Neetel Inside ニートノベル
表紙

日替わり小説
5/12〜5/18

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 どんな学校にも七不思議という奴があって、その中には例えば動く二宮尊徳像や勝手になるピアノやらがあるのが定番だと思う。我が高校も例外ではなく、夜な夜な宿直の教師や居残った生徒が恐怖に怯えていると噂されている。
 そんなことにでもなれば、怪奇現象を一目見たさに宿直希望者が殺到すると思うのだが、実際には、奇怪な現象によって教師や生徒が怯えて悲鳴を上げたり、ケーサツに電話したりといったようなことはほとんどない。現実というのはそんなに面白くはないのだ。
 今日も今日とて私はつまらない宿直業務を終えて、そろそろ当番室で休憩でもしようかというところだった。本校舎の3階から、何やら物音がする。3階と言えば音楽室と理科室、それに美術室。七不思議の宝庫と言える。今日こそは出たか? などと一人で盛り上がりつつ3階へと向かった。実際のところは風の音だとか、鳥がベランダにいるとか、その程度のことなのだが。
 懐中電灯片手に一通り見て回るが、案の定人っ子一人、怪奇現象一つない。ああ、やっぱり宿直なんて詰まんないな。私は校庭の方を向いて手なぐさみに手遊びを始めた。ブレーカーは落としていないので普通に電気をつけてもいいのだが、やはり夜の学校は懐中電灯でないと気分が出ない。こんな宿直業務、こうして気分を無理にでも盛り上げていかないとやってられないのだ。笑わば笑え。

 「ヒッ」という静かな悲鳴がすぐそばで聞こえた。慌てて懐中電灯を向けると、担任の生徒だ。確かオカルト研究部だったような。
「何してるの」
 つとめて優しく聞こえるように問いつめる。彼女はおそるおそるといった調子で白状した。七不思議をこの目で見に来たのだと。やれやれ、若いっていいねえ。溜息を押し殺しながら私は優しく聞いた。
「何もなかったでしょう? そんなものよ」
 彼女はしばし目を見開いてから、首を横に振って言った。
「さっき見ました。歩く二宮金次郎さん……」
「えっ? あっ……」
 私は頭を抱えた。誰もいないからと調子に乗ってさっき二宮尊徳像でサイコキネシスの練習をしてしまったことを思い出したからである。
 キラキラ目を光らせる彼女を前にして、私は気不味い顔を隠せないでいた。これからどうやって誤魔化そう……。

     

 響く轟音、飛び交う破片。街は破壊され、人々は逃げ惑う。スクリーンに写し出される惨状に歯軋りしながら、私はオペレータに向かって怒鳴った。
「出撃許可はまだ降りないの?」
「本部からはもう少し待てとの一点張りです。祝日なので許可に時間がかかるとかなんとか」
「敵が目の前で暴れているのに祝日もクソもないでしょう!」
「無視して出撃すると責任問題となることもあると脅されています……」
 今日は桃の節句で休日だ。防衛軍の装備は基本的に官給の物で、休日は基本的に時間外使用になる。だから使用前に許可申請を出して通らなければならないというのが上の言い分だ。
「どうしてこの国の人はこうも融通がきかないのかしら……」
 ふと、指令室脇に飾ってある雛人形が目に止まった。桃の節句は女性を象徴する祭日として、この国ではもっとも盛大に祝われる行事の一つだ。街には朝から沢山の山車やら御輿やらが出ていた。
「私たちも今から祭に行こうか」
 自然と口からそんな言葉が出た。
「な!? 司令まで何を言ってるんですか!」
「そうですよ! 戦闘の最中ですよ? こういう時に冗談はやめてください」
 オペレータ達が気色ばんだが、私は意に介さなかった。
「冗談で言ったんじゃないよ。もう避難指示も出し終わっちゃったし、どうせここにいてもモニタ監視ぐらいしかすることないでしょう? ほらほら、準備色々あるよ! 急いで!」


 数分後、急拵えの巨大雛人形を乗せた御輿を担いで私たちは道を練り歩いていた。
「ほらっ、もっとシャキッと歩く! これも仕事だよー!」
 気分の上がらない職員たちに発破をかける。と、向こうから大きな影がぬうと姿を見せた。兜の飾りのような特徴のある頭部と、武者鎧のような網目状の光沢のある装甲。南の戦闘機体。私は叫んだ。
「発進!!」
 軋むような音と共に、御輿から巨大雛人形こと、我々の戦闘機体である0H1NA型ロボットが飛び出していく。目の前で繰り広げられる凄まじい戦闘を見ながらオペレータの一人が私に話しかけた。
「こんなことして本当にいいんですか?」
「いいのよ、これ戦闘じゃなくて祭の出し物だから」
「お祭の出し物に官給品を使うのはオッケーなんですか?」
「少なくとも稟議を通せとは聞いてないし」
 それに、とつけ加える。
「戦闘行為は不可避的に発生しただけだから、首は飛ばないでしょ」
 ドン、と派手な音がして、敵の首級が飛んでいった。

     

「ウガンダに行きます」
 その突然の宣言に、僕はまぬけな声を出して硬直した。言っていることがよく分からなかったというのもあるが、あまりに出し抜けな、文脈も何もないその放言に、僕の思考は停止し、世界は静寂に包まれた。
 後輩はまっすぐこちらを見ている。その真剣な目つきから、冗談で言っているのではないことは明らかだ。
「ウガンダって何?」
 なぜ行くのか。なにしに行くのか。どのぐらいの期間か。なんでわざわざ部屋に先輩を呼び出してそんな報告をするのか。ためつすがめつ、様々な言い回しを試みたが、結局口から出てきたのは至って平凡な問いだった。
「東アフリカにある国の名前です。旧英国の植民地で、その影響からかキリスト教徒が」
「そういうことじゃない」
 不用意な質問で入れてしまった後輩のスイッチを切る。飲み会とかで喋らせておく分にはこういう性質も重宝するが、今はとにかく彼の真意を問い正す方が先である。
 後輩は黙ってまっすぐこちらを見て、僕が喋るのを待っている。
「まず、なんで僕を呼んだの? なんでウガンダに行くことにしたのかも気になるけど、それよりも俺に頼みたいことがあるんじゃないの? それが聞きたい」
 いつにも増して強い眼圧に耐えて、最初の質問をぶつけると、後輩は微動だにせず返答した。
「ウガンダに行くのは海外青年協力隊という奴で、1年滞在します。行くことに決めた理由はまたお話ししますが、先輩に一つ頼みごとがあってわざわざ足を運んでいただきました。
「実はこの部屋の世話をして欲しいんです。ホントはベランダの観葉植物の世話だけ頼むつもりだったんですが、持ち出す時間なくて……いっそ部屋ごと管理してもらえないかな、と。電気ガス水道も止めていただけると助かります。合鍵は玄関のところに置いてあるんで」
「待て待て待て」
「そういうことなんで、悪いんですけどよろしくお願いしますね」
 僕の制止も聞かず、そこまで言うと後輩は沈黙した。
 何かがおかしい、と僕は思った。植物の世話ならいざ知らず、部屋まで他人に託すとは尋常ではない。というか、インフラは自分で止めていけばいいじゃないか。そこまで考えて、僕は自分の目が節穴であることに気付いた。クソッ、先輩をバカにする余裕があるなら鉢植えを自分で運びに来いよ……。

 目の前の後輩だと思っていたマネキンが、胸のスピーカーから嘲笑うように繰り返し始めた。
「ウガンダに行きます」

     

「また来てるのか、あの人」
 耳にさわる特徴的な甲高いダミ声。おかげで、ドアを開ける前から中に誰がいるか分かってしまった。
「お困りのようね」
 後ろからかけられた声に振り向くと、女性が立っていた。時々エレベータですれ違う顔だが、話をしたことはなかったはず。そんな訝しさを知ってか知らずか、女性は軽い調子で言った。
「これを使うといいわ」
 意外に俊敏な動きにあっけに取られるうちに女性は去っていった。手にはコンロのツマミ部分らしき部品が握られていた。

 相変わらずダミ声で大相撲の結果をわめく先輩を聞き流しながら、僕はさっき貰ったもののことを考えていた。
「聞いとるんか! コラ! ホラ見ろ、ここの栃泉のおっつけや! さっきから言っとる!」
 ああもう、イチイチうるせえ。酒飲まなくてこれなんだから始末におえない。イライラ任せに手の中のツマミを先輩の額にぐいっと押しつけた。
「うっさい。ちょっと黙ってて貰えますか」
 抑えたテレビの音が部屋を支配した。あの先輩が大人しくなっただと? いやいや、先輩がこんな簡単に黙るハズがない。よく見ろ、黙ったんじゃなくて口パクしてるだけだ。
 強烈な違和感を感じた。先輩はこういう冗談や悪ノリするようなタイプの人ではない。表情を見る限り、自分が声を出していないことにも気付いていないようだ。
 そして決定的なことに、額の真ん中に、例のコンロのツマミが刺さっていた。先輩はツマミには気付いていないようで、上機嫌で喋り続けている。
 恐る恐る手を伸ばしてツマミを右にひねる。途端に声がフェードインした。
「……んやくの琴伊吹がようやくねぇ、ほんと……」
 反射的に左にツマミを回した。何事もなかったかのように喋り続ける先輩。
 そうか。これは、コンロのツマミなんかではなくて、スピーカーの音量ツマミだったのだ。疑問が氷解すると同時に、何やら急激にそら恐しくなった。得体のしれないものを使う怖さ。今の段階ならまだ引き返せる。そう思ってもう一度先輩の額に手を伸ばす。
「なんや額ばっか触って、うっとおしい」
 文句を言われて一瞬ドキッとしたが、どうやら先輩は何も気付いていなかった。ホッと胸をなで下ろす。このツマミは捨ててしまおう。僕の手には余る。

 翌日、外に出た僕はドアを見てギョッとした。そこには例のツマミが左倒しに刺さっていて、その上の張り紙にはこうあった。
「ちゃんと使わないと、周りにも迷惑よ?」

     

 男は見るからに不審そうな振舞いをしながら、こっそりと新生児室に侵入した。ベッドの上には生まれたて赤ん坊がズラリと並んで寝かされており、声や衣擦れの音もしない。平時であれば親家族や医師看護師が忙しなく行き来するはずのこの部屋は、今はひっそりと静まっている。
 男はしばし室内を進んでいったが、やがてあるベッドの前で足を止めた。赤ん坊はぐっすりと眠り込んでいる。それを見つめる男の顔は窓から差し込む光に照らされて、だらしなく歪んでいた。
 男の腕がベッドに伸びる。その指先が赤ん坊の顔に触れようかという瞬間、新生児室の扉が静かに音を立てて開いた。男は身を固まらせてその場で動かなくなった。そのままゆっくりと顔を入口に向ける。

 そこに立っていたのは一人の少女だった。小学校に上がるぐらいの年頃だろうか、その瞳は大きく見開かれ、男を真っ直ぐに見据えていた。震える唇がやがて一つの言葉を形成した。
「……おじさん、誰?」
 男はしばらく黙っていた。やがてゆっくりと腕を下ろし、身体ごと少女の方に向き直る。
「おじさんはね、みんなのパパだよ」
「……パパ? あたしのパパは今おしごとしてるよ?」
「ごめんごめん。皆っていうのは、ここにいる赤ちゃんたちのことだよ」
「赤ちゃんたちの……?」
 少女は小首をかしげた。
「でも、あたしの妹のパパはあたしのパパだってママが……」
「ああ、今まではそうだったかもしれないね。だけど、これからはおじさんがパパになるんだ。おじさんがパパになってあげたいんだよ。そうだ……」
 男の顔が不気味に歪んだ。それが笑顔だと少女が気付いたときには、男の手はもう少女の腕をがっちり掴んでいた。
「君のパパにもなってあげよう。簡単だよ、ちょっと認知するだけだから……」

「取り押さえろ!」
 室内に号令が響き、数人の男性看護師と研修医が男に掴みかかった。見知らぬ大人に言い寄られた恐怖で立ち竦んでいる少女に、女性看護師が一人しゃがみ込んで話しかけた。
「大丈夫? 怖かったねぇ。もう安心だよ、ママのところ戻ろうね」
「あ……あああ……うわーん」
 少女は堰を切ったように泣き出した。

 少女は知るよしもなかったが、男性は『認知』症という病気だった。子供を『認知』したくてしたくて堪らなくなる精神疾患。部外者に被害を出してしまったことを受け、病院は『認知』症徘徊患者に対する対策を迫られることになったのだが、それはまた別の話。

     

「駄目。受け取れないわ」
女が手にした花束と小さな箱を突き返す。男はそれを受け取るそぶりを見せずに食い下がった。
「何故駄目なんだ? 僕は君を愛しているし、君も僕を愛してくれると言ってくれた。それで十分だ。そうじゃないのか?」
「駄目よ。私、貴方に大事なこと隠しているもの。そんな女でもいいの?」
「君は僕を騙そうとして嘘をつくような人じゃない。わざとじゃないんだろ? 受け入れられる。そう信じているよ」
男の言葉に、女は悲しげに微笑む。
「確かにそうね。隠すつもりじゃなかった。ただ、貴方との時間が壊れるのが、怖くて……本当にごめんなさい」
「お、おい! 突然なにを!?」
女はブラウスの裾を握り、上へ捲りあげた。露わになった腰には、万歩計よりも少し大きなサイズのデジタル表示板のある機械。そこから透明なチューブが伸び、白く柔らかなお腹に刺さっている。
「糖尿病なの」
男が言葉を発する前に女が言った。
「1型。高校の時になってから、もうずっとインスリン打ってる」
「気付かなかった……注入器とか使ってなかったし……」
「この機械で24時間ずっと入れ続けてるの。だから日中は糖質とご飯の時間だけ気をつけてれば問題はないって」
「でも、そのぐらいのことなら全然!」
「駄目よ。貴方、分かってない」
男の言葉を女がさえぎる。自分のこととは思えないほど冷徹な声だった。
「1型はね、治らないの。生体移植以外に治療法がないのよ。それもまだ確立してない。どんどん注入量が増えて、腎臓がボロボロになって、そのうち人工透析で寝たきりになるかもしれない。そんな私がどうして貴方みたいな元気な男の人と一緒にいられるの? 子供も産めないかもしれない。産めても、きっと貴方とその子だけを残して先に逝くことになる。そんなこと耐えられる? 私は……耐えられないよ……」
最後は涙で詰まり気味だった。男は黙って歩み寄ると、女を抱きすくめた。
「大丈夫だよ。君の言った通りにはならない、させないよ。俺が絶対、君を先に逝かせはしないから……」
だからこれ以上何も言わずに受け取ってくれ。そう男が言うと、女は静かに涙を流し、頷いた。

10年後、一人の病人が息を引き取った。末期ガンだった。隣にいる女性は、人工透析機を脇に抱えている。目には涙を浮かべている。
「酷いわ。あの時の、こういう意味だったのね……」
嘘の方が何倍かマシだった、と女は呟いた。

     

 もうダメだ。前職をやめてもうすぐ半年。不況の中未だ仕事は見つからず、もうすぐ貯金は底をつく。失業保険はとうの昔に切れた。父親が定年なので仕送りも見込めず。アルバイトも応募したが、前職で身体を壊したと言ったらことごとく落とされた。
 つまり、もう詰んだ。こうなれば可及的速やかに死に至るしかない。死こそが人生の最適解。自殺・to・winである。
しかし自殺の仕方が問題だ。首吊りでは吊った場所に迷惑がかかる。発見が遅れると腐るし。公園とか公共の場だと発見も早いが、早すぎて死ねない可能性もある。飛び降りや電車止めるのも同じ理由で却下。迷惑をかける人が多すぎる。そういうのがいいという人もいるだろうが、俺はなるべく人には迷惑をかけずに死にたい。
 自殺サークルについて調べてみたが、活発に交流が行われているような場所はなかった。もちろんないわけではなかったが、そういうところは「死ぬ方法」について語る場ではなくて、「死にたい気持ち」について語る場であることがほとんどだった。とはいえ、もし本当に参加出来そうな集団自殺案件があったとして、参加したかどうかは分からないが。
 睡眠薬のオーバードーズは上手くいかないらしい。十数年前から睡眠薬の成分が変わって使えなくなったんだとか。毒物・劇薬は入手出来るかどうかが問題だ。それに部屋の中で飲むんじゃ首吊りと変わらないし、衆人環視の場で大量に劇薬を飲むのは難しそうだ。
 要するに、衆人環視の中、死にそうだと思われないような方法で死ねればいいわけだ。そういうわけで、俺は地元のショッピングモールにあるフードコートに向かった。
 休日なだけあって、ショッピングモールの中は家族連れで一杯だ。ここなら倒れたらすぐ救急車が呼ばれるだろう。俺はバッグから大量のこんにゃくゼリーと切り餅を取り出した。おもむろに口に詰め、咀嚼もそこそこに飲み込みまくる。さあ、俺はいつでも逝けるぞ。早く来い。そう念じながら次々に餅とゼリーを頬張る。
「ママー、変な人がいるよ?」
「しっ、見ちゃいけません」
 親子の声が聞こえる。おいおい駄目だよ、ちょっとは見てくれなくちゃ。俺が死ぬ瞬間をな。
 そんなことを考えながら、俺はあっという間に最後の晩餐を食べつくしていた。ふう、食った食った。腹一杯になったらなんか気分が良くなってきた。明日からまた職探し頑張ろう。
 俺は悠々と家へ帰っていった。

       

表紙

天馬博士 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha