Neetel Inside ニートノベル
表紙

日替わり小説
9/1〜9/7頃

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 休日の駅前広場と言えば人混みを探すにはうってつけだ。この日もご多分に漏れずもの凄い人出の中を歩き回る一人の少女がいた。高校生か大学生ぐらいだろうか、化粧っけの少ない顔にTシャツチノパンキョロキョロと辺りを見回しているところを見ると人を探しているようだ。やがて見つけたのか動きを止めると、その場で今度は携帯を取り出した。そのまましばらく立ち止まって携帯の画面を操作していたが、やがて納得がいったか、近くにいた一人の男のもとへと駆け寄った。
「えっと……『MAKIGAI』さん、ですよね?」
「あ、はい、『MAKIGAI』ですー。そちらは……『ピーマンカフェ』さんですか?」
「はい、『ピーマンカフェ』です。すいません、遅くなりました」
 少女はペコリと頭を下げると、もう一度辺りを見渡した。
「あのー、他の人たちは……?」
「あーそれなんだけど」
 『ピーマンカフェ』と名乗った少女がそう聞くと、『MAKIGAI』と名乗った男は曖昧に笑いながら頭を掻いた。
「なんか、皆さん急用が入ったり具合が悪くなったりして来られなくなったんだそうです。だから今日は僕たちだけです」
「えっ、そうなんですか!?」
 少女が驚くと、『MAKIGAI』は申し訳なさそうな顔をした。
「なんかすいません。折角のオフ会なのに僕みたいな年増一人だけなんて……なんならまたオフ会はまた別の日ということにして、ということでどうですか? 『ピーマンカフェ』さんもおっさんと二人っきりは辛いでしょうし」
 少女はそれを聞いて思案顔で携帯を弄っていたが、やがて顔を上げた。
「いや、私は別に構いませんよ。まあ人数減ったんで当初の予定通りにはいかないですけど、折角来てくださったんですし、軽くご飯食べたり見て回ったりしましょう」
 こっちです、と少女が前に立って、少し怪しい二人組は移動を始めた。そのままどこかの飲食店にでも入るのかと思いきや、少女は裏路地のような場所へと入っていく。立ち止まった場所にはまだ付いていないネオンサイン、そして『休憩:5000円』の看板。少女が振り返るなり、二人の声が揃って叫んだ。
「警察だ! 動くな!」
 手帳と手錠を片手に決めポーズで向かい合う二人。沈黙が場を支配した。
「……出会い厨未成年淫行キモ親父だったんじゃあ?」
「そっちこそ、SNS家出援交少女かと……」
「アホかっ! 私はもう二十歳だ!」
 女の声が虚しく路地裏に響いた。

     

「今日は楽しかったねー」
 遊園地からの帰り道、弟の手を引きながら話しかけると、弟は少し逡巡してから「うん」と答えた。
「どうした? そこまででもなかった?」
 違和感を感じた私が「気を使わなくてもいいのよ」と声をかけると、弟は慌てて首を振った。
「そうじゃないけど……もっといたかったなぁ、って」
「ああ……」
 弟は聞き分けのいい子だ。今だってこうして私が聞かなければうっかり本音を漏らすようなこともなかったはずだ。大事にしまって家まで持って帰るつもりだったのだろう。
「見られるよ」
 え、と驚いた顔をした弟の手を引くと、私は踵を返して遊園地の方へと歩きだした。
「で、でももう閉園時間間近って……」
「大丈夫! お姉ちゃんに任せなさい!」

 閉園間近の遊園地は昼間の喧騒が嘘だったかのような侘しさだ。人もまばらだし、夕日の差して長く影を伸ばした遊具がまた哀愁を誘う。そんな遊具の一つの陰にあるロッカーのような建物の前へと私は来ていた。背丈が小さく、大人が入れるような場所ではない。昼間もしもの時にと思って見繕っておいた場所だ。
「どうするの?」
「もうすぐ閉園後の見回りが来るでしょう? それをやり過ごすためにここに隠れるのよ」
 扉に手をかけたが開かない。おかしいな、昼間は開いていたはずだが。扉を見返してみても、鍵穴らしきものは見当たらない。
「仕方ないわね。次のところにしましょう。おいで」
 ところが、見繕っておいた場所はことごとくが閉まっていたり移動してなくなっていたりしていた。全て撤去されたのかとがっかりしたが、本当の理由はそうではなかった。最後に向かった総合案内所脇のトイレの個室をこじ開けようとした私に、中から声が聞こえたからだ。
「帰れよ! ここはもう今日貸切なんだ!」
 単に鍵が掛けられているだけかと思っていた私はびっくりした。
「あんた誰? 貸切ってどういうこと?」
「お前こそ誰だよ! この遊園地は夜、俺たち地元の奴らが占有して遊ぶって決まってるんだ。部外者は立ち去れ!」
「もしかして、これまであたしが見てきた隠れ場所は全部あんた達が使ってたってこと?」
「その通りだ! 俺たちがこの遊園地を占拠した!」
「それってさ」
 それまで黙っていた弟が口を開いた。
「立ち去るべきはあなた達なんじゃないかな……」
 トイレの扉は黙り込んだ。

     

 中学校の恩師の訃報が届いたので、葬式に出るために数十年ぶりに日本に帰ってきた。
「このたびはご愁傷様でした」
 受付で香典を渡して記帳していると、受付に立っていた女性の顔が変わった。
「そう、貴方が日ノ本くんなのね。主人がよく話していたわ……担任した生徒の中でも特に優秀な生徒だったと」
「そんな、買い被りですよ」
 びっくりして否定したが、恩師の奥さんは取り合わない。
「本当よ、勉強は勿論運動もとびきり出来て、オマケに人格者で……当時の主人の口癖ご存知? 息子や娘が何かしでかすたびに『日ノ本くんを見習いなさい』なんて叱ったりして……私たちは貴方とは会ったこともなかったのにね」
「あの、後ろが詰まってるんで」
「あらいけない。名前はもうお書きになった? ではどうぞ、お入りになって」
 会場に入ろうとした背中に奥さんの声が追いかけてきた。
「そうそう、後で頼みたいことがあるの! お願い出来るかしら?」
 いや、そんなの内容によるでしょ。

 頼み事というのは焼香の一番手を務めてくれということだった。
「主人の遺言で、本当は貴方に弔辞を読んで欲しいということだったのだけど……連絡が中々付かなかったでしょう。だからせめて、ご焼香の前に……簡単な内容でいいから」
「そうは言いましても……それに恥ずかしながら、ご焼香のやり方もよく分かっていませんし、失礼になるかもしれません」
「そうか……ずっとあちらにいらしたんですものね。でしたらむしろ、あちらのお葬式での作法で何かやっていただけない? その方が主人も喜ぶと思いますわ」
「ええ……」
 かなり困惑したが、奥さんは「じゃあそれでお願いね」と言うとさっさとどこかへ行ってしまった。……仕方がない。恥や罵倒を覚悟でやるか。

『それでは、ご焼香をお願いします』
 進行の声に応じて、私は棺桶の前に歩み出た。そのままおもむろに靴と靴下を脱ぐと裸足で棺桶の上に乗る。ざわつく参列者の方へ向き直ると、私は大声で絶叫しながら跳び跳ねた。
「びっくりするほどユートピア! びっくりするほどユートピア! びっくりするほどユートピア!」
 そのままそそくさと棺桶を降りて焼香。その背中に向かって、何故かパラパラと拍手が聞こえてきた。拍手の音は次第に大きくなっていく。やがてアンコールの時のような大喝采になるに及んで、私はついに向き直ると叫んだ。
「なんで拍手!? なんで?」

     

「いやー、この子可愛いー」
「でしょう? つい昨日『入荷』したばかりで、一番人気の品種なんですよー!」
「『触って』みてもいいですか?」
「どうぞどうぞ! お好きなだけ『体験』も出来ますよ」
 店員が空中に腕を伸ばすと半透明の長方形の『窓』が浮かび上がり、続いて周囲の『風景』が腕の中の子犬を除いてバッと切り替わった。よくあるモデルルームのような感じの場所だ。気付けば店員の姿も消えている。何もいない空間から声だけが聞こえた。
「この空間にて、お買い上げいただいた場合の新生活やお世話の簡単なシミュレーションが出来ます。お部屋の間取りは変えられますので、御気軽にお申しつけくださいませ」
「すごーい。VRだとこんなことも出来るんですね!」
「はい。技術の進歩は素晴らしいですから」
「でも、この子をこの場で買うことは出来ないんですよね?」
 無邪気な客の質問に、店員の声が少しこわばった。
「確かに直接お買い求めいただくことは出来ませんね。犬のような大きな生き物の場合、通信販売も難しいですし」
「でしょう? どれだけ可愛くても、買うのは実際の店舗じゃないと駄目なのよね……」
「いえ、実は最近、VR店でも販売業務を始めたんですよ。ご自宅に3Dプリンタはありますか?」
 客の溜息に被せるように、店員がゆっくりと言った。
「3Dプリンター? でもあれ、出てくるのプラスチックって聞いたよ? 生き物は無理なんじゃ……」
「普通は出力出来ません。ですが、ある特殊な方法を使えば、動く『この子』をどこにでも連れ出せるようになりますよ」
「えー……ホントかなそれ……」
「なら試してみてください! 1週間までなら返品も対応しますから」
 客は半信半疑だったが、結局店員に押し切られる形で購入して試してみることになった。言われるがまま3Dプリンタの設定をして、待つこと1時間ほど。
「こちらのデータ送信は全て終わりましたね。出力の調子はどうですか?」
「プリンタの動きが止まったからもう出てきてるはずだけど……全然音がしない。動いてないみたいだけど?」
「あーそれは問題ないです。出てきた子犬の成形品に、今から言うマークを黒のサインペンで塗って下さい」
「マーク? それを塗るとどうなるの?」
「貴方のアニマが成形品に移って、成形品が生きているかのように動くことになります。ARの上では」
 転写したマークは、紛れもなくARマーカーだった。

     

「どうしたの?」
「なんだか昨日からお腹の調子が悪くて……」
「なに、出るの? 出ないの?」
「んーどっちかというと出ない方? いやでも出ないわけではないんだよな……」
 夫が腹をさすりながら要領を得ない返事をした。
「ほら、血便ってあるじゃん? 赤いのが出る奴」
「なに、出たの? それって痔とか癌とか?」
「いや、血は出てないんだけどね……なんていうかさ、白いんだよ……」
「し、白い……?」
 人間ドックでバリウムを飲んだ後に出てきたものを思い浮かべる。確かにあれは白かった。けれど、私たちが検診を受けたのはもう半年も前の事だ。そんなものがまだ出ていないのだとしたら、腹が痛いどころでは済まされないだろう。
 何か、消化器系の深刻な病気なのだろうか。医者ではないので、考えてみても分かるはずもなかった。
「病院行ってきたら?」
「うーん、でもお腹痛いだけだしな」
「何言ってんの。白いうんこなんて何かの病気に決まってるでしょ! なに、怖いの? ついていってあげようか?」
「いいよ! 子供じゃないんだから。自分で行きます」
「はいはい、さっさと行った行った!」
 大丈夫、きっと大したことない。不安を吹き飛ばすように、嫌がる夫の背中を叩いて送り出した。

「それで、思いっきり力んだんだ」
「待って」
 夫が力を込めて排便シーンを語るのを両手で押し留めた。
「なんでそんなに嬉々として語るの。少しは羞恥心ってものがないの?」
「え? そりゃないわけないよ。でもこれ、人助けの話だよ? 恥ずかしいけど、同時に誇るべきことでもあると思わない?」
「思わないでしょ」
「そうかな〜? 急な火事だったから周りの人は皆パニックになってたし、そんな中冷静に自分の病気のこと思い出してパンツ下ろした僕って凄くない?」
「それだけ変態であることは凄いことだと思うけどね」
 どうしてこんな人と結婚してしまったのか。いくら尻から消火剤が出るからって、人前でケツ丸出しにして消火活動する人だとは思ってなかったし……。
「大体さ、なんで治療を断ってきちゃったわけ? お腹痛いんでしょ?」
「だって今後ここが火事になった時とかに君を助けられて便利かなーって……」
「便利かなじゃねーよ! 私は便器じゃねー!」

     

 健康な身体を持った青年が夜遅くまで活動していれば、自然と腹が減るものだ。腹が減った若者がコンビニに集うのも、これも自然なことと言える。
 店の前に着くなり、ある友人が耳を動かしながら眉をひそめた。
「なあ、なんか聞こえないか?」
「え? 何が?」
「ほら、なんつーか耳なりみたいな感じの、甲高い音がさ」
 耳をすませると、確かにそんな音が入口前の店頭スピーカーの方から聞こえてくる。最初は空耳かなにかという程度の音量だったが、聞いていくうちに次第に音は強くなっていく。店内BGMや有線放送などではあり得ない周波数。明らかにわざと出している音である。
「なーんか変な音だな、うるさいってほどでもないけど耳障りだし」
「あーなんかずっと聞いてるうちに頭痛くなってきた気がするわ」
「ひょっとしてこれ、前に話題になったモヒート音とかいう奴じゃね?」
「モスキート音な。モヒートは酒」
「そうそれだ! 覚えてるとかすげえな」
 流行ったのも随分前だったはずだ。もてはやされた割に効果はイマイチですぐに廃れてしまったというのに、今さらになって持ち出してくる辺り、ここの店長も大概だな。俺はもう一度モスキート音に耳をすませた。
 甲高いキーンという音は相変わらず単調なリズムを刻んでいる。キーン、キーン、キーン、キ、キ、キ。俺はふと疑問に思った。モスキート音はこんな風に鳴ったり止んだりするようなものだっただろうか。もっと連続して鳴り続ける音源だったような……。
「なあ、これなんでこんなリズミカルなんだと思う?」
「え? さあ……店長の趣味じゃね?」
「どんな趣味だよ」
「実はモールス信号マニアとか」
「モールス信号マニアってなんだよ」
 ツッコミを入れてからふと気付いた。短音3つに長音3つ、短音3つの組み合わせ。それは、救援を要請するモールス信号ではなかっただろうか。
「おい、バックヤード入るぞ。俺が戻らなかったら110番しろ」
「は? どうしたんだよ急に」
 驚く友人を置いて慌ててレジ裏に突入する。急病か? 強盗か? ドアを開けると、店長はびっくりした顔でこちらを見た。その頭にはヘッドホンがかかり、放送用ボタンをリズム良く押している。
「いきなりなんなんだ君は。強盗か?」
「うるせえ! 紛らわしいんだよ!」
 叫んだ俺の声は、泣きそうだったかもしれない。

     

「お客さん、終点ですよ」
 目を覚ました男が辺りを見渡すと、そこは見覚えのない見知らぬベンチの上だった。
「あー……あ?」
 寝惚けた頭で記憶を反芻する。確か、会社の新人歓迎会でしこたま飲んで……それから……。起こしてくれた車掌に話を聞こうと辺りを見回したが、誰もいない。どころか、よく見ればここは電車の中ですらなかった。車掌の声は幻聴だったのか?
「おかしいな……まだ酔いが覚めてないのか……?」
 ベンチから立ち上がってホームを一瞥する。申し訳程度に街灯のようなものがポツポツと立っているが、明かりが弱いのか数が少なすぎるのか自分の足の先も見えないほど辺りは真っ暗だ。雨は幸い降っていないが、何故か星の明かりはほとんど見えず、空は漆黒の帳に包まれている。
「どこなんだここは……」
 何度か終点まで乗り過ごしたことはあるが、こんな駅は記憶にない。不審に思いながら駅舎の前で時刻表を確認する。当然というか、やはりもうとっくに終電は終わっている。どうやらこの辺りで始発を待つしかなさそうだ。こんな真っ暗闇で泊まれるところがあるか分からないが、ずっとベンチに座っていても仕方がないと、男は改札に向かった。
 駅舎も待合室は電気がついているが、駅員が詰めてる筈の中は真っ暗で、人がいる様子もない。金属の柵が並んでいるだけの有人改札も駅員がいるべき場所は無人になっており、通路はチェーンで閉じられている。備えつけのベルを鳴らしてみたが駅員が来る様子はない。
 改札を通して外の様子を眺める。明かりのある場所から見ると更に真っ暗で、全く何があるのか分からない。民家かビルか、田んぼか、はたまた……。いくらなんでもこんなに暗いっておかしいんじゃないか? そんな気持ちが芽生えてきた。だって、仮にも電車が通っているような場所なのだ。それだけの場所にあって、これほどの暗闇が存在しうるのだろうか? ひょっとしてここは人里ならざる異界の地なのでは?
 ガサリ、と背後で音がして男は跳び上がった。恐る恐る振り返ると、そこには寝惚け眼を擦りながら駅員の制服を来た男が立っていた。
「お客さん終電でここに? 悪いね、寝てたもんだから」
 直通運転が始まってから多いんだよね、とぼやきながら改札扱いをしてくれるのを聞きながら、密かに男は思った。
 この人が寝ていたのなら、誰が起こしてくれたんだ?

       

表紙

天馬博士 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha