Neetel Inside ニートノベル
表紙

日替わり小説
6/2〜6/8

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 目が覚めたら知らない部屋の天井だった。
 落ち着け。こういうときはまずは自分の状態の確認から。身体に痛みや違和感は? ない。特に拘束もされていない。思考もクリアだ。記憶はどうだろう。名前は? 性別、生年月日、昨日の晩御飯……大丈夫だ、思い出せる。心身は正常だ。
 身を起こして周囲を確認する。今いるベッドとクローゼット、それに書き物机が1つきりの簡素な部屋。他に人影もなければ、怪しげな機械が作動していたりすることもない。見た限りはビジネスホテルの一室のような雰囲気だ。ご丁寧に聖書まで枕元に置いてある。アパホテルではないらしい。
 もう一度身体に目を向ける。昨日の寝間着のまま。財布やキーホルダーなど、普段外出する時に持っているようなものは何も身につけていない。外出用のセカンドバッグも置かれていない。文字通り着のみ着のままというわけだ……いや待て、何かケツに敷いてるな。
 出てきたのはスマートフォンだった。愛用のiPhone6。そういえば寝るときゲームしててそのままポケットにしまったんだっけ。いや、そんなことはどうでもいい。この状況で頼れる唯一の道具だ。大事に扱わなければ。

 部屋の探索の結果として、この部屋には出口がないことが明らかになった。窓は嵌め殺しな上に地表の車がミニカーみたいな高さ。廊下の先はユニットバスがあるだけで突き当たりは塗り込められていた。出られはしないが、誰かが入ってくることも出来ない。このままだといずれ餓死するだろう……そもそも俺はどうやってここに入れられたのだろう?
 幸い、iPhoneの左上には神々しく光るdocomoと5つのドット。データ通信は妨害されているのか「3G」も「LTE」も表示されていないが、アンテナが立っているのだから電話は出来る。さっそくアプリから、えーと、こういう場合はまず110番かな? ピッ、ピッ、ポッと。
『接続できませんでした』
 あれ? 圏外では……ない。バリ5だ。もう一度掛けてみる。
『接続できませんでした』
 おかしい。警察は駄目なのか? じゃあ実家はどうだ。
『接続できませんでした』
 119番、118番、どこぞのフリーダイヤル、思いつく限りの番号を入れていくが、繋がる番号はゼロ。途方に暮れた俺は、ふとあることを思い出した。
 コイツに差してあるSIM、データ専用プランだったじゃないか。

     

 先輩の差し出した胡散臭い長方形の紙切れを手に取って、俺は言った。
「引換券?」
「そうです。便利でしょう? 何にでも引き換えられますよ」
 恋とならね、と天使はお茶目っぽく付け加えた。
「ただし、本当の恋じゃないと駄目です。もし邪な気持ちで使うと……」
 バーンです、と天使がウインクする。俺は無視することにした。
「先輩、なんなんですかこのウザいのは」
「すまん。俺も散々文句を言ったんだが聞いてくれなくてな……」
「謝るぐらいなら最初からこんなもの持ってこないで欲しいんですけど……」

 先輩の話を総合するとこういうことだ。先輩の友人がその自称"天使"を伴って現れたのは1週間ほど前のことだった。
「引換券を引き取る奴を探している」というわけだ。
 引換券は誰でも有効。ただし、一度所有してから1週間が期限。オマケに期限切れの引換券には呪いの効果があるらしく、早急に別人に譲り渡さなければ、やはり『バーン』だと天使は説明した。

「その『バーン』って何なんですか」
「分からん。本人にも分かってないらしい。まあよくないことだろ、多分」
「で、僕にその役を押しつけようってんですか?」
「いやか? 好きな奴を彼女に出来るんだぞ?」
「それ、本気で言ってないでしょ」
 本気で言っていたら自分で使っているはずだ。
「悪いんだが、お前に拒否権はないんだ」
 先輩が突然横柄な口調になる。厭な予感がした。
「まさか触ったら所有権が移るとかいうんじゃないでしょうね」
「お、よく分かったな」
 溜息を押し殺しながら俺は言った。
「なんで言ってくれないですか」
「大丈夫だよ、本当の恋さえしてれば大丈夫だから」
「先輩」
 俺は慎重に言葉を選びながら言った。
「本当の恋ってどんなのだと思いますか?」
「ん? そうだな。その人だけを純粋に想っているか、とか」
「僕の考える本当の恋ってのはですね」
 精一杯の虚勢を張って言葉を絞り出す。
「伝えていないのにお互いがお互いを想いあってることだと思うんですよ」
「運命の恋ってことか? それも一つの正解かもな」
「そういうわけで、僕には本当の恋なんてあり得ないんですよ」
「そんなの分かんないだろ。やるだけやってみたらいいじゃないか」
「分かりますよ。残念ながら」
 そう、丸分かりだ。なにせ先輩が目の前でこうして未使用の引換券を持っているんだから。
「というわけで、お引き取り下さい」
 そう言うと俺は二人に背を向けた。

     

 マメおじさん(何かにつけまめな人なので、親戚は彼をそう呼んでいた)の持ってきた土産は、一口サイズの餅のようなものの詰め合わせだった。
「これ、何です?」
「豆大福だよ」
「見た感じ、豆らしきものは何もありませんけど」
「ああ、そっちの豆じゃない。ちょっと見ててごらん」
 おじさんが背広の中に手を突っ込むと、なんと黒光りする拳銃を取り出した。私は慌てた。
「ちょ、ちょっと、なんてもの持ってるんですか。やめてくださいよ」
「怖がるなよ、別に撃ちゃしないさ。ほれ、こうして」
 おじさんは軽い調子でそう言うと、拳銃を机の上に置く。更に『豆大福』を一つつまみ上げると、拳銃の上にちょこんと乗せた。
「何してるんですか」
「まあ、見てな」
 それは、全く不可思議な現象だった。『豆大福』が拳銃の中へとゆっくり沈み込んでいく。『豆大福』が完全に拳銃に溶け込んでしまうと、拳銃はまるで何か耳障りな音と悲鳴を上げそうな様子でぶるぶると銃身を震わせながら縮んでいく。変化が終わると、おじさんは拳銃をつまみ上げた。拳銃はクレジットカードほどの大きさになっていた。

「豆という接頭語には、『小さな』という意味もある。君たちの世代には『スモールライト』と言って通じるのかな?」
 おじさんが顔を歪めて笑った。私は本能的な恐怖を感じた。この人は私に何かしようとしている。私という存在を、何かの実験に供そうとしているんだ。その『何か』が何であるかは、さきほどの出来事を見れば一目瞭然だった。
「フフフ、そうだよ。その顔だ。でも君は逃げられない。さあ、せいぜい逃げ回って楽しませてくれ」
 いつの間にかおじさんの手には『豆鉄砲』がいくつも握られていた。それらが一斉に『豆大福』を噴く。避けられない……そう思った瞬間、茶色い風が私の前を通り過ぎた。
「タロ!」
 子供の頃から一緒にいる柴犬だった。私を庇い、大福まみれになって目の前で倒れている。あの立派な身体も、じきに豆柴と呼ばれるサイズを越えるだろう。『豆大福』のせいで。
「ほう、忠義な犬のお陰で命拾いしたね。見てご覧、可愛い『豆柴』だ」
 おじさんは興味深そうにタロが縮む様子を眺めている。タロが作ってくれたチャンスだ。今しかない。私は机の上にある『豆大福』を箱ごと掴むと、奇声を上げながらおじさんの顔に叩きつけた。
 縮んでいくおじさんを見ながら、私は、『これで良かったんだ』と思った。

     

 昔々ある国に、大層腕白でわがままなお姫様がおりました。娘のやんちゃぶりに手を焼いた王様は、神殿を通じて神に神託を求めました。神託は『娘を箱にしまいなさい。その箱は、誰にも開けられぬものでなければならない』と答えました。
 王様は、早速おふれを出しました。
「誰にも開けられぬ箱、誰にも開けられぬ鍵を持つ者がいれば申し出ること。鍵を献上した者には、好きな褒美を取らす」

 数日後、果たして一人の男が名乗り出ました。手に子供が一人入るぐらいの金属で出来た頑丈そうな箱を抱えています。
「それが言っていた品か。本当に誰にも開けられぬ鍵がついているのであろうな」
「勿論でございます。一度施錠してしまえば、たとえ稀代の大泥棒であろうと天下の鍵屋であろうと開けられますまい」
 それを聞いた王様は大層喜び、早速お姫様を無理やり箱の中に入れ、外から鍵をかけて閉じ込めてしまいました。

「王様、約束のものをまだ頂いておりませんが」
「おお、そうであったな。何を所望する」
「ではそこに閉じ込められたお姫様をいただきましょうかね」
 男の言葉に王様は飛び上がりました。
「何を言うか。それだけは出来ぬ」
「いいのですか? その箱の鍵は私しか知らない秘密の場所に隠してあります。このままでは姫は餓死してしまうでしょう」
 王様は迂闊に男を信用したことを後悔しましたが後の祭りです。しかし娘を見殺しにするわけにもいきません。
「やむを得ん。娘の命には変えられぬ」
 ところが王様がそう言ったかと思うと、箱は一人でに開き、中からお姫様が飛び出してくるではありませんか。王様も男もびっくり仰天。
「これはどうしたことだ」
「簡単なことですお父様。箱は外からは頑丈な鍵がかかっていましたが、中からは簡単に開けられたのです」
「ではこたびの神託は失敗でありましたか」
 大臣がそう呟くと、お姫様は首を振りました。
「いいえ、確かにこれは『誰にも開けられぬ箱』ではありませんでした。しかし今、私は本当の『誰にも開けられぬ箱』にしまい込まれています」
 王様はお姫様をひしと抱き締めると言いました。
「儂が間違っていた。子供の躾は、人や物の助けを借りればそれで終わるものではない。『愛の箱』で子供をしまいこんでやれば、子は自然と育つのだ……」
 それからというもの、お姫様は王様からの愛の鞭を受けて、健やかに幸せに暮らしましたとさ。おしまい。

     

 路地裏に入ると、そこはきらびやかな表通りとはまるで違っていた。ただでさえ道幅が狭いビルとビルととの間にが積み上げられる、ガラクタとおぼしき壊れた電化製品や『表の』店から出たマネキンなどの産業廃棄物、入っているものを想像したくもないような悪臭を放つ怪しげなコンテナ。その隙間をテトリスのブロックを埋めるかように、大量のゴミ袋や薄汚い人間が鎮座していた。人間たちは揃いも揃って鼠色のボロを身に纏っている。生気の失った目を気だるげにこちらに投げかけているようなのは少数派で、大半は目を開ける元気もないのか、はたまた死んでいるのか、ゴミの山の合間合間に倒れ込んでピクリとも動いていない。薬と暴力のはびこるスラムですらもう少し活気に溢れているだろう。ここを支配しているのは完全なる怠惰と停滞であった。
 辺りにガランガランとやかましい音が響き、停滞は突如として破られた。上を見れば、音源である大小様々のゴミが振り注ぎ、ゴミの山の上を跳びはね、転がり落ちていくのが分かった。『配給』の時間だ。といっても、具体的に時間が定められたり規則で決まったりしているわけではない。その実態は、ビルにいる『上層階級』の気まぐれなゴミ捨てだ。ゴミの雨が止むと、辺りは再び停滞に包まれた。ゴミ山の一部を為す人々は相変わらず身じろぎもしない。或いはゴミに打たれて死んでしまった人もいるのだろうか。
「何しに来たんだい、兄ちゃん」
 後ろからかけられた声に振りかえると、やはりこのゴミ山の住民と思しき年配のご老人である。やはり鼠色のボロを着ているが、その目は虚ろに濁ってはいるが、しっかと私に向けられていた。
「ここは兄ちゃんのような人が来るところではねえでよ」
「不思議ですね、ゴミ山の住民が縄張りを主張するとは」
「それはそうよ。ここの連中は確かに皆生きる意味や希望を失っている。そのうち死ぬだろう。けど、ここがなくなればやっぱりそれだけ苦しくなるんだ。同じ死ぬにしても少しはラクに死にたいのさ」
「そのラクさを分けて欲しいんですよ」
「あ?」
 私は服を脱ぎ始めた。
「お、おい、突然なにを……」
 手にしていた紙袋に着ていたスーツを入れ、代わりに鼠色のシャツとスウェットを取り出す。丁寧に雑巾掛けして用意した特注のボロ布だ。それらをすっかり身に纏ってしまうと、老人に向かって頭を下げた。
「今日からお世話になります」

     

 二人の若い学生が、すっかりジュノンボーイのかたちをして、大分都市部の、オフィスビルが林立するところをこんなことを言いながら歩いておりました。
「ぜんたい、ここらの街はけしからんね。スーパーもコンビニも1店舗もありやがらん」
「オークワのすご得市に2、3回巡り合わせたら、随分痛快だろうねえ。店内をぐるぐる回って、それからパーッとやるだろうねえ」
 それは大分のオフィス街でした。始めの学生は、少し顔色を悪くして、じっともう一人の顔を見ながら言いました。
「僕はもう戻ろうと思う何、戻りに牛丼かファミレスにでも寄ればいい」
「マクドナルドも出ていたねえ。そうすりゃ結局同じことだ。では帰ろうじゃないか」

 その時ふと後ろを見ますと、一軒のさびれたバーがありました。ネオンサインには「クラブ・バーYAMANE」と書かれていました。
「君、ちょうどいい。ここはここで中々風情があるんだ。入ろうじゃないか」
「おや、こんなところにおかしいね。しかし何か食事が出来るんだろう」
 入口には張り紙があって、赤い字でこう書いてありました。
『当店は指名の多い店ですからどうかそこはご承知下さい』
「中々流行ってるんだ、こんなオフィス街の中で」
「そりゃそうだ。見たまえ、店の少ないところであれば客を独り占め出来るだろう?」
 ずんずん廊下を行きますとまた戸があって、そこにはこう書いてありました。
『お客様ご指名です。どうかここで服を着替え、化粧をして、それから愛想の一つも覚えてください』
 二人はぎょっとして顔を見合わせました。
「どうもおかしいぜ。指名というのはどうやら向こうがこっちにしているんだ」
「つまり、僕の考えるところでは、このクラブは、来たお客様に指名させて接待させるのではなくて、来た客を指名して接待させる店とこういうわけだ」
「つつつつまり、ぼぼぼぼくらは……」
 がたがた震えてもうものが言えませんでした。
 二人は無事にうちに帰りました。しかしその時に得た心の痛みや、お尻の痛みは、ご飯を食べても、お風呂に入っても、もう消えることはありませんでした。

     

「どうしてお前はいつもこうなんだ! 何度言ったら直す!」
 生徒指導室。教師の叱責をどこ吹く顔でさらりと聞き流す生徒。いつもの光景だった。
「お前なんかうんこ製造機だ!」
 よくある教師の罵倒。ところが、それを聞いた途端にそれまで伏し目がちだった生徒の目が見開かれた。
「なんだ? うんこ製造機と呼ばれるのがそんなに衝撃だったか? なら何度でも呼んでやろう。うんこ製造機! うんこ製造機!」
 かさにかかってうんこを連呼する教師。生徒指導を始めてからもうずいぶんになるのにまるで小学生のような無邪気さである。一方、生徒の方は落ち着きを取り戻していた。
「ふむ……なぜバレてしまったのか分かりませんが、知っている人をそのままにしておくわけにはいきませんね……」
 生徒が手のひらを教師に向け、軽く教師の下腹部に触れた。
「ん? おい、ふざけるな。何をやってる……」
 教師が咎めた瞬間、強烈な腹痛が彼を襲った。
「な、なんだこれは、腹が……」
 教師は腹を抑えてうずくまった。体感出来るほどにゴロゴロと腹が鳴り、中で何か半固形の物体が滞留しているのが感じられる。そして、ついさっきまで全く感じていなかった強烈な便意も。
「ご指摘の通り、僕の能力の名は『うんこ製造機』、その名の通り手からうんこを産み出せる力です。人の下腹部に触れることで、腸内に直うんこを召喚することも出来ます。デモンストレーションはこのぐらいでいいでしょうか」
 腹痛に苦しむ教師には生徒の説明を意識する余裕はない。
「す、すまん、肩を貸してくれないか……トイレまで歩けそうにない……頼む」
「えーどうしましょうかね……」
「わ、悪かった! さっきの言葉は全面的に取り消す! お前もおっさんがクソ漏らすところなんか見たくないだろう、だから頼む!」
「分かりました。じゃあ僕が『うんこ製造機』の能力者だってこと、黙ってくれるんなら手を貸しましょう」
「わ、分かった! 黙ってる! 誰にも言わない、約束だ!」
 教師の必死の懇願に、生徒はにっこりと言った。
「分かりました。漏らさないように腹痛を解消すればいいんですね」
 生徒の手には、いつの間にかあひるのおまるが握られていた。
「さ、どうぞ」
「な、何を……」
「いや、この能力があるとそういう場面によく遭遇するんですよ。僕は気にしませんので」
 教師の顔が絶望に歪むのを見て、生徒は満足そうに笑った。秘密は守られるだろう。

       

表紙

天馬博士 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha