Neetel Inside ニートノベル
表紙

日替わり小説
8/11〜8/18頃

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 休みの日に大家さんが突然やってきたのでなにかと思えば、実家からの電話だと言う。
「君が出ないから僕に電話したっていうんで、取り次ごうと思ってね」
 ありがた迷惑な話であるが、断るわけにはいかない。御礼を言って子機を受け取る。
「どうしたんだよ。電話なら携帯にかけてくれたら折り返すって言ったろ」
「そんなこと言ったって、こうちゃん出ーへんでしょう」
「そんなことないって……そりゃ仕事中と寝てる時は出れんけど、ケータイだったら基本取るから」
「あっそう、じゃあさっきから掛けても繋がらないこの電話番号はいったい誰のものなんでしょうかね?」
「えっ」
 お袋に言われてケータイをポケットから取り出してみると、電源が切れている。
「ホントねえ、いつも言ってるけど……連絡取れんと心配になるでしょう。これでも普段は連絡来んでも特に何も言わんように気をつけとるんよ? それを……」
「あー分かった分かった。俺が悪かったよ、それで何の用?」
 つまらないミスをしてしまった。いつまで経っても子離れしてくれない母親にも困ったものだが、こうして小言を言う口実を与えてしまったのは自分の不注意だ。内心反省だが、隙を作らないように話題を逸らすのは忘れない。
「あ、そうそう。こうちゃん宛てにハガキが届いたよー。同窓会のお知らせやって」
「おい! また勝手に見たのかよ」
「勝手にも何もハガキの中身なんて見えてまうでしょう」
 そう言えばそうだった。昔勝手に封筒を破られたことがあってからちょっと神経質になっている気がする。いやいや、悪いのはいちいちこうやって干渉してくるお袋だろ。
「うるさい。いいから置いといて。あとで取りに行くから」
 これ以上話すとボロが出るかもしれない。一方的に言い捨てて電話を切った。
「もういいのかい?」
「はい」
 大家さんに渡すや否や、子機が再び鳴った。大家さんが電話を取る。
「はいもしもし……ああ、はいはい、変わりますね……吉嶺くん、お母様」
 しつこいな。カチンときたので大家さんにそのまま電話を突き返した。
「いいのかい?」
「ええ。もう直接話しますから」
 背中に手をやり、ひっぺがそうとすると悲鳴が響いた。
「痛い痛い、こうちゃん止めて!!」
「うっせえ!! お袋が子離れ出来んせいで俺はこんなに苦労しとんじゃ!! はよ離れ!!」

     

『決まったーーー!!! ニッポン勝ち越しーーーー!!』
「ウオーーーッ!!」
 最前列で50型プラズマに被りついていた先輩が吠えた。
「いやー、マジ凄いっすね!」
「四宮は神!! 魔法使い!!」
「いやもうホント、まだ終わってないのに泣きそうだわ」
 勝てば決勝トーナメントに進出の一戦で格上相手に互角以上の勝負。下馬評では苦しい戦いが予想されていたが、その逆境を撥ねのけ、ここまではまるで魔法にかけられたかのような目覚ましい活躍を見せている。
「あれ、そういえば立田はどうした?」
 狂乱から少し正気に戻った先輩が俺に聞いてきた。立田はこの寮随一のスポーツ馬鹿で、今回のW杯前にもこっちがイヤになるほど代表豆知識や過去のW杯結果を聞かされて来た。これまでの中継も欠かさず見てきている筈だが、今この場には居なかった。
「部屋で一人で見てんじゃないですか?」
「なんだそれ。駄目だろ! 喜びは分かち合わないと。俺たちは全員でニッポン代表なんだから!」
 謎理論だが先輩の命令は絶対だ。俺はしぶしぶ立田の部屋まで行った。
「おーい立田! 下で皆で見てっぞ! 先輩呼んでるから今すぐ降りて来い!!」
 大声でノックしたが返事がない。おかしいな。明かりはついてるから在室のはずだが。
「立田?」
 ドアを少し開けて中を確認してみると、ベッドの上で座禅を組む立田の姿が目に入った。下には曼荼羅のような模様のカーペットが敷かれ、周囲を蝋燭が取り囲んでいる。立田は目をつむり、何がしかをぶつぶつと呟き続けていたが、俺の視線を感じたのかこちらに目を向けた。
「……何してんの?」
「いや、必勝祈願を……」
「もう試合始まってるって!」
「え! うそ! あ、マジだ! なんでもっと早く言わねえんだよ!」
「知るか! 行くぞ」
 ミッションを果たして下に降りてくると、画面前応援団は死んだような顔になって意気消沈している。
「ど、どうしたんすか」
「立田ぁ……魔法解けちゃった……元に戻っちゃったよ」
 先輩は泣きそうな声だ。画面の中の日本代表にはさっきまでのプレーの片鱗も見られない。まるで別のチームのように精彩を欠いていた。それを見て、立田が呟いた。
「必勝祈願に戻らないと……俺が祈らないと駄目なんだ」
 いや、そんなわけないだろ。

     

 店長がいつも通りに開店準備をしていると、バイト君たちが店の外を見て何やら話し込んでいた。
「どうしたの?」
「あ、店長」
「なんか店の前に挙動不審な人がいるんですよ」
「挙動不審な人?」
「看板に隠れたり電信柱の影からじっとこちらを伺ってるんですよね」
「どうします? 警察に通報とかした方がいいですかね?」
 店長は店の前の道路を見やった。顔が半分隠れていて見えないが、よく見ればそれは常連の中学生だった。店長が店の外に出てゆっくりと手招きすると、その中学生はビクリと身を震わせ、周りに他に誰もいないことを確認してから店の中に入ってきた。まるで指名手配でもされているみたいだなと店長は思った。
「散髪に来たんだろ? まだ誰もいないからすぐ始められるよ」
「えっ、あ、まあ、はい……」
 店長が椅子を勧めると、中学生は促されるがままに腰を下ろした。
「今日はどうする? いつもの感じでいいかな?」
「え、えっと……?」
「髪だよ、ヘアースタイル。いつもだと確か……」
「あ、横と前は耳と眉毛が出るぐらいで、他も同じぐらいの短さで。バリカンは無しで……」
「ハイハイ、そうだったね。じゃあ」
 注文を受けて店長がはさみを取り出すと、中学生は我に返って慌てて言った。
「いや、ちょっと待ってください! 今のは、ちょっと無しです、無しに」
「ん? いや、それは別に構わないけど……じゃあどうしたらいいんだい?」
「ええーと……その……」
 中学生の言葉はなんとも歯切れが悪い。もじもじしながら顔を赤らめてうつむいている。店長は困ってしまった。
「うーん……迷うのは構わないんだけど、ちゃんと注文を言ってもらわないと。こっちも切りようがないんだよね」
 中学生は俯いたまま答えない。
「具体的じゃなくてもさ、例えば有名人やアイドルと同じような髪がいいとか、ちょっとこういう雰囲気がいいとか……ここは美容院じゃないから全部注文通りにはいかないけど」
「はい……」
 そう答えながら、中学生は何も言わない。店長はアプローチを変えてみることにした。
「うーん、じゃあなんで普段と変えてみたいの?」
「……指名手配されたからです」
「え?」
 中学生は真剣な顔をしている。店長は中学生が店に入る前にコソコソと様子を伺っていたのを思い出していた。いやしかし、まさか。
「本当に?」
「嘘ですよ。イメチェンです」
 中学生はそう言うと、黙って俯いた。殴ってやろうか、と店長は思った。

     

 回転寿司のテーブル席に集まった大学生たちは、下らない話で時間を潰すのが決まりである。
「回転寿司ってさ、何が回転してるわけ?」
「そりゃあ寿司でしょ」
「いや、そりゃ俺たちから見たら回ってるのは寿司よ? でもさ」
 一人の男がレーンから赤身を取りながら言った。
「寿司から見たらどうなわけ?」
「何が言いたいんだ」
 別の男の突っ込みに、待ってましたとばかりにその男が声をあげた。
「だからさ、回転運動ってのは座標系に依存するわけじゃない。俺たちのいる慣性座標系にとっては回転してるのは寿司。だけど寿司座標系から見たら寿司は停止していて、回転してるのは俺たち客ってことにならないか?」
「いや、それはおかしいだろ。寿司座標系は回転座標系だろ? つまり寿司から見た俺たちは慣性系から見た回転とはまた違うんじゃないか?」
「そもそも回転座標系とか言うけど、寿司自体は回ってるっていうかレーンの上を動いてるだけじゃん。レーンの軌道も円軌道じゃないし……」
「確かに、回転の定義を考えると寿司が回転しているかどうかについては議論の余地が……」
「何言ってんのよ」
 はしゃいで議論に興じる理系オタク共を尻目に姫がぴしゃりと言い放った。
「店の主役は客。寿司は客に食べられるものなんだから、回ってるのは寿司に決まってるでしょ……キャッ!?」
 姫の悲鳴にオタクが一斉に振り向いて見たものは、回転寿司の皿の上に乗っているイソギンチャクのような形をした物体。そして姫がイソギンチャクのお化けの触手に頭の上から絡め取られて持ち上げられているところだった。『イソギンチャク』の上部はまるで口を開いたようにポッカリと開いていた。
「な、何見てんのよ! 助けなさいよ!」
 姫はわめくが、オタクは動けなかった。その沈黙を破るように『イソギンチャク』の『口』が動いた。
「前半は賛成だが、後半は解せんな」
 店内が静まり返る中、『イソギンチャクは』続けて言った。
「この店では儂らが客で、あんたらが食物だよ」
 皿から次々と触手が飛び出し、店内を悲鳴が覆い尽したが、いくらもしないうちに再び静かになった。
「やっぱり回転人間は踊り食いに限るわなぁ」
 怪物以外いなくなった店内で、のんびりと『イソギンチャク』は呟いた。

     

「このかき氷美味しいー!」
「氷も澄んでいて臭みがないし、このシロップも絶妙な甘みと酸味が堪らない……」
「本当ですか! ありがとうございますー! 氷は天然水を、シロップは自家製のものを使ってるんですよー」
 客からの賛辞にニコニコしながら答える店員。連日の猛暑のお蔭で、かき氷専門店は今日も大繁盛だ。
「ん、なんだこれ?」
 器を抱えてかきこんでいた一人の客が声を上げた。器を置いて口の中から取り出したのは厚紙で出来た小さな紙片だった。
「何これ……シロップ調理見学券?」
「おめでとうございます!!」
 カランカランとベルが鳴って、奥から店員が何人も現れた。
「当店のかき氷には、調理室内に入って見学出来る『当たり』があるんです」
「秘伝のシロップの製作行程を見学出来るまたとないチャンス!」
 突然のことに店内がざわつく。
「えーいいなーうらやましい!」
「でもさ、秘伝のレシピなのに見学なんておかしくない?」
「確かに……」
 微かに聞こえる心配をよそに店員が促した。
「さあさあ、どうぞ奥へ」
「ちょ、俺このあと用事が……」
「大丈夫ですよー。美味しいシロップにはそういうことは不要ですから」
 男性は断る素振りを見せたが、店員たちは有無を言わせぬ雰囲気で男性の両脇に立った。そのまま両脇を抱えると、調理室へと無理やり連れ込もうとする。抵抗むなしく引きずられていく様は、まるで犯人を連行していくかのようだった。残された客たちは口を開けてそれを見つめていた。
「何、今の……」
「嫌がってるのに無理やりってどういうこと?」
「それに今、美味しいシロップには不要とか言ってなかった? 作らせるってこと? それとも……」
 女性客たちは手元の食べかけたかき氷を見た。まさか、そんな……。果肉のような細かいつぶつぶが混じった真っ赤なシロップ。さっきまでは食欲をそそるものでしかなかったそれが、今となっては酷くおどろおどろしいものに感じられた。
 途端にドアが開くと、先ほど『連行』された男性が出てきた。満面の笑顔である。
「素晴らしい見学でした。ここのシロップは本当に最高ですね! 皆さんにも『当たり』が出ることを祈っています!」
「さあ! まだまだ『当たり』はございます! どんどん食べてどんどん見学していってくださいね!」
 店員がにこやかに店内に呼ばわった。

     

「おめさん達、この奥の墓に行くのか?」
「そうですけど」
 老婆の目が細くなった。
「わりことは言わね、やめとけ。あそこには悪いのがついとる」
「悪いのって……」
「でも、爺さんの49日なんです。お墓参りにいかないと」
「そうかい。じゃあこれを持っていきな」
 老婆が手にしているのは何か紙きれのようなものだった。
「魔除けの札だ。あたしが作ったんじゃないよ、そこの寺の住職が用意したもんだ。どのぐらい効き目があるかは知らないが、ないよりはマシだろうさ」
「あの、さっきからなんなんですか一体」
 弟は不信感も露わに老婆に食ってかかったが、老婆は返事もしない。札を兄の手に押しつけるとそのまま去っていった。
「……どうする?」
「捨てちゃいなよ、そんなもの」
「ちげーよ、行くか行かないかだよ」
 兄の問いに弟は激昂した。
「はあ!? 行くに決まってんでしょ! 兄ちゃんは爺ちゃん嫌いなの?」
「そうは言ってないだろ」
「問題ないって! 大体こんなピーカン照りの真っ昼間に幽霊なんて出るわけないから」
 弟はそう言うと、兄の持っていた水桶と仏花を持って歩き出した。

 花を新しいものに入れ替え、軽く拭き掃除をして、墓石に水をかけて、手を合わせる。一通りの仕事を終えると、弟が兄の背中を軽くつついた。
「ねえ、誰かこっち見てない?」
「ええ?」
「あっ、振り返っちゃ駄目!」
 不用意に周囲を見渡そうとした兄を弟が制止する。あれほど八月蝉かったセミの鳴き声はぱったりと止んでいた。照りつけていた太陽も雲の中に隠れてしまっている。気温は下がっていないはずなのに、ゾクゾクするような寒気を二人は感じ取っていた。
 ガサリ、と二人の真後ろにあった植え込みが動いた。
「そこかっ!!」
「お、おい!!」
 兄が止める間もなく弟が植え込みへと踊りかかった。悲鳴と取っ組み合いの音。ほどなくして弟に締め上げられて中から出てきたのは、先ほどの老婆であった。
「変なことばっかり言ってくると思ったら、一番悪い奴なのはお前じゃないか!」
「あたしゃ見張ってただけだよ」
 言い争いを続ける二人に兄は聞いてみた。
「もし本当に幽霊だったらどうするつもりだったんだ? 物理では殴れないぞ?」
 弟はキョトンとした顔をしてから、照れて頭をかいた。
「考えてなかった」

     

「キャー!! パパ助けてー!」
「大声出さないで、どうしたの」
 家内の悲鳴を聞いた私はスリッパを片方脱いで廊下へかけつけた。見れば最初の予想通り、妻がへたり込む前にヤクルト程度の大きさをした、黒光りする平べったい虫が這いずり回っている。
「そりゃっ!!」
 渾身の一撃は素早い動きであっさりと避けられた。ゴキブリはそのまま廊下奥の暗がりへ逃げていく。
「どう、終わった?」
「いや……逃げられた」
 家内の質問に答えながら私は頭を掻いた。どうにもゴキブリ退治は苦手だ。虫が苦手というより元々運動神経がよくないのだ。だったら殺虫剤でも使っておけという話だが、家内が「子供が吸い込んだりイタズラしたりするとマズいから」と言って許してくれない。ちなみに息子は今年で5歳になるが、虫は大好きである。
 サッと視界の端を何か黒い物が横切った。私は振り向き様にスリッパを繰り出した。
「そこかっ!!」
 パーン、という音と共に微かに伝わる手応えがあった。
「やったか!?」
 私はスリッパの下に黒い物があることに気付き、期待を持って覗き込んだ。
 そこにいたのは黒光りする六本足の平べったい……大きなアゴを持つクワガタムシであった。息子がこの夏サマーキャンプで取ってきたヒラタクワガタである。ヒラタは私のスリッパの一撃を受け、完全にひしゃげて潰れていた。
 私はしばらく動けなかった。顔はこわばり、息をすることさえも忘れて硬直した。どうして、何故。今日の餌やりの時、蓋を閉め忘れていたのか。そんなどうでもいいことが頭をかけめぐった。
「どうだった? 殺った?」
 物音が止んだのをみて、家内が恐る恐る私の後ろにやってきた。そしてそのままヒラタの死骸を見て「ヒッ」と小さく悲鳴を上げて動かなくなった。
「お父さん? お母さん? どうしたの?」
 異変に気付いたのか息子までもが自分の部屋から出てきた。そしてヒラタを見ると、その目に涙がみるみる溜っていった。
「ごめんな……ま、間違えちゃったんだ。ゴキブリを追っ掛けてたんだけど突然コイツが出てきて……」
「そ、そうよ、パパは悪くないのよ? 同じ黒い虫だから見間違えちゃったのよね?」
「そっか……」
 私たちが必死に弁解をすると、息子は涙を拭って小さく呟いた。
「じゃあ、ここにいる黒い頭の虫二匹も、ゴキブリに間違えていいかな?」
 その目はもはや泣いても、まして笑ってもいなかった。

       

表紙

天馬博士 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha