Neetel Inside ニートノベル
表紙

日替わり小説
9/8〜

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「このダンボール、ここでいい?」
「あ、そこで大丈夫です! いやーすいませんね、色々手伝ってもらっちゃって」
「構わんよ。それより、こんなに用意して大丈夫なん? 寮生は結構帰省しちゃってると思うんだが……」
 先輩の言う通り、BBQ準備に勤しむ寮生の姿はまばらで、用意された肉や皿に見合っていない。本来左団扇のはずの先輩にお願いしてまで準備にかり出さなくていけないのもそのせいだ。幹事代の学年としては恐縮するばかりだ。
「一応、近隣の住民の方とか、近くの他の学生寮とかにも声は掛けてあるんで、もうちょっと増えるかなと。ぶっちゃけ、あんまり期待は出来ないですけど」
「無理無理、来るわけないって。誰が好き好んでこんなむさくるしい男だらけの場所に来たがるのよ」
「まあ、ですよね。分かってるはずなんですけど」
「じゃあなんでこんなに用意したんだよ」
 流石先輩、容赦なく突っ込んでくる。
「ま、まあタダ飯に釣られて人が増えるかもしれませんし! 先輩も、気が向いたら友達とか呼んでもらって全然構わないんで!」
「結局そうなるよな……」
 先輩はしばらく黙ってこちらを見つめていたが、やがて神妙な面持ちで口を開いた。
「思ったんだけどさ、最近お前のイベント企画、なんか同性向けに寄ってね?」
「え、そ、そんなことないですよ」
 核心を突かれて動揺の余り口調が乱れた。鋭い、鋭すぎるぞ。
「前まではもっと合コンだの寮祭だの、もっと女の子呼びやすいものを意識してたはずなのに、ここ最近はスポーツ大会、カレー会だろ? 今回のBBQはまあ女子も呼べるけど、執拗に肉推しなのが気になるしな」
「そ、そうですか? 僕は男女問わず……」
「ひょっとして趣味変わった? いや、俺は別にそういうのは気にしないけど……」
「へ? いやそうじゃなくてですね」
 かぶりを振った勢いで眼鏡が落ちる。先輩が拾い上げた瞬間、不審な顔をした。
「なんかこれおかしくない? お前が女の子に見えるんだけど」
「そういう仕様なんです……」
 バレてしまってはしょうがない。私は赤面しながら説明した。
「もう、目に入るのが一緒なら現実がどっちでも関係ないかなって……分かりますよね?」
「飢えすぎだろ……引くわ……」
 先輩は理解してくれなかった。

     

「ねえお母さん、卵ない?」
 息子が珍しく台所に顔を出したと思ったらこんなことを聞いてきた。
「卵? そりゃあるけど、何? 何かに使うの?」
「うん、殻がいるの」
 図工の授業で材料として使うらしい。イースターエッグで作るのかな。
「じゃあ冷蔵庫の中から必要なだけ選んでいっていいよ。中身は割ってこのボウルに入れておいてちょうだい」
「分かった」
 息子は真剣な顔をして卵を一つずつ手に取り悩んでいる。どれも大体一緒よ、と声を掛けたいのを我慢して、私は夕飯の準備に戻った。

 翌日。卵焼きを作ろうと卵を割った私はびっくり仰天した。中から出てきた卵は、白身が半透明に色付き、黄身が固まっていたからである。ペロ、と舐めるまでもない。見るからに温泉卵だった。
 慌てて冷蔵庫の中の他の卵を振ったり割ったりして確認してみるが、生卵のものは一つもない。まさか、間違えて買ってきたのか。いやいや、昨日使った分は普通に生卵だった。とすれば……。
「コラー! アンター! 起きなさい!」
 なにが卵の殻が必要だ。卵にイタズラしたかっただけじゃないか。しかも茹で卵にするんじゃなくて温泉卵にするなんて、なまじ手が込んでいる。許せない……。ところが現れた息子は困った顔をして言った。
「僕、そんなことしてないよ」
「あんた以外に誰がいるの! じゃあ何か、私がこの卵を全部温泉卵にした後記憶喪失にでもなったっていうの?」
「そ、そんなこと言ってないよ」
 怯える息子を前に私は深呼吸して怒りを鎮めた。反応からして息子は犯人ではない。では一体誰が? 消去法で言えば夫だが、流石にこんな幼稚な真似をするほど子供ではないと思う(思いたい)。ああ、ていうか弁当に入れる卵焼きどうしよう。温泉卵そのまま入れるんじゃ弁当箱の中でぐちゃぐちゃになってしまうし。それに卵の特売のある明後日までどうやって卵なしで繋ごう……。
 不意に手の平に熱い感触が来て私は跳び上がった。見れば、息子が心配そうな顔をして私の手を握り締めている。
「お母さん、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫だから、離して熱い熱い熱い」
「ホントに? ホントに大丈夫?」
「大丈夫大丈夫、今は大丈夫だけどそのまま握られていると大丈夫じゃなくなりそう……」
 ようやく手を離してくれた息子を見ながら、私は確信していた。原因はさっぱり分からないが、犯人はコイツで間違いない。

     

「ちょっとお母さん! パンに塗るものちゃんと用意しておいてって言ったよね!」
 娘が台所に怒鳴り込んできた。
「なんだい、朝から騷がしい。そこにマーガリン置いだだろう?」
「だからもうー、言ってなかったっけ? マーガリンは食べ物じゃないでしょ! ちゃんと食べられるものを用意してよって言ったじゃない!」
「マーガリンは食べ物でしょ、私は毎日食べてるし」
 娘は大げさに溜息をついた。
「またそんなこと言って……本当に毎日食べてるんだ。出てきた時からなんとなく予感はしてたけど」
「何が言いたいんだい」
「これ」
 娘はタブレットに一つのウェブページを示した。そこにはゴテゴテした文字で『マーガリンはプラスチックと同じ! 1gごとに寿命は1年縮む』というタイトルが踊っている。
「分かる? うちではいつもマーガリンじゃなくてバターを使ってるの。それは、マーガリンは健康に悪いけど、バターなら健康に悪くないから」
「そうは言うけど、バターは高いでしょう」
 母の言葉に娘のイライラ度合いが一段上がった。
「だからさ、別にバターを用意してくれとまでは言ってないって。食べ物を用意して欲しいって言ってるの、例えばジャムとかチョコレートペーストとかピーナッツバターとかあるでしょう? マーガリンじゃ困るのようちは」
 やれやれ、子供を産んでからというものいつもこうだ。孫と一緒に帰ってきてくれるのは嬉しいが、こう毎度毎度怒られては堪らない……母が内心嘆息していると、朝刊を取り込んできた父が食卓に姿を見せた。
「あら、おはようございます」
「ああ、おはよう。そのマーガリンなら安全だ、食ってもいいぞ」
 父が喧嘩に口を挟むなんて珍しい。びっくりした母が黙っていると、娘が聞いた。
「どういうこと、お父さん?」
「なに、毎日ちゃんと『ありがとう』って言ってあるからな」
「ありがとう?」
「水に『ありがとう』と声を掛け続けたら綺麗な結晶になるって話知ってるだろ? あれと同じ要領でな、毎日感謝の言葉を伝えとる。もう2週間ぐらいはやっとるはずだから、今頃はもうバターになっとるだろ」
「えーそうなんだ! 知らなかった、今度うちでもやってみようっと」
 先ほどとは打って変わった態度でパンにマーガリンを嬉々として塗る娘を見ながら母が聞いた。
「ちょっとお父さん、今の話本当なんですか?」
「なわけないだろ。マーガリンで騒ぐ奴にはあれぐらいの嘘が丁度いい」

     

 一杯飲んで口が滑らかになった先輩から飛び出したのは予想通りのカミングアウトだった。
「彼氏と別れたの……」
 しめしめ。僕はしのび笑いをした。事態は思い通りに進んだようだ。しかしここで気を緩めてはいけない。まだまだ善良な後輩を演じなくては。僕は真面目な顔を取り繕うと尋ねた。
「何かあったんですか? あんなに仲が良かったじゃないですか」
「……スパムがね……」
「スパム? 迷惑メールとかのスパムですか?」
「違うのよ。いや、そうなんだけど、違うのよ……」
 泣きじゃくる先輩をなだめながら聞いた別れ話の経緯を纏めるとこうだ。
 付き合ってから3年、同棲を始めて半年ほど。彼はロースクールで司法試験に向けて勉強中で、先輩はそれを支えるという生活を続けていたらしい。彼氏を勉強に専念させるために、先輩が生活費を『貸す』という形で援助していたのだそうだ。もちろん若手社員の給料から二人分の生活費を出すのは並大抵のことではない。そこで、『スパム』を使うことになったのだ。
 『スパム』というのは、時を同じくして先輩の家に送りつけられることになった大量の缶詰のことだ。差出人は不明で、手紙なども同封されず、ただ毎日もの凄い量の『スパム』が送りつけられる。先輩は警察に相談したが、『開封された形跡もないようだし、ありがたくいただいたらどうか』などとあしらわれたらしい。捨てるのも勿体ないし、食費も浮くし、ということでありがたく食べるようになったのだそうだ。
「それでね、ある日彼が、『もう飽きた』って……」
 連日連夜スパムを食わされるという状況に、どうやら彼氏がブチ切れて出ていってしまった、ということらしい。
「私だって好きで毎日スパムを煮たり焼いたりしてるわけじゃないし! 全部彼のためを思って……!」
「そうですか、辛かったんですね……」
 震える先輩の肩を抱きながら僕は優しく声をかけた。
「その調子じゃあ、スパム以外の缶詰は長らく食べていないんでしょう。どうですか、今日は僕の奢りってことで」
「そんな、後輩にたかるほど困ってないわ、私……」
「先輩は気にしないでください。僕が食べてもらいたいんです。聞いたことないですか? いなばのタイカレーって、すごく美味しいんですよ」
 僕は内心笑いをこらえ切れなかった。懐は大分痛んだが、毎日スパムばかり送りつけた甲斐があったというものだ。まだ見ぬ先輩の元カレに思いを馳せる。バカな奴だよ。

     

 給食の配膳の時にはたびたび戦争が発生するけど、いざ食べ始める時間になれば争いは止み、学校には平和が訪れる。俺の耳にも平和の象徴たる『お昼の放送』が聞こえてきた。
『全校の皆さん、こんにちは。お昼の放送の時間になりました。今日の献立は……』
 あどけない子供の声。何度も放送を経験しているのだろう、たどたどしさはないが、それでも素人臭さの塊に粉をまぶしたような声だ。暴力の象徴たる俺のいる壁一枚隔てた向こう側では、いつもと何ら代わり映えのしない日常が送られているのだ。それを思うと笑みが溢れそうになる。
 おっと、余計なことを考えている場合ではない。早く潜伏ポイントまで行かなくては。予定では10分後には標的が部屋に戻ることになっていた。それまでに部屋に潜伏し、着実に依頼を全う出来る態勢を用意しておかなければならない。俺は音を立てないように慎重に移動を再開した。
 それにしても、不思議なものだ。これまで様々な依頼をこなしてきたが、まさか学校に、しかも母校に潜入することになるとは思わなかった。外から見れば何の変哲もない一介の公立小学校の校長にどんな恨みがあるのやら。お蔭でこうして土地勘のある場所で仕事が出来るのだから文句はないが。
『続いてのコーナーは、今日のマジックです。今日はハンドパワーの……』
 俺は校長室へ侵入しようとする手を思わず手を止めた。マジック? マジックってあのトランプとか鳩とか出てくるアレか? あれを校内放送で中継するのか? どうやって? まさか俺の知らない十数年の間に、校内放送は映像付きになったのだろうか?
 俺がこうして校長室への未知を行く間にも放送は続いている。ゲストとして招かれた教頭先生がどうやら持ち芸のマジックを披露しているようだ。放送部員の驚きの声や歓声と共に新聞紙がバサッと広がる音や、トランプを切る音が聞こえてくる。もしこれが、いわゆる『普通の校内放送』で音声だけ放送されていたとしたら……ヤバい。給食中の教室に流れる音声だけのマジック。絵面がシュール過ぎる。正直見てみたい。
 落ち着け、今は極秘任務の最中だ。不用意に人前に姿を晒すような真似は……そう思っていても足が勝手にフラフラと教室の方へ向かってしまう。ちょっとだけ、ちょっと覗くだけだから。誰にともなくそう言い訳しながらそろりとドアに手をかけた瞬間、背後から大声が飛んできた。
「かかったぞ! 取り抑えろ!」

     

 当直は暇だ。デブリ衝突監視が重要とは言えども、ずっとコントロールパネルを眺めていれば飽きもする。
 だから、後ろから同僚がやってきたのにもすぐに気がついた。
「どうしたんだよ。寝れないのか?」
 軽い冗談のつもりだったが、同僚は図星であるかのように軽く身を震わせた。
「あ、ああ、ちょっとな」
「歯切れの悪い返事だな。なんかあったのか」
 返答はなかった。同僚はこちらを見ていない。
「あれ……」
 目線を追って窓の外を見る。外の宙間には、白い人影がこちらを見据えてゆらゆらと漂っていた。
「ゆ、幽霊……」
 静かな指令室に、同僚の声が谺した。

「どどどどうしよう、俺たちとり殺されちまうのかな……」
「落ち着け、幽霊なんているわけないだろ。ちょっと待て……」
 縋りつく同僚を払い退けて手元の端末で検索をかける。過去にあった軌道上事故をデータベースから検索し、軌道カタログの中から該当するデブリをリストアップ、それらと基地との位置関係を導出してプロットすれば……
「ビンゴ!」
 宙間地図には基地と同座標にあるデブリが存在していることを示していた。
「な、何が?」
 まだ恐怖が抜けきらない顔で同僚が尋ねる。俺は手元のロボットアームを操作しながら説明してやった。
「これは過去の事故で発生したデブリのカタログだ。宙間地図との照合によれば、そのうちおよそ1万個弱のデブリが今の基地周辺に散らばっているが……そのうち人型をしたデブリが一つだけ確認されている。そこへ来て昨日今日の幽霊騒動だ。つまり……」
 ロボットアームで外に漂っていた『幽霊』を機内に回収してやる。エアロックを開けると、そこには旧式の宇宙服が一着鎮座していた。顔部分を軽くこすると、中にミイラのような顔があるのが見えた。
「事故で亡くなった宇宙飛行士の遺骸だよ。これが基地の周りを漂ってたってわけだ」
「じゃ、じゃあやっぱり幽霊っていうのは正しかったってことか……」
「いや正しくはないだろ……。ま、当たらずとも遠からずってところかな?」
「いや当たってんだろ! 絶対その宇宙飛行士の霊が何かしてたに違いないぜ!」
「言われてみれば……」
 調べてみれば事故が起こったのは随分と前だ。それに船外活動をしていた人間が事故に巻き込まれるパターンは意外に少ない。そんな事故の遺骸が偶然にも都合よく人のいる宇宙基地まで漂ってくるものだろうか。
 ミイラの顔は笑っているように見えた。

     

「これで本当に上手く行くのかね?」
「ええ、今は現地は原始宗教の安息日だそうで、戦闘活動は行われていないそうです。最前線にさえ向かわなければ陛下が巻き込まれることはほぼないでしょう」
 地図を指差しながら側近が説明する。
「最前線というのは? ここか?」
「あっ、いけません陛下、勝手に操作しては」
『目標変更受諾。紛争地域の為、緊急着陸モードに移行します。緊急降下中……』
 注意された時にはもう遅い。地図機能付きコントロールパネルで着陸場所を指示された宇宙船は緊急着陸モードに移行し、一気に降下を始めていた。

「いてて……ここは?」
 土煙が晴れ、視界が開けると同時に、皇帝は状況を確認した。今自分がいる場所は、どうやら原住民たちの集団の丁度ど真ん中であるらしい。その周りを自軍兵士たちが取り囲み、武装した原住民たちと睨み合いになっていたようだ。もっとも墜落事故の衝撃の為か、両軍とも指揮系統が乱れて戦闘どころではなくなっているが。
 やれやれ困ったことになった。ここからどうやって無傷で切り抜けようか。そう皇帝が思案していると、間近にいた原住民の一人が口を開いた。
「カミ……」
「あ?」
 皇帝は困惑した。しかしその言葉を皮切りに、原住民たちは突然に武器を投げ出すと騷ぎ出した。
「カミ=サマ……」
「カミ=サマ!」
「カミサマ!!」
 中には腹這いになって手を擦り合わせたり額を地面に摺り付けたりする者もいる。騷ぎの中心となった皇帝はしばらくあっけに取られて黙っていたが、気を取り直すと側近に話しかけた。
「……これはどういうことかね?」
「ハ、ハッ、彼の者たちは、陛下を『カミ』……彼の者たちの言葉で彼らよりも上位の存在を意味する概念として認識し、崇敬の念を抱いているものと推察されます」
「カミ……」
「ハッ、彼の者たちによれば『カミ』は『ヒト』……この世界における一般的な知的生命体では成しえぬような奇跡を起こすと伝えられているそうです」
「奇跡? この者たちは能力的には我々と何ら変哲もないのだろう? 何故私をそのような存在だと認識しているのかね」
「さあ……我々にもさっぱり……」
 原住民たちは皆地面に身体を投げ出して神妙な口調で何かを呟き続けている。つい先日まで鬼神の如き勢いで弓矢と竹槍を持って立ち向かってきたと聞き及んでいた彼らとはまるで別人だ。その理由を理解出来ない侵略者たちはただただ困惑するしかなかった。

       

表紙

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Neetsha