Neetel Inside 文芸新都
表紙

走暗虫
僕について・彼女について

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 残念ながら、レイプを目撃してから一週間が経っても、事件にも僕の生活にも進歩はなく。その日の朝も、ただの惰性になった動きでテーブルについてチャンネルを握り、半開きの眼でニュースを眺めていた。すると、僕は以前までこういうお堅い番組を見ていなかったものだから、母さんはやたら感心して「あなたもそんな年頃になったのね」なんて言っている。
 ニュースはいつの間にか移り変わり、東京で起こった企業の不正から、埼玉で行われている田んぼアートに話題を転じた。記者の言葉によると、ついこの間、すべての稲刈りを終えたらしい。
 田んぼアートとは、色のついた作物を計画的に植えて、収穫の季節に遥か上空から見下ろす、と、巨大なイラストになっているものだと説明している。それまでの真面目くさったニュースから、いきなり平和な光景を見せられたものだから、落差がおもしろくて笑ってしまった。けれど、大胆に描かれた七福神の迫力はなかなかのもので、なるほど、農業が世間から注目を集めるにはよい手段なのかもしれないと思った。
 流れ作業のように処理されていくニュースの中で、それだけが印象に残っていた。


****


 朝のホームルームの時間。文化祭について、そろそろ企画くらいは決めようと藤崎さんが立ち上がった。今日はやめておこうよと止める僕を、彼女は引っ張って教卓に立ち、クラスで行う出し物を募る。
 しかし教室の空気は淀んで、発言しようとする者はいない。もとからイベントに特別熱心な気風を持つクラスではなかったし、今日の校長先生の話はいつにもまして長くて、皆疲れ切ってしまっていた。教室のあちこちには、机に伏して眠っている生徒も見受けられる。だからよしておけと言ったのに。
「あのー、隣の人とかと話し合ってもいいので、意見を考えてくださーい」
 藤崎さんが言って、教室に湧いてくるのはどれも、文化祭とは関係のない気怠い話し声ばかりだ。彼女は困ったように苦笑する。
「なー、文化祭ってかなり先だろ? まだいいんじゃね」
 やがて覇気のない男子から批判が挙がる。
「早く決めておいた方がいい企画になるよ」
 藤崎さんが反駁しても、男子は「うーん」と唸るばかりで気乗りはしないようだ。しびれを切らした彼女は、教卓から身を乗り出す。
「それじゃあ私から意見いい? 喫茶店!」
「ベタじゃね」
 今度は別のところから。
「もー、なら成田くんも意見出してよ」
 声の主と知り合いらしい藤崎さんはぷりぷりと怒っている。
 こういう会議は、駄目な日はとことん駄目なものだから、僕はいつお開きにしようかとタイミングを図っていた。けれど、そのとき頭にふと浮かんだことがあって、吟味する前に口からこぼしてしまった。
「旧校舎の方の校庭も使えるみたいなんだ」
 壇上で起こった聞きなれない音に、皆がこちらを見る。一斉に注目されて萎縮した僕の声は少し震えている。
「校庭にさ、絵を描いたらどうかな」
 僕は今朝のニュースを思い出しながら続けた。
「体育で使う色の着いた粉とかで。机や椅子を使って立体的にしてもいいし、巨大なアート作品みたいな。どうだろう、インパクトがあると思うんだけど」
 この意見には他の目論みもあって、文化祭前日までに作品を完成させてしまえば、当日はクラスの全員が、他クラスの出し物を見て回れる。若々しい情熱が足りていない僕らにはピッタリのやり方だろう。
 僕が言いきると、しばしの無音が迎える。そしてどこからか「あー……」と曖昧な呟きだけが聞こえて、それきり誰も話さない。藤崎さんはびっくりした顔で僕を見て、固まっている。誰も口には出さないけれど、静寂は拒絶の意思を雄弁に語っていた。
 僕は、自分にしては珍しく良い提案をしたとうぬぼれていたから、むっとしてしまう。さらに提案を重ねようと口を開きかけたところで、
「まあ、喫茶店でいいじゃね」
 と、誰かがつまらなそうに言った。そちらを見やると、椅子の真横に大きく脚を投げ出した男子が、机に肘をついて座っている。大村くんだ。
「ベタだけど、そこはメニューとかで工夫すればいいだろ」
 大村くんはわずかに赤みがかった髪を弄んで、長身の体を窮屈そうに身じろぎする。彼が意見すると、まるで何かが許されたみたいに、教室の空気が弛緩した。
「それもそうだな」「また別の日に話し合うのも面倒だし」「いいんじゃない」
 もう、話し合いの大勢は収束に向かっている。
「綾子ちゃんもそれがいいんでしょ?」
 教卓に近い席の女の子が言う。同意を求められた藤崎さんは僕をちらりと横目に見ると、
「う、うん」
 きまりが悪そうに答えた。
 僕は自分の意見を宙ぶらりんのままにされてしまって、口をつぐむ。そんな様子を大村くんは一重の鋭い目で一瞥して、ふいとそっぽを向いた。


「ごめんね近藤くん、あいつ無神経で」
 ホームルームの後、藤崎さんが大村くんのことで謝ってくる。
「気にしてないよ」
 僕は答えた。
 大村くんと藤崎さんは小学校以前からの幼馴染だと、伝え聞いたことがある。藤崎さんは、危ういところのある大村くんを気にかけているようで、彼について話しているのをたまに耳にする。品行方正な彼女が乱暴に口にする『あいつ』という響きには、ただの友人という以上の親しみが感じ取れる。
 突然、それは心のどこからやってきたのか、彼女をからかってやろうという意地悪な気持ちが芽生えた。
「藤崎さんて大村くんと仲がいいよね」
「へ、そうかな。親が知り合いだからかな」
「付き合ってるの?」
 問うと、藤崎さんは顔を赤く染めた。
「ええ~、ないよ、ないない」
 両手をブンブンと振って否定する。打てば響くとはこういうことだろうか。期待通りの反応を返す彼女を見て、僕はさらに調子に乗る。
「大村くんの方はまんざらでもなさそうだけどなあ。彼、藤崎さんには特別に優しいじゃない」
「ないない、ないって絶対っ」
 先ほどよりも大げさに後ずさりまでして、一生懸命に否定する。それで加虐心を十分に満足させた僕は、彼女に背を向けて歩きだす。別れ際、捨て台詞を残しておいた。
「次に大村くんと話すときは、僕みたいな根暗にも優しくするよう言っておいてよ」
「あはは、わかった、言っとく」
 彼女は他愛のない冗談として捉えたようだった。


「喫茶店?」
 昼休み、三石くんに文化祭の話を振ると、とぼけた返事が返ってきた。
「へぇ、ベタだなあ」
 まるで他人事みたいにのたまう。
「話聞いてなかったの?」
「寝てたよ」
 僕がついさっきまで、社会的な敗北を噛みしめていたというのに暢気なものだ。恨みがましく睨まれているのに気付くと、彼は得心がいったように僕を指さした。
「誰の提案だ?」
「藤崎さん……」僕は口ごもる。「……と大村くん」
「ふはは」
 三石くんはおかしそうに吹き出した。
「そりゃあ、岬としてはおもしろくないわけだ」
 汚点を見透かされた僕は、意地になって反論しなくてはならない。
「そんなことないよ。どうしてさ」
「どうしてってなあ……だって大村には上履きの借りがあるじゃないか、お前」
 僕は溝に捨てられて、泥まみれになった中学時代の上履きを思い出す。不快な記憶だ。
「容赦なく人の傷口をえぐるなあ」
 僕の不愉快など気に介さず、三石くんはけらけらと声を上げる。
「今思うとあれもベタだったよなあ。俺が大村を止めてなければきっと、机に花瓶とか置かれてたぞ」
 さも、お目にかかれなくて残念だという声色。
「やられた本人としては笑い話じゃないんだけどね……それと、君がいじめから僕を助け出したなんて、恩着せがましいことは言わないでよ。僕は頼んでもいないんだから」
「わかってるさ、大村たちを止めたのは俺が勝手にやったことだ。正義感に突き動かされたわけでもないしな」
 中学の頃、僕はいじめられていた。といっても、殴るとか蹴るとかの暴力があったわけではなく、お金をとられたわけでもないけれど。僕を軽く扱ってもいいという雰囲気が学年全体にあって、きまぐれに無視をされたり、たまに私物を隠されたり、その程度だ。そんなとき、大村くんを含む男子に直談判をしていじめをやめさせたのが、三石くんだった。
 はじめ、彼はそのことは言わずに僕に近づいてきて、自然と友達になっていた。あとから人づてに三石くんのやったことを聞いて、本人に問い詰めたら、「言うのを忘れていた。最初からバラしておけば恩を売れたのに」と笑った。彼は本当に忘れていただけみたいで、僕は彼のそういう、率直で嘘のないところに好感を持った。もう少し遠慮をしてほしいと思うこともあるけれど。
「単に運が悪かったんだよ、岬はさ」
 三石くんは急に落ち着いたトーンになる。
「中学でのいじめなんてどこにでもあることだし、もう昔のことだ。大村たちを許してやれなんて言わないけど、いつまでも引きずってたっていいことないぜ?」
「だから気にしてないって言ってるのに」
 僕は口をとがらせる。
「そうだったな。悪かった」
 三石くんはちょっと黙ってから、声を明るくした。
「そういえば、考えてくれたか例の件」
「例の件?」
「K大のサークルの件だよ、前に言ったろ」
「またその話? この前断ったじゃない」
「そこをなんとかさ。たぶん岬が考えているような面倒くさい活動じゃないよ」
 ぐいぐい押してくる。こうなった彼はちょっとやそっとじゃ退かないだろう。うっとうしい。
「うーん、そういわれてもね。そもそも、何をするサークルなの?」
 質問すると、僕が興味を持って食いついたと見たようで、ニヤリと笑う。失敗したなと思った。
「散歩」
「は?」
 あまりに短い回答に、僕は面食らった。
「散歩するサークルだよ。予定の空いてるメンバーを集めて街に繰り出したり、あとは自然公園とか、夏は海にも行くんだ」
「それってただの友達グループじゃないの」
 疑問を呈する。生憎、友達グループには詳しくないけれど。
「散歩サークルって言っても千差万別さ。ガチなところは、翌日脚がパンパンになるまで歩いたりもするらしいぞ」
「ガチな散歩サークルって……」
 なんだかチグハグな響きだ。
「って言っても、うちのサークルは岬の言う通り、ただの友達グループみたいなもんだけどな。非公認だし」
「公認、非公認なんてのがあるんだ」
「ああそうさ、非公認のところは大体――」
「待った」
 三石くんが得意げな顔で説明に入る前に、僕はストップをかけた。
 流されてはいけない。そもそも僕はサークルに入るつもりなんてこれっぽちもないのだから。だったら、喋らせるだけ無駄ってものだろう。
「もう結構だよ。どうせ僕みたいなのが入ったってうまくいかないよ」
「俺が紹介するんだから悪いようにはされないさ。もしつまらなかったらすぐに抜けても構わないから」
 彼は放言し、ここが最後の機会とばかりに、追い打ちをかける。
「学校の人間関係は居心地が悪いんだろう? だったらいい機会じゃないか」
 再び痛いところを突かれて、僕は逃げ口上を持ち出すことにする。
「……もう少し考えさせてよ」
 煮え切らない返事に彼はしかし、満足そうに頷いた。
「ああ、時間をかけて悩んだらいいさ」
 そこで予鈴が鳴って、三石くんは自分の席に帰っていった。

     

 夕方、母さんに頼まれた買い物への道すがら、僕はゆっくりとした歩調で町並みを歩く。買い出しを頼まれたのはオムライスの材料にする鶏卵で、つまるところ今日の夕飯なのだが、食事の時間までは余裕がある。多少散策していっても構わないだろう。
 一応、ポケットに手を突っ込んで、中の銭を確認しておく。母さんには卵の特売を別の日だと言っておいたから、多めに持たされている。余った分はくすねてしまおう、と心に決めた。
 顔を上げると、歩道の隅に立つ木の梢は、いくぶん葉を失っている。もうじき、色味のある秋の深まりは終わりを告げて、命のない季節が取って代わるだろう。
 この辺りは滅多に雪が降らない。だから白銀の絨毯なんて目にすることは叶わず、冬はただ寒いだけ。そもそも、道路の脇にあるこんな申し訳程度の草木で、四季を味わえというほうが無理がある。大して有益な建物なんか造っていないくせに、地面をコンクリートで塗り固めることだけには、心血を注いでいるらしい。僕は、自分が風情を解さない因を地域開発になすりつけてすっきりすると、はた、今日の三石くんとのやり取りを思い返した。
 考えておくと言ったものの、僕の心には、彼の勧めたサークルに入ろうという気持ちはほとんどなかった。ただあの場を乗り切るために、一時しのぎの返事をしておいただけだ。しかし――学校の人間関係は居心地が悪いんだろう?――彼の得意な顔が思い出され、僕はその言葉を反芻する。本当にそうだろうか。確かに中学でいじめを経験してからというもの、クラスメイトに対する劣等感だとか、窮屈な感じだとかが(もっとも、それはいじめ以前にも存在したかもしれないけれど)あるのは否定できない。でも、だからといって学校を抜け出して、他に知り合いをつくったら何かが変わるのだろうか。人に好かれない原因はもっぱら僕の方にあって、どこに行っても同じことの繰り返しなのではないかという、確信にも似た予感が僕にはある。だとしたら、もう二度とあんなことは経験したくない。楽しいものじゃないのだ、正直。
 考え事をしながらあてどもなく歩いていると、いつの間にか普段の通学路に入っていた。道順なんてまるで意識していなかったのに自然と学校へ向かうなんて、僕もすっかり訓練されている。
 遠目に見ると存在感のある白い校舎を、小高い丘の頂に眺めて、その麓、僕の正面にあたるT字路の真ん中に、二つの人影を見つける。遠くにあるそれに目を凝らしてみると、果たして、人影は藤崎さんと大村くんだった。藤崎さんが何やら明るく話しかけて、大村くんは言葉少なに、けれど穏やかな顔をして応えている。反射的に、僕は睦まじい二人に理不尽な憤りを覚え、それとほとんど同時にわき起った自己嫌悪に押されて、道を引き返す。
 しかし、
「あ、近藤くーん」
 呼びかける藤崎さんの声で、僕の逃避は阻まれた。彼女は大村くんに手を振って別れると、こちらに駆け寄ってくる。
「よかったの? 彼」
 僕が訊ねると、一瞬なんのことか図りかねたようだが、すぐに彼女は気付いて、
「うん、もうこっから家は別方向だから」
 にっこりと笑ってこちらに近づく。
 彼女はまだ制服を着ていて、スポーツバッグを肩に下げている。部活で学校に残っていたんだろう。
「近藤くんはなんでこんな時間に? 家の用事?」
「そんなところ」
「へぇ……そっか」
 僕が歩を進めると、小さな歩幅で横について来る。
 それきり両者とも静かになって、そわそわとし始めた藤崎さんから会話を切り出した。
「メール、アドレス交換したんだからしてくれてもよかったのに」
「特に用事もなかったから。それに、連絡しなかったのはお互い様でしょ」
「ごめん、そうだよね」
 こちらとしては咎める気もなかったのだが、彼女は力なく萎れてしまう。
 この間から、どうも彼女とは距離感が上手くいかない。それどころか、どういう関係を目指しているのか、目標を探す糸口すら失くしてしまったような。どうせしばらくは委員で顔を合わせるのだから、本当は嫌々にでも取り繕うべきなのだろう。頬をひきつらせながら荷物を背負い直す、彼女のいじましい姿を見て、僕は話題を放り込んだ。
「そういえばさ、銀行とか商店街がある通りから、二本東にいったとこあるじゃない」
「……ああ、アパートが並んでるところ?」
「そうそう。あのあたりって治安悪いの?」
「えっ、どうだろ。そうでもないと思うけど、どうして?」
「それは――」
 僕は、最近自身が体験した唯一の関心事を話そうとして、固まった。レイプの現場に居合わせたなんて、女の子にする話ではないだろう。しかし口火を切った以上、会話を取り下げるわけにもいかない。
「実はこの間、その辺りで子どもがカツアゲされてるのを見たんだ」
「えっ、本当?」彼女は驚いて、「それで、近藤くんはどうしたの?」
 質問してくる。適当に手を加えた話だったけれど、思わぬ反応が返ってきた。
「どうしたって……」
 その場を立ち去る以外に取り得る行動があるだろうか。
 いや、頭では分かっている。例えばその場で不良たちに立ち向かって子どもを助けだすとか、警察に電話して事を収めるとか、いくつかの選択肢があるのだろう。けれどそんなもの、僕にとっては絵空事だ。できるのは、自分の器量を超えることには目を背けて、知らないふりをすることだけだ。しかし、目の前の彼女が期待しているのは、まさに先の選択なのだろう。
 自分の姿をまっすぐに映す大きな瞳にたじろぐ。そして怯えた僕は、嘘の言葉を口にした。
「僕は不良をやっつけるなんてできないから、その、不良たちがどこかに行ってしまった後、子どもにお金をあげたよ、千円」
 自分からかけ離れた嘘をつくのが怖くて、精一杯ありえそうな話をつくる。すると藤崎さんはくすっと吹き出して、そのあと大きく笑いだした。
「あはははは、ははっ、ははは」
 息をするのも苦しいといった具合に体を丸める。顔が紅潮して、必死になって手で赤い顔を覆っていた。僕は自分の臆病がバカにされたか、さもなくば嘘が見透かさたかと思って胃の中が気持ち悪くなる。
「そんなにおかしい?」
 苦し紛れの発言で、彼女はやっと笑いやんだ。
「っふ、ごめん違うの、そういうわけじゃなくて。なんだかすごく、近藤くんらしいなって」
「そうかな」
「そうだよ。近藤くんていい人だよね」
 彼女は僕を見上げて、憧憬、みたいな表情を見せる。僕は自分がついた嘘の重さにつぶされそうになって、慌てて顔を逸らした。
「そうだ」
 なおも愉快そうな声のまま、藤崎さんは何かを思いついたように口にした。
「ご褒美、あげよっか」
「え?」
「通りがかりの子どもを助けたご褒美。だって千円損しちゃったんでしょ。それに、ちょうど下見に行こうとも思ってたし」
 僕が言葉の意図を理解する前に、彼女は先陣を切って、意気揚々と歩き出した。


****


 藤崎さんに連れられて来たのは、こじんまりとした喫茶店だった。
 太っている人などは引っかかってしまいそうな民家の隙間、奥まったところに簡素な木製の扉があって、それを開くと、店主のいるカウンター席と、三つのテーブル席のある内装が迎えた。木造の店内に、暖色の照明が柔らかい光を注いでいる。カウンター席の端には異国風のアンティークが雑多に置かれていて、店主の趣味をうかがわせる。いかにも、個人経営の道楽といった風情の店だ。
 藤崎さんは慣れた様子で店主に挨拶すると、最奥のテーブル席に備えられた、深紅のソファに腰かけた。僕はこういうところに入る機会がないから、しばらく立ちすくんでしまう。
「こっち来て座りなよー」
 促されてようやく、彼女の正面に座った。
「いい雰囲気のお店でしょ」
「そうだね」
 なるほど、下見というのは文化祭の参考という意味だったらしい。
「今日は私の奢りね」
 藤崎さんはメニューを開くと、満点の笑顔で僕に差し出した。
「悪いよそんな、奢りだなんて」
「遠慮しないで。言ったでしょ、ご褒美って」
「それじゃあ、藤崎さんがまるまる損じゃないか」
「だったら、次は私に奢ってよ。そしたら、お礼にまた誘うから」
「永遠に終わらなくなるよ、それ」
 僕が呆れると、
「私はそうしたいんだけどな……」
 なんて、机に向かっていってのける。
 一体、何が彼女にこんな大胆なことを言わせるのか。僕はその正体に気付いていながらも、愚かしい男のサガで、内心舞い上がってしまう。よくない流れだ。
「注文決まったよ」
 淡泊に会話を断ち切って、一番安いコーヒーを頼んでおいた。
 二人分の飲み物を待つ間、僕は店内を見回す。客は僕らだけで、二人の身動きの他には、カウンターから聞こえる食器の触れ合う音と、コーヒーメーカーの湯が沸騰する音しかない。僕は店主の目を盗んで藤崎さんに顔を寄せ、囁く。
「ねぇ、このお店っていつもこんなに空いてるの? よく潰れないね」
「ふふ、ほんとにね。裏で怪しい経営でもしてるんじゃないかーってくらい」
 僕と違って、彼女は声を抑えるでもなく応じる。発言を聞いて、カウンターでコーヒーを淹れていた店主の眉がひくと上がった。痩せぎすで眼鏡をかけた彼はちょっと強面で、頼むから藤崎さんには気を使ってほしいと思った。
 しかし僕の言外の願いは伝わらなかったようで、藤崎さんは気にせずに続けた。
「これでも最近は繁盛するようになったほうなんだよ。たまに他のお客さんを見かけるんだから」
 以前は藤崎さんしか来ていなかったのだろうか。
「私が口コミしたの、学校の友達に」
「僕にしてるみたいに?」
「そうそう。マスターには感謝してもらわなくちゃ」彼女は首を伸ばして、「ねー、マスター」
 とカウンターに呼びかけた。
 マスターと呼ばれ、彼ははじめてこちらを向くと、優しく微笑んだ。よかった、怒っていたわけではないらしい。
 そして、僕に向き直った藤崎さんが「マスター、気を遣う人なの」と言ったとき、入り口のほうから、ドアベルの音が割り込んできた。
 噂をすればというやつだろうかと横目で見ると、入ってきたのは三人組の男女だった。僕からすると気取った私服に身を包んだ彼らは背も高く、おそらくは年齢も上だろう。大学生くらいだろうか。だから多分、藤崎さんが口コミした相手とは違うのだろうな、とそれは別によかったのだけど、彼らは少しおかしかった。
 僕が三人から意識を逸らせなくなったのは、その装いのせいではなく、彼らの間に漂う――形には見えない繊細な――ムードとも言うべきものからだった。
 三人の中心にはハンサムな男の人があって、彼の両脇を二人の女性が固めている。男性の右手には、黒髪が風船みたいなスカートの腰まで届く、楚々とした女性。左手には、ショートパンツを履き、短い髪型をした、ボーイッシュな女性。一見して、まさに両手に花という役得を享受しているはずの男性はしかし、さえない表情だ。優しそうな顔に笑みを浮かべてはいるけれど、眉尻は落ち、ハの字に曲がっている。落ち着きなく顔の筋肉を動かす彼をよそに、女性たちの表情は能面の様だった。感情をすべて洗い流したような面の奥に、窪んだ眼だけが静かに激情を湛えている。二人の女性は男性をへだててそっぽを向いているのにもかかわらず、互いに意識するのを隠せていない。
 これでは両手に花どころか、まるで板挟みのようで、有体に言って男性は可哀想だった。
 僕と藤崎さんは、来訪者の異様な空気を感じ取って口をつぐむ。すると僕らを見つけて、冷や汗すらかいていたハンサムな男性は、女性陣を引きとめる。
「まずいよ、他にお客さんがいる」
 と小声が聞こえてきた。
「あら、なにがまずいのかしら。私たちは話し合いに来ただけでしょう」
 逃げんなよ。と、口には出さなかった短髪の女性がソファにどかっと座る。その横にもう一人の女性が、二人の正面に男性が腰を下ろした。彼らが陣取ったのは真ん中のテーブル席で、三つしかないテーブル席のうちの真ん中というのは、つまり僕らのすぐ目の前である。どうして間を空けないんだ! 僕は叫びだしそうなのをこらえて、藤崎さんの肩越しに彼らを見つめた。女性陣を挟んで正面にあたる男性と、目を合わせないようにだけ気を付ける。
 僕と藤崎さんは一応、不自然にならないように会話を交わすけれど、全部うわべだけで、内容は頭に入っていない。藤崎さんなどは彼らの様子を窺おうと、あまり頻繁に後ろを振り向こうとするので、いっそのこと僕の横に来て、一緒に観戦したほうがいいんじゃないかと思う。


 はじめ、席に着くなり、爽やかな大学生ふうの男性は携帯を取り出して操作する。
「ほら、二人とも取り敢えずなにか注文しなよ。僕はコーヒーにするから」
 場を和ませようとしたのか、時間を稼ごうとしたのか、女性たちに勧めるけれど、
「携帯しまってください。注文なんかいいですから」
 長い髪の女性が諌めると、深い息を吐いて携帯をしまった。
「じゃあ、説明してもらいましょうか」
 交代で言った短髪の女性の言葉に、男性はこめかみを掻く。
「ええっと、何から説明したらいいかな」
「全部」
「ああ……うん」
 男性は覚悟したように居住まいを正した。
「その、じゃあ順を追って説明するけど、白状してしまうと、僕が最初に付き合っていたのは『えっちゃん』のほうなんだ」
「あ、そうなんですか」
 名前が出て、長髪のおとなしそうな女性が応えた。声にわずかばかりの喜色が混じっている。
「へー、あっそ。で、いつごろから付き合ってたわけ」
 棘のある口調。二番目だと知れたもう片方は、いっそう態度を尖らせたらしい。
「その、半年くらい前から」
「はあっ、そんなに前から!?」
「ま、まあまあ、落ち着いて話を聞いてよ」
 声を荒げるのを制して、男性は続けた。
「言い訳ってわけじゃないんだけど、僕としては、浮気をした認識はないんだ」
「今のをどう聞いたらそうなるわけよっ」
 短髪の女性が机を叩く。
 観察していると、先ほどから噛みついているのは“二番目”の女性ばかりで、もう一人の『えっちゃん』は静観を決め込んでいる。こういうのは、先に付き合ったほうに優位性みたいなものがあるんだろうか。
「なぜかというとね、『あむりん』と付き合い始めたとき、僕は『えっちゃん』とはもう、別れてるつもりだったんだ」
「えっ」
 いきなり掌返しを食らった『えっちゃん』が、にわかにうろたえる。
「そんな、先輩、一体どういうことですか」
 そう言って背もたれから跳ね起きた彼女の代わりに、今まで猛り狂っていた短髪の『あむりん』は腕を組んで――勝利の笑みすら浮かべていそうな所作で――深く座り直した。僕は、男性を指揮者に、かわるがわる翻弄される二人がおもしろくて、口角が上がってしまう。すると、それを見咎めた藤崎さんに睨まれた。ひどい、自分だって聞き耳をたてているのに。 独りでぐちりながら、また三人のやりとりに注意を向ける。
「というのもね、『えっちゃん』思い出せるかい、僕ら三ヵ月くらい前に大喧嘩したこと」
「…………はい」
「そうだよ、僕が君の愛犬に納豆を食べさせてしまったときさ。あれは本当にすまなかったと思ってる。けれどさ、あのとき君は言ったろう? 二度と家の敷居をまたぐなって。あれ以来しばらく連絡もつかなかったし、僕としてはもうフラれてしまったのかな、なんて考えていたわけだよ。そのあと『あむりん』と出会って……あとは君が知っている通りかな」
「でも、それはっ、そんなことって……」
 『えっちゃん』が認めずにいると、
「もういいじゃない」
 余裕をかましていた『あむりん』が口を開いた。
「だって結論は出たもの。こいつは私と付き合ってて、その女とは付き合ってない。そういうことでしょ」
 誇らしげな顔で、男性に水を向ける。
「うーん、まあ、そういうことになるのかなあ」
 曖昧だが、男性が肯定する。決着はついた。
 こうなれば敗者は去るのみかな、と僕は長髪の女性、つまり『えっちゃん』に注目していたのだけれど、彼女はまだ諦めてはいなかった。
「…………でも、でも先輩っ! 先輩はつい一ヵ月前、私に誕生日プレゼントをくれたじゃないですかっ。このペアリングを!」
 宣言して、指に光るゴールドを掲げる。
 なんてことだ、彼女はまだこんな切り札を隠していたのか。強烈な開示に、カウンターのほうでは食器の割れる音が聞こえた。そういえば僕らの注文が一向に運ばれてこない。店主もきっと、この戦いに心を奪われているんだろう。
「ちょっとっ、一体どういうことよ」
 『あむりん』の激昂で一転、劣勢に立たされる男性。
「あぁ……ええと、そのぅ、僕そんなものあげたっけ? …………あー、あげたなあ。じゃなくてっ、あー、違うよ! 僕は確かにプレゼントをあげたけど、それは単に友達として、そうだ、友達として誕生日を祝ったのであって、やましい意図はなかったんだ」
「単なる友達にペアリングを?」
「ぐ……う、うん。友達にペアリングをあげるくらい、イマドキは普通だよ、きっと」
「そんなわけないでしょっ!」
 『あむりん』から上がる当然の非難。
「先輩、ひどいです、私のこと彼女だと思ってなかったんですか」
 『えっちゃん』はいつの間にか、さめざめと泣いている。
 男性は『えっちゃん』との交際を否定してしまった手前、もはやどちらの女性も鎮めることができない。二方向からの嘆きと怒りが混じりあって、いよいよ収拾がつかなくなってきたそのとき――
「どうもー」
 と、この場においてはあまりにも間の抜けた挨拶とともに、再び入口の扉が開く。鈴の音と、外の路地風を呼び込んできた人物は女性だった。髪を一部染め、銀のピアスをつけている。背にはギターケースを負っているので、おそらくバンドでもやっているのだろう。彼女は店内にいる皆の注目を浴びて後じさる。
「あれー、営業中だよね」
「あ、はい、お好きな席にどうぞ」
 自失していた店主が勧める。今日は滅多にない大入りのはずなのに、その顔には覇気が見られない。
 修羅場に迷い込んだ女性は、視線を巡らせて席を探す。すると、今まさに審判が行われている、三人組の集団に目を付ける。笑みを見せ、ツカツカと歩いて向かっていく。誰もが固唾をのんで、動向を見守っていた。
「誠士郎じゃん、ぐうぜーん。てか運命?」
 彼女の丸い瞳が、無邪気に見開かれる。
「あれー、そこのお二人は? 妹さんかお姉さん?」
 誠士郎、と呼ばれた浮気性の男性は、声を掛けた女性に振り向くこともせず、石のように固まっている。言葉を失った彼の代わりに、『あむりん』が胡乱げに訊ねた。
「そういうあなたは?」
「え、あたし? ……あたしは、誠士郎の彼女だけど」
 うわあ。
「うわあ……」
 声にまで出したのは藤崎さんのほうだ。
「どういうことですか……先輩?」
 さっきまで泣いていたはずの『えっちゃん』は、地獄の底から汲み上げてきたような呪詛を口にする。誠士郎さんは相変わらず、不自然なほど微動だにしない。
「あ、え、どういうことー。誠士郎、この二人って?」
 唯一うろたえているのはギターを背負った三人目の女性だ。彼女が真偽を確かめようと誠士郎さんの顔を覗き込む。すると、
「二人とも恋人」
 もう打つ手なしと悟ったのか、彼が短く白状する。『二人とも恋人』、なんて壮絶な響きだろう。こんな台詞を口にする機会、僕には一生ないのだろうな。
 しばらく、ギターの女性のまばたきがなくなった。
「あ、そう」
 誠士郎さんの一言ですべてを理解したらしい。彼女は事実を認識すると、どこか遠くを向いたまま、項垂れる誠士郎さんの顔を起こした。そして

――僕は、拳銃が発砲される音を聞いた。

 もちろん、ここ日本では一般に銃の所持が禁止されているし、ましてや住宅街に佇む寂れた喫茶店に、物騒な武器などあるはずもない。だからそれは単に聞き間違いだったのだけれど、僕は一瞬本当に、銃声が鳴ったのかと思ったのだ。勘違いさせるのにふさわしく、盛大な破裂音だった。
 それが頬を張った音だと理解したのは、一部始終が終わった後だ。ギターの女性が腕を振り切った姿勢のまま誠士郎さんを睨みつけ、彼の方はといえば、朱に滲む頬を抑えてうずくまっている。彼女が来店するまで散々、言葉で問い詰めて解決を図ろうとしていた女性たちにとっては、カルチャーショックがあったらしく、二人とも口を開けて絶句している。すると、ほんの数分前まで甘い声を出していたギターの彼女は毅然として、呆けている二人に顔を向ける。
「ひっ」
「な、なによ」
 怯える二人。けれど、鬼の形相から発されたのは恨み言ではなかった。
「あなたたちも、もう行こう。こんな男の相手、真剣にすることないじゃん。どうせ説教したって理解する頭ないんだから、この猿には」
 諭された二人はしばし硬直したのち、互いに顔を合わせる。そして二人同時に、うずくまったままの哀れな男を見て、
「そう……ですね」
「それもそうね、もう馬鹿らしくなってきちゃった」
 言うと、奇妙な絆すら生まれたかのように見える女性らは席を立つ。そのまま振り返らずに歩を進め、女たち三人は店を後にした。かくして、風とともに現れた女性は、嵐を連れて去っていった。


 テーブル席に残されたのは男一人だけである。彼は女たちが店を出たのを確認すると、むくりと顔を上げた。僕の方に、紅葉のような跡を残した顔を晒す。
「あ……」
 自業自得とはいえ、凄惨な傷痕を見せられた僕は、思わず声を漏らす。しかし彼は意外なことに、落ち込んだり怒ったりすることはなく、僕と藤崎さんのいるテーブルに頭を下げた。
「ごめんね、せっかくのデートを邪魔しちゃって」
「いえ、そういうんじゃないので構わないですけど……」
「そうかい? 許してくれてありがとう。君は優しいね」
 穏やかに言うと、微笑んでみせた。その表情がこの上なく平和で、善人の雰囲気が滲み出ていたから、僕は拍子抜けしてしまう。こうして表面的に見る限りは、どうやったって三股を掛ける男性には思えないのに。人は見かけによらないものだ。その所感は藤崎さんも同様らしく、もう隠すこともなく身をよじって振り向いた彼女は、目を皿のようにして、誠士郎さんを検分している。前にいるのは女の敵だ、いい気分ではないのだろう。
「マスターも、すまないね騒いじゃって」彼はカウンターに呼びかける。「ああ、あと、アイスカフェオレを二つ頼むよ」
「かしこまりました」
 店主が事務的に答える。
 僕は疑問を持った。――なぜ飲み物を二つ?
 訝りの視線を受けた彼は、苦笑いで応える。
「ごめんよ。カフェオレだけ飲んだらすぐに出ていくからさ」
 僕の思惑とは的外れの解答。しかし問いただすまでもなく、求める真実はすぐに明かされることになった。
「なんどもごめんなさーい。おじゃましまーす」
 木製の扉を軋ませて入店してきたのは、またしてもあの、ギターを背負った派手な女性だった。僕と藤崎さんは、彼女がビンタの一撃ではまだ飽き足らなかったのかと恐怖に身を縮ませる。ところが予測に反して、彼女の顔は憤怒の色など一切帯びていなかった。それどころか、今にも背中のギターでもって一曲演奏しようかというほど、上機嫌に見える。
「おまたせー、誠士郎」
 彼女は鼻歌混じりに男性の隣に腰かけ、そのままの流れで、頬に唇を押し付ける。
 僕の頭には、自分がこの店に入ったときから、幻覚を見続けているのではないかという疑念さえ浮かんだ。でなければ、僕が困惑している様子をあざ笑うために、藤崎さんが仕組んだ罠かとさえ。とにかく、目の前の光景が信じられない。唖然とする僕をよそに、彼らのもとにカフェオレが届けられる。ガムシロップをたっぷり入れると、彼らは二人してカフェオレを啜り、蜜月の会話を交わす。
「ありがとう『いーちゃん』、助かったよ。あのままだったら僕は、日が暮れるまでなじられてた」
 謝辞を述べるのは誠士郎さんだ。
「いーの、あたしも誠士郎に頼られるのはうれしいんだもん。またいつでも呼んでね?」
 そう言って、ギターの女性は携帯を取り出してアピールする。音符マークのストラップを揺らしてみせた。
「本当、最後に頼れるのは『いーちゃん』だけだよ」
「誠士郎にそんなこと言ってもらえるなんて、うれしい」
 彼女は瞳を潤ませる。
「ねぇ誠士郎、誠士郎が本気で愛してるのはあたしだけ、だよね?」
「もちろん」
「だったら……証明してみてよ」
 まぶたを閉じた彼女の肩を、誠士郎さんが抱く。そして、唇と唇を合わせた。
「これでわかってもらえたかな?」
 離れた口から、細く唾液の橋が架かる。
「ううん、まだ。これだけじゃ足りない……」
「困ったな」
 『いーちゃん』の催促に、彼は頭を掻く。
「それじゃあ、これだけ飲んで早く家に行こうか。続きはそこでしてあげる」
「うんっ」
 二人はカフェオレを飲み干して席を立つ。
「マスター、お代はここにー」
 代金をカウンターに置くと、彼らは腕をからめて、出て行った。


 ドアベルの余韻が店内に残る。ふと正面を見ると、藤崎さんが放心していた。口からエクトプラズムでも抜け出したのではないかという感じで、見ようによってはだらしないが、彼女を責めることはできまい。僕も同じような気分だ。
 テーブルの上を見ると、僕の注文したホットコーヒーがいつの間にか置いてあって、いつの間にか冷めていた。ぬるくなった液体に口をつけると苦みが鼻を抜けて、思考が冷静になる。正気に戻った僕がコーヒーの味をととのえていると、
「すごかったね……」
 藤崎さんも意識を取り戻していた。先の大事件をひどく平易な語彙で表す。もっとも、ショックの大きさは十二分に伝わったけれど。
「そうだね。傍から見ている分にはおもしろかったけど、当事者にはなりたくない」
「……なんかインシツっぽいよ、それ」
 藤崎さんの指摘に同感ではある。けれど、
「残念だね。子ども相手に千円を恵んでやって、優しい人間になったはずなのに。僕の評価はもう覆ったの?」
 気持ちが浮ついているからか、必要以上に舌が回る。彼女に対して冗談を言うなんて、あまりないのに。
「うーん、だったら近藤くんはインシツで優しい人なんだよ、きっと」
「違いないね」
 あはは、と笑いが重なる。先ほどの愛憎劇とは様変わりして、店内には穏やかな時間が流れている。淡い照明は藤崎さんだけを浮かび上がらせて、僕の網膜に焼き付ける。
 どうもいけない、気持ちを落ち着かせなければ。ブレーキをかけろと、僕の中の何かが警告している。なぜだろう、しばらく委員で付き合うのだから、適当に仲良くしておこうと決めたのは僕自身なのに。それとも僕は、また身の丈に合わない期待をしているんだろうか。やめてくれ、いいじゃないか別に、表向きだけ仲良くしておけば。表向き仲良くするくらいは。
 空気が緩んだのを感じ取ったのか、藤崎さんはふうと息を吐いて、僕の目を見据える。口をつけていたカップも下ろして、真剣な顔をした。
「なに?」
 僕がすぐに警戒を見せると、それだけで彼女も遠慮がちになる。
「あの、え、えっとね、なんて言ったらいいかな」
 言葉を探る気配。
「今日、近藤くんをここに誘ったのはね、もちろんご褒美とか文化祭の下見もあるんだけど……」
 来た。禁忌に触れようとする彼女の言動に、僕は全身が総毛立つ。
「中学のときのこと、もう一度話しておきたいなって」
 『中学のときのこと』。中学校生活は三年間あったし、それが示す範囲は広く、曖昧だ。けれど僕ら二人の間では、その言葉は極めて狭い出来事を特定することができる。僕らにとって重大な出来事だったし、僕らにはその出来事しかなかったとも言える。
「私ね、近藤くんとまた、昔みたいに仲良くしたいなって――」
「やめてよ」
 僕は、思考するよりも前に遮っていた。
 彼女の言葉はこれまでの冗談と違って、確かな重さを持って僕の腹に落ちる。そう感じさせるのは、彼女が本人なりの真摯さでもって、話をしているからだろう。しかしそれ故に、かえって、彼女の語る内容が癪に障った。彼女もまた、表面を上手に取り繕おうとしているだけなのだ。
 夢が覚めたみたいに、現実に引き戻される。藤崎さんは全霊をもって、僕に向き合ってくれているように見える。けれどわかっている、彼女には欺瞞がある。『昔みたいに仲良くしたい』なんて、そんなことができてたまるか。僕は彼女の罪を糾弾せずにはいられなくなった。
「よく言うよ、藤崎さんの口からそんな台詞が出るとはね。言ってて恥ずかしくならない?」
 余裕そうな顔を作って言ったつもりだったけれど、口元は自分でもわかるくらい強張っていて、全然笑えていなかった。
 彼女は僕を見て、自身の試みが失敗したことを理解したようだった。
 僕は席を立つ。コーヒーはまだ残ったままだ。とにかく、一刻も早くこの場を立ち去りたかった。
「やっぱり、自分の分は自分で払うよ」
 ポケットから、夕飯の卵を買うはずだったお金を取り出す。投げ捨てるようにカウンターに置いて、コーヒー代を払った。制止する藤崎さんの声も聞かずに店を出る。
 店を出ると、足を引きずるようにして歩く。民家の間を抜けて通りに出る直前、遠く背後から声が聞こえた。
「ごめんなさい」
 空気を震わせて届く声が背中を押して、僕は走り出した。もう何も考えたくない。目に涙が滲んでいることには、家に着いてから気が付いた。

     

「好きです。付き合って下さい」
 夕陽に灼ける屋上。藤崎さんが口にした申し出は脈絡のない不意打ちのようであって、しかし、僕はそれを予感していたような気もする。昨日、ケチャップライスに格下げになった夕飯を食べながら内省を繰り返していた僕の心は、冷たく沈んだまま落ち着いていて、彼女の申し出にも、うろたえずに答えることができた。
「藤崎さんは演技が下手だね、これで二度目になるのに。どうかな、更なる上達を目指してテイクスリーといってみるかい」
 僕なりのウィットを利かせた返しだったのだけれど、彼女は微塵も笑おうとしない。
「嘘じゃない」
 何かを必死にかみ殺すように、彼女はうつむいて言う。
「嘘だよ」
「お願い、信じて」
 僕の腕にすがりつく彼女を、
「やめてよ、白々しい」
 物理的にも突き放した。寄る辺を失った彼女の腕は中空をさまよって、力なく垂れ下がる。
「昔はうっかり信じちゃったけどね。僕も少しは大人になったんだ」
 夕陽が僕の真後ろにある。いま、彼女の目には僕が黒い影に映っているのだろうか?


****


 あのときも今と同じように、何かの係で一緒になったのだと記憶している。それをきっかけに僕たちは知り合った。
 当時、僕に対するクラスメイトのいじめは一番過激な時期にさしかかっていて、無視とか陰口とかの間接的な行為だけでなく、物を隠すとか恥をかかせるとか、そういういやがらせに及ぶようになっていた。
 クラスでは、積極的ないじめに加担しない人のほうが多かったけれど、僕とまともに話してくれたのは三石くんと、あとは藤崎さんくらいだった。周りの目なんて無いものみたいに僕と親しくする三石くんと違って、藤崎さんは人前を極力避けて僕に話しかけた。僕はそのことについて、特に不快な思いはしていなかった。その違いはむしろ、三石くんの無神経さを表す例だ。それに、人目を避けて忍ぶやりとりは秘密めいて、僕を甘美な期待に導いた。根暗な少年が、口を利いてもらえるだけで女の子に恋をするなんてのはありふれた話で、僕も多分に漏れなかった。そういう常識を、彼女の友人らもよく承知していたのだと思う。
『好きです』
 かつて放課後の下駄箱で告白を聞いたとき、僕は藤崎さんに関するすべての不自然に解が与えられたと思った。ほとんど誰もが遠ざける自分のことを、友人に隠してまで懇意にする理由、彼女が僕に笑顔を向ける理由、彼女が僕に語りかける理由、そのすべてに。今にして思えば、死にたくなるような思い上がりだ。あのときの彼女は心中、事の面倒さと自身の罪悪感に苛まれて、申し出を断ってくれと繰り返し唱えていたに違いない。
 僕の返事を聞いて顔を上げた彼女は、それでも笑っていた。
 付き合い始めてからの藤崎さんは口数が少なくなって、僕はそれが照れくささの表れなのだと思っていた。しかし、交際から一週間もしないうちに、真相は彼女本人ではなく、その友人から告げられた。

――――――――

 校舎裏、呼び出された先に憮然とした表情で佇んでいた女の子は、侮蔑を隠さぬ口ぶりで言った。
「ねぇあんた、綾子と付き合ってるんでしょ」
「うん」
 僕は戸惑いつつも答える。藤崎さんの友人が知っているということは、彼女から交際のことを明かしたのだろう。
「あれ、嘘だから」
 嘘、嘘とはどういうことだろう。すぐには意味が掴めず、僕はきょとんとする。それを見て、彼女はさらに苛立ったようだ。
「綾子があんたみたいなのと本気で付き合うわけないでしょ」
「でも、僕らは実際付き合っているんだけど……」
「からかってやろうと思ったのよ。でもあんたが本気にするから。綾子、嫌がってるんだよ」
 まるで僕が極悪人みたいな言い方をする。どうやら話がかなりこじれているようだとわかった僕は、なんとか女の子を宥めようとする。
「僕の目からは嫌がっているようには見えなかったよ」
「それは、あんたの目が節穴だからよ。大体、付き合ってから手を繋いだこともないんでしょ。自分が嫌われているって気付いてもよさそうなもんよ」
 付き合い始めて数日のカップルに、それは言い過ぎじゃないだろうか。しかし、男女交際について僕はまったくの素人で、たぶん、目の前のあか抜けた女の子のほうが経験は豊富だろうから、弱気になってしまう。
「そうかなあ」
「そうなの」
 にべもない。
「とにかく今後一切、綾子に付きまとわないでよね」
 念押しする女の子に、それでも僕は退くわけにもいかない。僕らの付き合いは僕らにしかわからないのだ。他人にとやかく言われたくない。
「そもそも、それをどうして君が伝えるのさ。本人の口から聞かなくちゃ納得いかないよ、こっちとしては」
 強い反抗が返ってくるのは彼女にとって予想外だったようで、一瞬怯んだようになると、舌打ちをする。
「わかったわよ。じゃあ明日、またこの場所で。取り敢えず今日一日は綾子に会わないでよね」
 そう言って踵を返して去っていく。このときはまだ、藤崎さんが、本心から僕を好いて付き合ってくれていると、信じて疑わなかった。本人に確認を取りたいけれど仕方ない、彼女の友人にわかってもらうために、言に従おうと決めて家に帰った。


 次の日、同じように校舎裏に行くと、女の子がたくさんいた。その数は二桁に及ぶほど。一日でやけに増えたものだ、女の子の噂が早いというのは本当なんだなあ。僕は以前、三石くんが「女はミツバチみたいだ」と言っていたのを思い出してつい笑ってしまう。不可抗力の笑みは、藤崎さんを中心にして取り巻く女の子たちに、ひどい不評をくらった。僕がこの件について、真剣に取り合っていないと受け止められてしまったようだ。そんなことはないのに。
 藤崎さんをSPみたいに取り囲んでいた数人が、今度は僕の周りにたかって、その中の一人が切り出した。
「まずは私から、謝らせて」
 化粧で目の周りを黒くした女の子が頭を下げる。予想外の殊勝な態度に、僕は当惑した。
「私が今回の嘘告白をしようって持ちかけたの。最初は冗談のつもりだったんだけど、言い出しづらくなって、近藤には悪いことしたと思う」
 いきなり謝られて言葉を失う。告白が偽りだとしたら、僕はもう何も言えないのだ。
「そうなの?」
 先ほどからうつむいている藤崎さんに問いかける。けれど、彼女は黙ったままピクリともしない。
「話してくれなくちゃわからないよ」
 語気を強めると、彼女の隣にいた活発そうな娘が糾弾の声を上げる。
「やめなよ、綾子ちゃんが悪いんじゃないんだから」
「責めてるつもりはないよ」
「怒ってるじゃん」
 と、今度は全然別のところから。
「ただ、教えてほしいんだよ、本人の口から」
 僕がそう言うと静寂の後、藤崎さんのすすり泣く声が聞こえてきた。僕はこのとき初めて、彼女が泣いているところを見た。泣き声を上塗りするように、僕を責める罵倒がそこかしこから上がる。僕はうんざりして、すぐにでもこの場を去りたい衝動にかられたが、一つだけ確かめなくてはいけないことがあった。乱雑な音の中、わずかに顔を上げた藤崎さんの目を見て、まっすぐに声を出す。人だかりを抜けて、彼女に届くように。
「藤崎さん、僕に告白してくれたのは、嘘?」
 なるべく彼女を責めないように、傷つけないように、言ったつもりだった。
 そして――彼女は小さく頷いた。
「そっか、ごめん、辛かったよね」
 僕の言葉を聞くと、周りの女の子たちはもう責めてこなかった。切迫した空気に促されてか、再びぐずり始めた藤崎さんを彼女らは慰める。その光景を見て、自分はもはや無用だろうと自覚した僕は、その場をあとにした。

――――――――

 非常に情けなくてあっけなかったけれど、それが僕の初めての失恋だった。
 以降、僕の学校生活が劇的に変わるということはなかった。元々付き合っていたときから、年頃の男女らしいことをしていたわけでもないし、その点では別段落ち込むこともない。むしろこの一件以来、どういう心境の変化か、女の子たちの僕に対する風当たりは多少緩いものになったのだから、悪いことばかりでもなかった。ただ一つ残念だったことがあるとすれば、学校で僕を人間扱いしてくれる貴重な友人を、一人失ったということだ。


****


 僕の体に遮られた夕焼けの影の中で、藤崎さんは彫像のように固まったまま動かない。
 もし昨日、僕が彼女にひどい言葉を浴びせずに、彼女が今日、僕に告白をしなかったならば、外見上はそれらしい友人関係を築く事ができただろうか。その可能性に思いを馳せる。悪くはない想像だった。けれど、もう引き返すことはできない。
 僕は一歩踏み出して語りかける。
「ねぇ、藤崎さん。藤崎さんはさ、僕に嘘の告白をしたことを後悔しているんだろう」
 声を聞いて、一瞬びくりと肩をふるわせた彼女は、まだ地面を見つめている。
「僕に同情してる。いいや、違うかな。君は、自分が他人を傷付けたっていう事実を受け入れたくないだけだ。君は潔癖なのかな。自分が善良な人間でなきゃ気が済まないんだ」
 辛辣に言ってやるのに、藤崎さんは反論する気配もない。相手が弱っているのを見て、僕の喉に引っかかっていた感情が吐き出される。
「それで、僕ともう一度仲良くなって、全部なあなあにしてしまいたいんだ。でもさ、そんな理由で男と付き合うのは間違っていると思わない? なにより、君は耐えられるのかな。君と付き合うとなったら、僕はキスをしようって言うし、セックスもしたいよ。好きでもない男とそんなことはしない方がいいよ」
「でも、でも……私は」
 消え入りそうな声。
 僕はこれ以上彼女を追い詰めるのに気が咎めたけれど、これではまだ中途半端だ。ここまで言ってしまった以上、彼女との関係は完全に精算してしまわねばならない。
「僕はね、別に、君が特別酷い人間だなんて思ってないよ。周りの奴らを見てごらん、僕をいじめてた人たちは皆、今はもうなかったことみたいに知らんぷりだ。それでいて家族や友人には、僕にしたようなこととは正反対の、親切だとか思いやりだとかを発揮して、自分の善良さを誇っているはずさ。腹立たしいけれど、それはおかしくなんかない、普通のことなんだよ。君も見習ったらいい」
 そして僕は、最後の望みを告げる。
「けど、もし君が他の人たちみたいに割りきれなくて、僕に対する責任を感じてくれるのなら、それは君一人で抱えてほしいんだ」
 藤崎さんはついと面を上げて、怖れを帯びた表情で僕を見つめる。
「僕を巻き込まないでほしい。できることなら君が一生、罪を抱えたまま生きてほしい。その方が僕は報われる感じがするよ。…………そうだなあ、例えばさ、君が将来、家庭を持って、主婦になって、子どもができて、幸せに暮らして――」
 そのとき、脳裏にぴったりの情景が浮かんだ。
「機嫌よく掃除機をかけているときとかにさ、学生時代の僕のことを思いだして、ちょっと憂鬱な気分になってくれたら、嬉しいな。あとはそうだな、欲を言えば、君が親戚や友人に看取られてベッドで死ぬ直前に、『ああ、そういえばあいつに悪いことしたなあ』なんて思い返してくれたら最高だね。うん、それでいいよ。僕は、それがいい」
 しばらく経って、僕がこれ以上何も言わないとわかった藤崎さんは、押し殺すような声を出した。
「……わかった」
 声は震えているけれど、泣き出すことはない。中学生のときよりも、彼女は強くなったのだろうか。
「ごめんね、いままで」
 最後に付け加えられた謝罪。僕はこの言葉を受け取るのにひどく抵抗があって、とてもできそうにない。
「そう」
 答えにならない答えでかわして、彼女の元を離れる。
 さっさと退散してしまおうと屋上の扉を押すのに、鉄扉は僕が想像していたより数倍も重たかった。


****


 それから数日間、藤崎さんから僕に話しかけることはなかった。教室内でたまに目が合うときには、彼女の方から苦しそうに目をそらす。なにもそこまで露骨に避けなくても、僕としては、自然に関係をフェードアウトしてくれればよかったのだが。けれどまあ、僕が彼女にしたなじりを思えば、自然さを求めるのは贅沢というものだろう。
 ともかく、そんなわけで平穏な孤独を取り戻した僕は、一つ思うところがあって、放課後の三石くんを捕まえて話をした。
「三石くん」
「おお、岬、お前さ」
 声をかけられてこちらに気付いた彼は、僕が口を開くまもなく先手を取る。
「綾子ちゃんとなんかあったのか?」
「なにさ、藪から棒に」
「いや、二人とも様子がおかしいからさ。最近、全然話してるとこ見かけないし」
「別に、なにもないよ」
「ふーん」
 彼に屋上でのことを話すのは面倒なのでごまかしておく。やはりこういう詮索は避けられないのだな。原因の、少なくとも八割くらいは、藤崎さんのあからさまな態度にあるだろうから、彼女を恨めしく思った。けれど考えてみれば、親しい友人といえば三石くんくらいしかいない僕に比べて、彼女は交友関係が広いから、言い訳しなくちゃいけない面倒もひとしおだろう。そう思うと多少は溜飲が下がる。
「で、何の用だよ」
 また一人で考え込んでいる僕を起こして、三石くんが言う。
「話しかけてきたのは岬だろう」
「ああ、そうだった。この前のサークルの話なんだけど、入ってみようかなと思って」
 僕はもったいぶらずに言った。
「おお!? まじかよ」三石くんは途端に目を輝かせる。「どうしたんだよ、どういう心境の変化だ?」
「いいや、大したことじゃないんだけど、僕も知り合いを増やした方がいいのかと」
 本当に大した理由ではないのだ。それどころか明確なものですらない。ただ、藤崎さんとのことに決着が付いて、中学から続いていた僕の苦々しい経験にもケリがついたのだと、なんとなくそう思いたかった。これまでの退屈な生き方ではなく、なにか新しいものに触れてみたい。
「そうかそうか、まあ訳はなんでもいいや。とにかく入ってくれるなら俺は満足だよ。今日、さっそく会長に話してみるよ。近いうちにメンバーと顔合わせしよう」
「う、うん」
 みる間に話が具体的になっていって、急に不安が頭をもたげる。顔も知らない年上の人たちと仲良くなんてできるだろうか。
「大丈夫だって、前も言ったろ? 俺の紹介なんだから堂々としてればいいさ」
 頼りない様子を見て、三石くんは僕の背中をたたく。
「よーし、そんじゃ報告しとくかあ」
 俄然元気になった彼は、携帯を持ってその場を離れていく。僕は唐突に頭をかすめた疑問を投げて、彼を止めた。
「三石くん、そういえば、サークルの名前はなんていうの?」
「『遊覧会』だよ。いかにも、おちゃらけた名前だろう」
「ゆうらんかい、ゆうらんかい」
 僕は漢字を想像しながら、確かめるようにその名を呟く。自分が新しくそのメンバーに加わる。実感はまだ湧いてこなかった。

       

表紙

ヤスノミユキ 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha