでもある)を終えた後に後継者の指名を受けたのは、武芸に秀でた弟セルリアンであった。
しかし皆の期待に反してセルリアンは14歳で夭逝してしまう。文献の限りでは性格、趣味、どこにも共通点のない二人であったが兄弟仲は良かったらしく、インディゴが三日三晩泣きはらした後に弟に向けて吟じたとされる歌が残っている。もっともこの場合泣きたかったのは父のコバルト帝や家臣達の方であろう。息子を失った悲しみからか、コバルト帝はわずか一年後に後を追うように流行病にかかって逝去してしまう。家臣団の後継者会議は紛糾したが、結局インディゴを次期皇帝として推さざるを得なかった。
そんな誰からも(恐らく本人すらも)期待されないまま即位したインディゴ帝だったが、その治世は意外にも立派なものである。内政における税制改革や文化振興策は勿論、硬軟織り交ぜた外交努力、そして晩年の岩の民侵攻に対する迅速な対処などは、とても血を嫌う文人の手によるものとは思えない。これについて一つ面白い話がある。実はセルリアンは死んでおらず、インディゴ帝のスーパーバイザーとして兄の政権運営を助けていたというのだ。実はセルリアンの遺骨は発見されていない。また岩の民討伐の過程で明らかに軍事に詳しい人間が指示したと思われる記述が多く見られるが、書き方からして身分の高い者であると分かるにも関らず、その名前は存在しないかのように一切記録されていない。この人物がセルリアンであるというのだ。
何故このようなことをしたのか。ここからは推測になるが、まだ家父長制の時代にあって、セルリアンは不当に過小評価を受ける兄を立てたかったのではないだろうか。そこで家臣を含めて一芝居打ち、あたかも自分が死んだかのように工作させる。父が早逝してしまうのは想定外だっただろうが、兄を即位させ、自分がサポートする。そうすることで、平和な国家を築き上げることが出来ると考えたのではあるまいか。そう考えると、先に述べたインディゴがセルリアンにおくった歌もまた、違う響きで感じられるのである。

     

「なあ、いい加減に吐いたらどうだ? 証拠はもう全部挙がってるんだ」
「もう3日も何も食ってないのに何を吐けっていうんですか? 何もやましいことはしちゃいません」
鯖升はニヤリと笑ってつぶやいた。無精髭と角張った顔からは少し疲れが見えるが、ギラギラと光る目はLEDランプにも似て精力的だ。
「食ってないのはお前の勝手だろ。こっちはちゃんと食事を出してるし、風呂だって用意してやってる」
「飯なんて食えませんよ。何が盛られてるか分かりませんしね」
「何も盛りゃしねえよ。圧倒的優位の俺達がなんでお前みたいなこそ泥に薬なぞ盛らにゃならん」
「人生万事、警戒するに如くはなし、ですよ刑事さん」
鯖升がウィンクする。鹿島は吐く真似をした。
鯖升が逮捕されたのは3日前。さる企業のデータセンターに侵入していたところを現行犯で捕まった。現場からはサーバの筐体が1台消えており、窃盗容疑で再逮捕。しかしサーバの行方は杳として知れない。鯖升の供述も要領を得ないため、こうして勾留期間を延長して取り調べをしているのだ。
そもそも盗品がなくなって犯人が現場にいた、というのがおかしいと言えばおかしい。おかしいと言えばわざわざデータセンターからサーバマシンを盗んだということ自体も変だ。しかも鯖升の経歴がさっぱり掴めない。まるでこの世にいない人のようだった。
「もう一度聞くぞ。あの日なんであの場所に居た」
「気がついたらいたんですよ」
「ふざけるなよ。サーバを盗みに入ったんだろ」
「盗んでなんかいませんって。もう戻してくださいよ」
「サーバの場所を言うまではこちらとしても釈放するわけにいかん」
「それはよくご存知のはずですよ」
「俺はお前と遊んでるわけじゃないんだよ」
「僕だって遊んでるわけじゃありません」
「もういい、また明日だ」
鹿島は諦めて取調を切り上げた。後ろから声が聞こえる。
「刑事さーん。もうそろそろ限界なんです。頼むから出してくださいよー」
「お前が言うことにちゃんと答えてくれたら出してやるよ」
鹿島は後ろ向きにひらひらと手を振って部屋を出た。それが鹿島が鯖升の姿を見た最後になった。
翌日、留置場からの報告に警察署は大騒ぎになった。鯖升が脱獄したのだ。見張りも気付かなかったどころか、脱出の痕跡も何も残さず忽然と消えたのだ。指名手配がかかったが、目撃報告が挙がることはなかった。
個室の中にはなんと盗難品のサーバマシンが残されていたと言う。

       

表紙

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Neetsha