Neetel Inside ニートノベル
表紙

日替わり小説
4/7〜4/13

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「デブリが現在も活性化状態にあり、爆発によって世界ごと消し飛ぶ可能性が懸念されていることは知っているな?」
 上司の声に、僕は頷いた。
「そこでだ、君に戦闘機であのデブリを曳航し、ワームホール内の閉鎖空間へと投棄してもらいたい」
「デブリを投棄って簡単に言いますけど、それ僕も閉鎖空間へ一旦侵入することになりますよね?」
「そういうことになるな」
「閉鎖空間に侵入したショックでデブリが爆発したらどうすんですか」
「何も絶対死ぬわけじゃない。まあ可能性はなくはないが、誤差の範囲内だ」
 適当なことを言って誤魔化そうしているが、顔には『危険な業務』と書いてある。正直な人だ。きっと上から厳命されたのだろう。僕は言った。
「分かりましたよ。誰かがやらないといけないんでしょう。他にやり手がないならしょうがない」
「すまない。恩に着る」
「やめてくださいよ、そんな心にもないこと言うの。ていうか、『グスコーブドリの伝記』って知ってます?」
 僕はせめてもの皮肉を込めて言った。グスコーブドリは我が身を犠牲にして、火山の噴火で冷害を防いだ英雄だ。
「グスコーブドリは自ら志願したんですけど、彼の上司である博士はギリギリまで引き止めたんですよね」
 上司からの答えはなかった。

 システムオールグリーン。油圧も温度も正常。
 後ろにワイヤーで曳いたデブリを見る。物理的なショックを与えたら爆発すると聞いているが、さっき上司がワイヤーを取りつけたときはなんともなかった。
 このままデブリを上から落として僕だけ閉鎖空間に逃げ込んだらどうだろう。世界は(上司は)僕に死ねと言っているわけだが、僕の胸前三寸で死ぬのは僕じゃなくて世界になるのだ。お前らは僕に生かされているのだ。そうやってマウンティングすることで気分がちょっとマシになった。
「じゃあ、行きますか」
 独り言を呟いて、上空に空いたワームホールに機首を向ける。エンジンが心地良い音を立てて加速した次の瞬間。

 軽い爆発音が響いて、突然機体が軽くなった。想定以上のスピードでワームホールへ突っ込む。暴発か? 振り向いた僕の目に、千切れたワイヤーがはためいているのが見えた。その下、真っ逆さまに落下しているデブリも。
「ちゃんと部下を庇ってやったぜ? いい上司だったろ?」
 ワームホールに吸い込まれていく機体の中で、上司の声が幻聴で聞こえた。
 馬鹿野郎。帰る場所がなかったら結局死ぬだろ。

     

 その日も帰りの電車は酷い混み方をしていた。俺の目の前には男女のカップルが立っている。満員電車だってのに、仲睦まじく二人でスマホを覗いている。あーもうリア充め爆発しろ。仕事の鬱憤をぶつける勢いで目の前のカップルを睨みつける。
 突然、ドア横に立っていた男が爆発した。続いて女が。声を上げる暇さえなかった。ぴちょんと髪から雫が滴り落ちてきた。下を見れば、俺の全身は赤い液体に染まり、白とピンクの破片を吹きつけられたようになっている。
 『阿鼻叫喚』という言葉が似合う電車の中で、俺は、このスーツはもう着れないな、と考えていた。

 あのあと何度か動物の番で実験を重ね、俺は、あの爆発が自分の『カップルを爆発させる能力』によるものだと結論した。
 そもそも最初の時、『爆発しろ』と思ってから実際に爆発するまでのタイミングが良すぎた。どうやら意志によらず、感情的に『爆発』を望むと爆発してしまうらしい。当面はカップルに合わないようにするしかなさそうだ。
 インターホンが鳴った。昔からの顔馴染み二人組だ。不味いなと俺は思った。周りには隠しているようだが、俺の見る限り二人はカップルだ。今会うのは危険過ぎる。適当に追い返そう。

「なんで来るんだよ」
「なんでとはご挨拶ね! 折角彼女が来てあげたのに」
「頼んだ覚えはない」
「まあまあ怒るなよ。リョータ、邪魔して悪いな」
 仲の良さを見せつけてくる。クソ、死にたいのかよ。嫉妬が抑えきれなくなってきた。俺は無言で二人を睨む。
「ねえちょっと、早く開けてよ。彼女を他の男のそばで放っておくつもり?」
 仲の良いカップル。もう限界だ。俺の意志を超えて感情が厳命する。すまん二人とも、爆発しろ……え?
「なんつった?」
「だから早く開けてって……」
「その後。お前が、俺の彼女?」
「ちょっと、なにそれ! 私がこないだの飲み会の帰りに告白したの本当に忘れちゃったわけ?」
「だから言ったろ? リョータあの時めっちゃ酔ってたって……」
 どういうことだ? エーコが俺の彼女? じゃあこいつらはカップルでもなんでもなくて……むしろカップルなのは……。
 身体が中から膨張を始めたのを感じた。なるほど、そうか。

 俺とエーコは、カップルだったのか。

「いやー、心配してついてきたけど、相変わらずの痴話喧嘩っぷりだな! リア充爆発しろ!」
 楽しそうなケンゴの声が、霞みゆく意識の中に響き、俺は爆発した。

     

 ジェット機とセスナ、ジープを乗り継いで15時間、アマゾンの奥地へ辿りついた。もうすぐ位置マーカーが示す地点につく。その方向に目をこらして探すが、それらしい影は見えない。……いや待て、あれはなんだ? ジャングルの森林の上に、空気が渦を巻いて一塊になっている。透明な空気の塊が鳥の形に光を歪めて存在している。首を曲げた形はあたかも猛禽類を思わせた。
 我々が空気の塊を監視していると、向こうから紙飛行機の一群が飛んできた。地元のレースだ。紙飛行機群が森の上にさしかかると、空気の塊が突如躍動した。凄い勢いで紙飛行機を襲い、片端から飲み込んでいる。紙飛行機は逃げるので精一杯。どうみても今回の失踪事件の原因だった。

 過去のレース鳩と比べて、レース紙飛行機は個人の魔術スキルによって帰巣能力が大きく左右されるため、失踪することが多いと思われやすい。しかし実際には、猛禽類などの天敵がいない紙飛行機は途中で消える可能性が低い。ましてレースに出るような人の魔術スキルが低いなどということはあり得ないから、生存率はレース鳩よりも遥かに高いと言える。だからこそ、紙飛行機レースが鳩レースに取って変わったとも言える。
 紙飛行機が失踪する原因として最もあり得るのは雨や雪、強風などの天候要因によって紙飛行機が物理的に壊れるケースである。こうした天候による失踪は突発的に発生するものだが、天気予報によってある程度予測はつけられるし、同じレースに出翔していた紙飛行機は基本的に全滅するのである意味平等だし分かりやすい。
 しかし今回のケースはそれとは異なる。レースはもちろん事前調整の時は天気の良い日を選んでいたし、同じ日に飛んだ機体でも帰ってきているものもあるのだ。かと言って特定のチームが狙い打ちされているわけでもない。更に不思議なことに、失踪した全ての飛行機は同じ場所に集まっていることが発覚したのだ。そこで我々が合同で調査チームを組んで、こうしてアマゾンまで来るにいたったのだ。

「何なんだあれは……魔法?」
「いや、あんな大掛かりな魔法を使える人はそうそう……それに無差別に紙飛行機を襲う理由がない」
 我々が見えない敵の存在を議論していると、例の空気が首をもたげ、凄まじい音を発した。鳴き声と言うべきだったかもしれない。
 それは、クルックー、とも、ポッポー、ともつかぬ間抜けな音であった。

     

 葉も実も落として寒々とした桜並木の下を歩きながら、直近の模試の結果ーー縦に並ぶEの列を思い出す。
「気にすることはない。俺がついてるからね」
 そう先生は言ってくれたけれど、もう12月だ。先生はもちろん、私だって出来ることはそんなに多くない。むしろ志望校の変更を言い出してくれなかった先生を不誠実だとすら感じた。母も同じことを思ったようで、志望校を変えた方がいいと言った。
「構わないわよ。塾の先生なんて塾の実績のことしか考えてないのよ。あんたのことはあんたが一番分かってるし、あんたが駄目だって思ったんなら志望校変えるのだってあんたの自由よ」
 しかし結局第一志望の大学に出すことにした私は、この2ヶ月を地獄のような気分で過ごしてきた。カバンから手鏡を取り出して確認すると、げっそりこけた顔、くっきり出たクマ、まるで幽霊だ。夜道に遭遇したら逃げるだろう。
 そこまでしても、頭の中にちらつくのはE判定、合格率20%以下……。
「誰か、私の代わりに受けてくれたらいいのに」
 そういう非現実的な妄想が口をつく。最近お気に入りなのか、精神が痛むとすぐに替え玉の妄想を始めてしまう。例えばそう、塾の先生。彼が私をけしかけたのだから、彼にはこの受験の責任を取る義務があるはずだ。身体の大きさ? 性別? そんなの気合いで乗り越えろ、何か方法はあるはずだ、例えばそう……。

 気付くと私は会場の正門前で棒立ちしていた。まさか? 空に目をやると日は西に傾き始めている。スマホのデジタル時計を見ると、試験時間はとっくのとうに過ぎていた。妄想に浸る悪癖はあったが、まさかこんなところで最悪の形で出現することになるとは……。
 とにかく報告して、善後策を話し合わなければ。母は仕事で留守だったので塾に連絡すると、先生が出た。
「先生、やってしまいました……ごめんなさい。どうしましょう」
「うん、上手くいったね。良かった良かった」
「は? いやだから私、すっぽかしちゃって……」
「だから大丈夫。僕が責任を持ってやっておいたからね」
 全く話が噛み合わない。先生、とうとうおかしくなってしまったのだろうか? 頭の中が疑問符でいっぱいになる私の耳に、先生の朗らかな声が飛び込んできた。
「今日、意識が途中でなくなってただろ? 僕が幽体離脱から憑依して、代わりに受験してたんだよ。やっぱ責任は取らないといけないからね。ほぼ全完しておいたから」

     

 終電を越えて最寄り駅に降り立つと、出口にはいつもの明かりが鎮座していた。暖簾をくぐって軽く挨拶。
「いよっ、おやっさん、繁盛してる?」
「ハン、なわけねえだろ。見ての通りだよ」
 いつものやり取りを交わしながら席につく。終電なので駅の利用者は俺以外にもいるのだが、この屋台に入ってくる人は俺以外にはいない。
「ほい、醤油一丁」
 首を回してネクタイを緩めているとおやっさんがどんぶりを俺の前のカウンターに置いた。
「まだ頼んでないよ」
「いつもこれだろ。電車が着く時間に合わせて出来上がるように仕込んでたんだ」
「なんだそりゃ。俺が終電帰りじゃなかったらどうするつもりだったんだ」
「無駄口ばっか叩いてると冷めるぞ」
 言われて割り箸に手を伸ばす。澄んだ琥珀色のスープの上に透明な油とピンク色の薄い肉、黄色いちぢれ麺が浮かんでいる。大多数が聞いて思い浮かべるだろう典型的な醤油ラーメンだが、チャーシューではなくハムが浮かんでいるのがおやっさん流だ。一口すすると濃い醤油に隠れたカルキ臭、少し水を吸ってふやけた麺がえも言われぬ味を醸し出す。
「相変わらずクソまずいなぁ」
 断っておくが非難や罵倒ではなく褒め言葉だ。
「そうか。まだまだか」
 黄色い歯を見せて笑うおやっさんは、とても飲食店を営む人には見えない。いや、実際おやっさんは、正式にはラーメン屋ではないのかもしれないが。
 大体普通のラーメン屋なら、閑古鳥にも関わらずこんな辺鄙なところでこんな時間に屋台を引いて現れたりしないし、クソまずいラーメンを客に振る舞ったりなんぞしないだろう。
「前も言ったけど、母さんはメンマじゃなくてチンゲン菜を入れてたよ。多分醤油ラーメンと担々麺の区別ついてなかったから」
「屋台で青菜はリスク高いんだよ。しかし担々麺か……挽肉でダシを取ってみるかな」
「あー、そういえば入ってたかも。あと今思い出したけど、油が少し赤かったかもしれない」
 俺の曖昧な感想を聞きながら、おやっさんは真剣にメモを取っている。もっと具体的に思い出せればいいんだが、なにせ遥か昔のことなので細かいところまで覚えていない。
 とはいえ最近のおやっさんの腕の上がり方は凄まじい。明日はよりクオリティの高い激マズラーメンが食えそうだ。
「任せろ。思い出のラーメン屋の誇りにかけて、思い出の妻の味を再現してやるからな」
 俺の期待を察してか、おやっさんは黄色い歯を見せて笑った。

     

 息子の春休みの課題の読書感想文。提出前に添削してくれと言われ、原稿用紙を広げた私は気を失いかけた。
 『「オーディンの杖と9の魔王」を読んで』……ちなみに『オーディンの杖と9の魔王』とは、私が中学校の時に書いた剣と魔法の無敵主人公による冒険活劇小説……一言で言えば厨二病黒歴史のことである。
「たかし、これ、どこで読んだの?」
 震える声で問い正すと、息子はあっけらかんとして答えた。
「お母さんに『何読んで書けばいいか分かんない』って言ったら渡されたよ」
 なんてことだ。あいつ、こんなメガトン級の巨大爆弾を所持していたのか。過去の歴史への不干渉を定めた黒歴史不拡散条約に違反しているではないか。私は早急に強制査察を行うことを決めた。
「たかし、父さんはこれから母さんの部屋で少し探し物をする。内緒の探し物だ。決して誰にも言ってはいけないよ」
「うん。分かった。お母さんにも内緒だね」
「それから、この感想文は全然ダメダメだから、違う本で書き直しなさい」
「ええ〜めんどくさい……このままじゃダメなの?」
「ダメダメ、絶対にダメ」
 可哀想だが、ここはきっぱり言っておかないと大変なことになってしまうからな。

 復讐、もとい、査察のため妻の部屋を家捜ししていた私は、ドギツい原色の装丁のコピー本を見つけてまたしても気を失いかけた。『オーディンの杖と9の魔王』と題されたそれは、どう見ても私の黒歴史そのものであったからだ。
「たかし、感想文に使った本って、母さんの部屋に戻した?」
「ううん、まだ僕の部屋」
 はて。私は首を捻った。目の前にあるのはどう考えても私の黒歴史そのものである。中身もパラパラと確認したが、当時の恥ずかしい記憶そのままだ。では息子は何を読んで感想文を書いたのか。答えは息子の持ってきた本を見て氷解した。似たようなドギツい原色の装丁のコピー本の奥付には、一人暮らしを始めた上の息子の名前が書かれていたからだ。
 そもそも北欧神話の簡易版を上の息子に布教したのは私だった。モチーフが一緒ならストーリィが被るのは当たり前だ。血は争えなかったということか。にしてもタイトルまで被るか普通。

 私が妻への復讐、もとい、制裁措置を検討していると、下の息子が聞いてきた。
「ねえ、結局感想文どうすればいいの?」
 私は短慮ののち、北欧神話の簡易版を取り出した。
「これがいい。最初に読んだ奴のシリーズだからすぐ読めるはずだ」

     

 自転車で坂を登り切ると、急に視界が開けた。なだらかな道を下った先には、ゴツゴツした岩に囲まれて小さな浜辺が広がっていた。右手の方に岩がせり出して桟橋のようになっていて、その根本にはコンクリートで整備された小さなプールがあった。
 五島が坂を降りていくと、プール脇のパラソルの下で寝そべっていた人影がもぞりと起き上がった。
「いらっしゃーい」
 けだるげに五島に向かって声をかける。地元の女子高生のバイトらしい。遠目に男と勘違いしたほどのショートヘアは色が抜けて茶色に輝いている。ノースリープの上からは日焼けで真っ黒になった首筋と二の腕が伸び、その下からはやはり白く脱色したデニム地のショートパンツが風に煽られてちらりと覗いた。やはり日に焼けた顔にはそばかすが浮かび、その目を右手でゴシゴシとこすっている。どうやら寝ていたようだ。
「一人? 旅行?」
 自転車を引いて近付いていくと、少女はじろじろと五島を眺めて言った。旅行客に対する態度ではない。
「いや、引っ越しで、近所に……」
 五島がそう言うと、少女は突然大きな声を上げた。
「なーんやご近所さんか。応対して損したわ。寝よ」
 そう言いながらくるりと背を向けると、パラソルに向かって歩き出す。
「え、あの、ちょっと……」
 五島は焦った。久しぶりに見た島民だ。せめてこの浜だけでも案内してもらいたい。すがるように追いかけようとすると、少女がまたこちらを振り返った。
「なん? 泳ぎたい?」
「え、いや、というか……」
「うち、プール番のバイト中で忙しいの。見て分かるやろ? プール以外の用事やったら後にして」
 どう見ても忙しいようには見えない。そもそもプールには人っ子一人いないし、プール番など不要に思える。しかし、そう言う勇気は出ずに、五島は恐る恐る言った。
「あ、えと、泳ぎます」
「あっそ。じゃあそこのカンカンに200円」
 少女はそう言い残して歩いていく。五島は慌てて後を追った。
 プールに近付くと、海独特の磯の香りがした。指をつけて舐めてみると塩辛い。
「このプールには塩水が入れてあるんだよ」
 少女の声に振り返ると、もうパラソルの下で寝る準備万端だ。
「あの、どうしてわざわざ塩を?」
 五島の問いに、少女は不思議そうに首をかしげて答えた。
「なぜって、折角の海辺なんだから、気分だけでも味わいたいじゃん。本物はなくなっちゃったし」
 浜の方から、渇いた風が吹きつけてきた。

       

表紙

天馬博士 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha