Neetel Inside ニートノベル
表紙

日替わり小説
7/28〜8/3

見開き   最大化      

「扇風機を探してるんだけど」
 電気屋のサービスカウンターに現れた客は開口一番そう言った。
「扇風機でしたら、売り場はあちらになります」
 店員が奥の方を示すと、客は不満げな顔をした。
「いや、そこはさっき見たんだけど、僕が欲しいような奴じゃなかったから……」
「左様ですか。必要な機能ですとかサイズですとか、教えていただければ確認出来ますがいかがいたしますか?」
「えっとね、なんか、普通に風を送るんじゃなくて、こう、窓とかドアのそばに置いて空気を動かすみたいな奴がね、欲しいんだよ」
「ああ、サーキュレータですね。あちらの売り場にも一応用意してございますが、確かに店頭展示の数は少なかったと思います」
「そうそう、そのサーキュ? なんとかって奴だよ。あっちにあるのは大きいのばっかりでさ、もっと小さくて持ち運び出来る奴がいいんだよね」
「かしこまりました。だいたいで構いませんのでサイズを指定していただければ、いくつか見繕って御提案させていただきますがいかがいたしますか?」
「頼みます。このぐらいの大きさがいいかな」
 しばらくすると店員が片手で抱えられるほどの箱を2個持って現れた。1つはステンレスの枠でシンプルなデザインのもの、もう一つは丸い形をして羽根が外から見えないデザインのものだった。一見すると国民的ロボットアニメに登場する球形のロボットみたいだ。
「2種類お持ちしました。こちらは一般的なものになります。それからこっちは……」
「こっちの方、デザインがいいね。無骨じゃなくて」
 客が指差したのは後者の球形デザインだった。
「そうなんですよ! こっちは同じサイズのものの中でも特に人気で、このサイズを希望されたお客様は大体こちらを選びますね。機能は少々特殊なんですが……」
「ああいいよそういうのは、使いながら勉強するから」
 客は手を振って説明を断ると、そのまま買って帰ると伝えた。

 家に帰った男は早速サーキュレータを置いてみると、電源を繋いでみた。
「ええと、なになに? ここに手を置くと」
 説明書通りに球体の上部に手を重ねてみると、身体がすうっと浮き上がる感覚があった。重力だけではない。日頃の疲れやストレスなどからも解放されたかのような軽やかな気分だった。おや、向こうからおいでおいでと手招きしているのは、去年死んだ両親ではないか。ならばきっといいところだろう。
 男は安心して円環の理へと吸い込まれていった。

     

 テレビには国会の質疑応答の中継が映されている。飲食店のテレビなのに地味なことだが、この店ではいつものことだ。店主を始め、この店の常連はほとんど政治・政党オタクだから、これが一番の酒のつまみになる。
「しかしまあ、なんだってこんなことになっちまうかね?」
 常連の一人が中継を見ながら溜息混じりに呟いた。目線の先はテレビの国会中継だ。
「さてねえ。まあいいじゃん、傍から見てるぶんには面白いし」
「ああ、確かに見てる分には面白いよ。だけどさあ」
 昼から飲んでいる徳利の首を持ってぶらぶらと振りながら常連はくだを巻く。
「議員の先生方は何も思わんのかねえ」
「さてねえ」
 店主は同じ言葉を繰り返した。いくら政治オタクとはいえ、議員の頭の中まで分かるわけではない。
 店主の視線の先、座敷席の奥の壁には政党ポスターが貼ってあった。今質問に立っている議員の所属している党のポスターだ。別に店主が党員だったり支持者だったりというわけではなく、隣には現在の政権与党や新しく合併して出来た新党まで幅広い。
『我が党は政権交代前から一貫してこの政策を批判し続けてきました! 政権与党の時代には官僚に迎合しておきながら野党になった途端、自分たちの過去の行いを無かったことにする政党が信じられますか? 確かな野党である我が党に清き一票を!!』
 店主はもう一度テレビを見た。議員が総理大臣に詰め寄っている。
『この法案は共産主義と一緒ですよ、共産主義! そんな時代遅れで人権抑圧の象徴のような政策を、何故よりにもよって我が国の時の政府が行っているのか、私には全く理解出来ません。きっちり弁明していただけますか総理』
『首藤相博君』
『えーご存知かとは思いますが、我が国は民主主義と自由主義を主体としたれきとした資本主義国家であります。このような質問を、よりにもよって党名に共産主義を掲げる政党の議員の方から受けるのは真に以外ではありますが……』
『そんなことは些細なことでしょう』
 首相の発言を議員は慌てて遮った。議長が制止しようとするが御構いなしに吠えまくる。
『我が党の掲げる民主的共産主義と貴方たちの推し進める悪しき共産主義は全くの別物だ! この極左的冒険主義者め!』
「やっぱりいつ見ても飽きんな」
 暴れる議員が取り押さえられるのを見ながら店主が呟いた。
「うむ。中身は昔と全然変わってないみたいだな」
 常連がそう返して、酒をちびりと飲んだ。

     

 その年は近年稀にみる大渇水だった。
「母さん、風呂!」
「……お父さん、新聞見ました? この辺り、渇水が酷いんですってよ」
「何がいいたい? まさか俺から風呂を取り上げようっていうんじゃないだろうな?」
 男の目がみるみる吊り上がるのを見て、妻は震え上がった。
「そ、そんなわけじゃありません! ちゃんと用意してあります、けど……」
 妻は言い淀んだ。今でさえ闘牛の牛のように興奮している夫にこれを言ったらどうなってしまうだろう。私が殺されてしまうのではないか。とはいえ、他にこの風呂キチガイから逃れる術があるはずもない。観念して口を開いた。
「だから、うちも節水しようと、湯船のお水を少し減らしましたよと言いたかったんです……キャッ」
 男はもう聞いていなかった。妻を軽く突き飛ばして家の奥へと進んでいく。妻は下駄箱の横に倒れ込みながら、ただその後ろ姿を見送ることしか出来なかった。
 男の姿が風呂場へと消えてすぐに、大きな水音が響き始めた。男がお湯を足し始めたのだ。ああ、やっぱり、と妻は思った。あの人は普段は優しいけれど、風呂のこととなるとこうなのだ。風呂の節水が無理ならミネラルウォーターを買うしかないか、などと考えていた時、ふと異変に気付いた。
 水音がまだ止まない。
 量を減らしたと言っても、ほんの少しだ。こんなに足す必要はないはずなのに……。そう思って風呂場の方を見やると、突然風呂場のドアが突然弾け飛んだ。中からは大量の水と共に夫が押し流されてくる。
「た、助けぐべっ」
 夫が何かを叫んだ気がした。しかし、それが何だったか気付くよりも早く、妻も水流に飲まれ、夫婦は仲良く家の外へ押し流されていった。

 しばらくして、辺り一面水びたしの中、一組の夫婦が立ち尽していた。二人とも濡れねずみだ。妻が夫に尋ねた。
「結局あれ、なんなんです?」
「分からん。だが、多分温泉だ」
「温泉?」
 妻が目を丸くした。水道管をぶっ壊したとばかり思っていたからだ。
「湯の出があんまり悪いんで怒って床を蹴破いたら、そこから湯が吹き出してきたんだ」
「そんなまさか……」
 妻は信じられないとばかりに首を振った。家の中に温泉が湧いたら、この家はどうしたらいいのだ。
「まあ本当に温泉かどうかはこの際どうでもいい。これで水不足を気にすることなく風呂に入れる! なんならご近所に分けてあげてもいいぞ」
 妻の心配をよそに、男はいたって上機嫌だった。

     

「ねえお父さん、まだなのー?」
「ぼくお腹すいたよー」
 子供たちの文句を聞き流しながら私は河原を見渡した。この川はゴツゴツした岩場が多く、中々良いロケーションが少ない。景色は最高だし、水浴びする分には問題ないんだけどな。私が困っていると、妻が声を上げた。
「あそこなんかいいじゃない?」
 それは、いわゆる川の中州だった。この川の中州とは思えないほど平らに慣らされており、ゴツゴツした石も全て取り除かれているように見える。まるで誰かが整地したかのようだった。
「中州か……」
 『川の増水、中州で取り残された家族』というニュースが頭を過る。しかし、他に良さそうな場所もない。
「仕方がないか。パッと焼いてパッと食おう」

 悪い予想ってのは当たるものだ。先ほどまでせせらぎだった川の流れはごうごうとうねりを上げ、別の川のようになって河岸を侵食する。中州の中央で途方に暮れる私に子供たち二人と妻が心配そうに縋りつく。
「二人ともごめんね、お母さんが馬鹿なことを言ったせいで……」
「最終的に決めたのはお父さんだ、お母さんは悪くないさ。大丈夫、まだここが全部水につかるまでは大分ある」
 根拠はない。三人を元気つけるためのハッタリだ。私は半分諦めていた。私はどうなってもいい、けれど、子供たちだけは助けなければ。
 緊張と恐怖で喉が乾く。水のボトルを取ろうとした手が震える。ボトルが倒れ、溢れた水が地面を濡らしていく。

 その時、ぐらり、と地面が揺れた。
 最初は地震かと思ったが、すぐに違うと気付いた。何故なら、地面は揺れるだけでなく持ち上がったからである。あっという間に私たち一家は、中州ごと10mほど頭上に持ち上がっていた。あれほど眼前に迫っていた急流が、遥か眼下に見える。その時、中州が喋った。
「おんしら、ワシの頭の上で肉を焼いて食うとは、豪気な奴らじゃのう」
 私たちの誰も、あまりの事に声も出なかった。
「その豪気に免じて、おんしらを助けちゃろう」
 『中州』はそう言うと、川をざぶざぶと渡り、岸へと横付けし、私たちを下ろしてくれた。
「これに懲りたらもう、変なところで肉を焼くな。あと、水、旨かったわ」
 巨大な生物はそう言うと、川をざぶざぶと泳ぎ昇っていく。その後ろ姿を見送りながら、娘が叫んだ。
「ありがとう、おっきなハゲのおじさん!」
「ハゲじゃねえわ!」
 カッパが振り返りざまに切れた。

     

 花火大会当日の河原は人でごった返している。家族連れ、友達グループ、カップルもいっぱいだ。
「あ、見てみて! これかわいー」
 少女が足を止めたのは、アクセサリーの出店。金属製のブローチやピンバッヂなどが並んでいる。
「買ってあげるよ」
「え? いいの?」
 少年は顔を真っ赤にして答えない。少女はその様子をしばらく見ていたが、やがてクスリと笑った。
「分かった。じゃあこれとこれ」
「分かった。って二つ!?」
「ふふふ。お揃いねっ」
 そうやってはしゃぐ彼女を、少年は眩しそうに見つめた。

「ゆ、ゆ、許せないんだな」
 いつの間に現れたのか、少女の後ろに痩せぎすの男が立っていた。前々から学校で少女につきまとい、問題になっていたストーカー男だ。少年の目が険しくなった。しかし二人が動くより一足先に、男が動いた。
「こ、こんなもの、僕の手で、す、捨ててやるんだな!」
「あ!」
 男は少女の手からピンバッヂをもぎ取るとピンバッジは屋台の照明を反射してキラリと瞬きながら、綺麗な放物線を描いて闇夜を滑り抜けていく。そのまま人込みの向こう、花火会場の奥まで飛んでいって、見えなくなってしまった。
「てめえ!」
 少年は男に掴みかかったが、男は呻き声を上げながら軽く笑った。
「む、無駄なんだな。あのバッヂはもう花火の大筒の中に放り込んじゃったんだな」
「クソッ。あい、探してやるからそこで……あい?」
 少年が気付いた時には、少女の姿は消えていた。
「あっ、あそこ!」
 男の指さした先には、花火発射台に向かって走っていく少女の姿があった。
「お、おいバカ、やめろ! 戻ってこい!」
「そうだ、そんなところ危ないよあいちゃん!」
 二人は慌てて叫ぶが、彼女の歩みは止まらない。大筒が火を吹いた。ヒュ〜ッ、パーンという花火の音が、まるで死刑執行の合図のように聞こえた。
 二人は思わず抱き合う形になって座り込んだ。
「そんな……」
「あいちゃん……」

「あんた達、何やってるの?」
 振り返ると、少女が怪訝な顔をして立っていた。
「お前! よく、無事で……」
「ぼぼぼ、僕もう爆発しちゃったのかと!!」
 二人を訴えを聞いて、少女は呆れ顔で言った。
「あーはいはい。あのね、いくらなんでもそこまで危ないことするわけないでしょ? 子供じゃないんだから」
 それに、と少女は付け加えた。
「あんたみたいな運動もしたことない奴が狙いの場所に投げることなんて出来やしないのよ」

     

 クレーンで吊り下げられた巨大な鋼鉄の円柱状の物体が、ゆらゆらと左右に揺れながらゆっくりと移動していく。
「オーラーイ、オーラーイ、オーラーイ、ストップ!」
「位置確認しまーす」
 その左右ではヘルメットを被った作業員たちが、それぞれ位置を指導したり、周囲の安全確認をしている。目視確認していた作業員が声を上げた。
「オッケーでーす」
「はい、じゃあ下ろしまーす。下についたら合図してください」
 クレーン担当の作業員が操作をすると、軽く軋みながら鋼鉄の物体が降下を始める。
「確認しまーす。2m……1m……50cm……10cm……はいストップ!!」
「停止確認! 作業入って!」
 鋼鉄が安置されると作業員がわらわらと群がり、壁面から伸びるワイヤーやチェーンを鉄の塊の側面にある金具へ引っ掛けたり取りつける。簡単に見えるが命がけの作業だ。
「固定作業完了しました! 開蓋作業入ります!」
 各員の作業が終了したのを確認すると、チーフの男が報告。作業員たちが脚立を昇り、円柱上部の固定具を外したり、クレーンの金具を調整したりする。
「チーフ、オッケーでーす」
 作業員の報告に頷くとチーフがクレーン担当に指示を飛ばした。
「クレーンアップ! 開蓋お願いしまーす」
 クレーンが再び動くと共に、円柱上部の鉄板が徐々に持ち上がっていく。蓋がずれて覗いた中からは顕ゆい光が溢れる。作業チーフが頭上のやぐらを見上げた。
「目視確認、湯温確認お願いします!」
「目視確認完了! 異常は特になし! 湯温正常! いつでもいけます!」
 監視員の報告を受け、チーフが宣言した。
「ではこれより本日の営業を始めます! 状況に応じて営業を止めて保守作業を行うので、召集に30分で応じられるように待機しておいてください。では各自適宜現場より退避!」
 言うが早いか、上の方からバタン! と扉が開く大きな音がして、ついでドタドタドタと賑やかな足音が聞こえてきた。
「よっしゃー! おれが一番乗りー!」
「おい、勝手に横入りすんな!」
「くぉらお前ら! 先に身体洗ってから入れっっちゅうとるじゃろ!」
 子供のような声多数と壮年男性を思わせる深く低い怒鳴り声とが聞こえたかと思うと、ドボン! ドボン! と立て続けに水音が鳴り響き、ついで作業場に真っ赤に燃えた灼熱の飛沫が振り注いだ。
 ここは金属の神が通う銭湯、「鉱炉湯」。"湯"は全て、溶鉄だ。

     

「349番でお待ちの方ー?」
「はいはい」
 呼び出しを受けてカウンターへと顔を出す。平日の昼間だというのに受付は凄い人出だ。少子化だ、人口減少だなどと言うが、世の中にはまだまだ人がいるではないかという気分になる。
「検査の結果の方が出ましてですね。こちらです」
 出された結果票を見る。文句なし、とまではいかないが、年齢を考えればまあまあの健康体だろう。
「で、検尿の結果なんですが……」
  言われて『検尿』と書かれた項目を確認する。『尿潜血』の部分が陽性になっていた。うわ、尿結石か? いやだなー、そう考えていたら、あることを思い出した。
「あのすいません、実は出すの忘れてたんですけど……」
 鞄の中から検尿容器を取り出して受付の女性に見せると、女性は目を丸くした。
「あのー……どういうことなんでしょう、これ……」
「え、さあ……私が聞きたいぐらいです」
「そちらがご本人で用意されたものということでお間違いないですか?」
「ええ……」
「か、確認して参ります」
 恐らく過去にも例のないことだったのだろう、女性の声が震えていた。そのまま奥に下がっていく。
 少しして、奥から半泣きで謝る声や叱責の声が聞こえたかと思うと、女性が別の女性を伴って現れた。連れて来られた方は最初に受付してもらった人だ。ただその時はこんなにボロボロ泣いてはいなかったが。
「大変申し訳ありませんでした。係の者がお客様の検査容器を紛失したと誤認した上、それを隠すために別の検体を用意したということで、大変ご迷惑をおかけしました。ほら! 貴方も謝りなさい!」
「ううう……すいませんでしたあああ……」
 彼女はしゃっくり声を上げながらおいおい泣いている。なんだか大事になってしまったぞ。私は慌てて言った。
「そんな、そこまで謝られることでもないですよ。こうして原因は分かったわけですし。それで、本来の検査の方は……」
「先ほど頂きました検体を担当の方に回しまして、今割り込みで検査をやっているところでございます。結果が出次第お呼びいたしますので、申し訳ありませんがもう少々お待ち頂けますか?」
「ええ、構いませんよ」
「ところで……」
 聞くべきではないと思ったが、どうしても好奇心を抑えられず私は聞いた。
「別の検体って、どうやって用意したんですか?」
 しゃっくりが突然止まり、沈黙が流れた。女性の顔がみるみる赤くなるのを見て、私は(ああ、尊し)と思った。

       

表紙

天馬博士 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha