Neetel Inside ベータマガジン
表紙

ミシュガルド聖典~悦~
ハルドゥと食人族

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 ミシュガルド大陸発見から数年後、同大陸の大地を開拓する開拓団の中にその男ハルドゥ・アンロームはいた。彼は、不運なことに国家に捨てられ、取引相手の国にも裏切られ、挙句の果てに敵国に売り飛ばされたのだった。
表向きは死刑宣告となった彼だったが、甲皇国は終戦後公に発見されたミシュガルド大陸の開拓団の労働者として彼をミシュガルドへと送還した。
開拓団とは名ばかりで事実上は囚人奴隷の強制労働と同意義だった。
乾いた砂を幾度となく飲み込む沼を、来る日も来る日も埋め立てる労働……
人を苗床とし、繁殖を繰り返すボロールという名のカビが飛び交う中でマスクもせず、木々の伐採をさせられる労働……
無限の可能性を秘めた大陸ミシュガルド……そこは未知の生物、未知の病原菌が蔓延する地獄の暗黒世界でもある。
その暗黒世界を開拓することは、死ぬより恐ろしい地獄であった。
表向きは死刑とされた人々が、裏で開拓団として強制労働を強いられるのは珍しいことではなかった。


「はぁっ……はぁっ……」

ハルドゥはそんな日々の中、心を無にして働いていた。
彼は幸い、ボロールカビの飛び交う危険地域では働かされておらず、沼の埋め立て作業に従事していた。
腐った土の臭いが鼻を串刺しにし、腐った泥水を踏む足からはバイ菌が入り、
人々の足をじりじりと食べつくそうとしている。爪は水を吸い、本来の硬さを失い、泥に足を取られるだけで
剥がれ落ちるほど腐食していた。

「働けぇやぁ……豚共ぉ…」

甲皇国の軍人ウルフバード……ハルドゥの所属する開拓団の団長は名をそう言った。
ハルドゥはこの男の下で働くことの意味を本当に知った時、
心の底からなぜ、ボロールカビの飛び交う危険地域に配属されなかったのだろうかと思った。

ピエロのような格好をしたこの外道は、開拓団を任されたことに大変いらだちを覚えていた。
こんな未開の暗黒大陸に派遣されるなど、島流しに遭うようなものだ。
事実 奴の日頃の行いを見ていると、島流しに遭う理由が分かったような気がした。
彼はストレス解消に囚人奴隷たちを爆殺していたのだ。

「ひゃぁーっはっはっはっ!! 逃げ回れぇー!」
今日もウルフバードは囚人奴隷と、甲皇国兵士の脱走者を使った遊びを開いていた。
水で泥濘む沼に熊捕獲用のベアトラップを仕掛け、100m走をするよう強要した。
タイムは20秒以内。それまでに沼を渡りきれば、晴れて生きて帰れる。

「死んでたまるか……死んでたまるかよ……っ!!」

不運なことにハルドゥはそのランナァに選ばれてしまった。
だが、不幸中の幸いか……ハルドゥはなんとか渡りきることが出来た。
だが、それは彼の仲間の死と引換えだった。
仲間はロベルト・マンティスと言った。ロベルトは、あと一歩というところでベアトラップに足を取られた。
ロベルトは自分の後方を走っていたハルドゥを捕まえると、そのままハルドゥを岸まで投げ飛ばした。
投げ飛ばされたハルドゥが沼の方向を見て、ことに気づいたのも束の間、彼の目の前でロベルトは爆殺された。
正直、ロベルトとハルドゥはそこまで仲が良かったわけではない。正直、体力の無いハルドゥはロベルトの足を引っ張りがちで
よく連帯責任を負わされてロベルトも鞭打の罰を受けることが多かった。すまないと言う言葉も枯れ果てるほどの
迷惑をロベルトにかけてきた。いやむしろ、自分の代わりにロベルトがいたぶられていることで安堵していた
自分の醜さに罪悪感すら覚えないほどハルドゥの心は死に絶えていた。

ああ、ロベルトに掴まれた時、ハルドゥは報いが来たのだと悟った。
後悔はなかった。むしろ、こんな地獄から解放される瞬間がようやく来たのだと喜んでいたほどだった。
ロベルトは爆殺寸前にハルドゥを見つめただこう呟いた。

「生きてくれ」

その言葉と同時にロベルトの肉片がハルドゥの顔に飛び散り、
彼はただ唖然とした。後になって聞いた話だが、ロベルトには病弱な父親が居たらしい。
その父親は病弱ながらもロベルトを育て、ある日この世を去った。
ここからは推測になるが、ロベルトはハルドゥに病弱だった父親の面影を見たのかもしれない。

「……んだよっ……!!ちぎじょう”……っ!!」
肉片に塗れたハルドゥは、嗚咽し泣いた。
そこにはプライドなど何も無い……ひとりの人間として仲間の死を悲しむ男の姿があった。
まるで、息子を失ったような深い悲しみがハルドゥを襲った。
心などもう既に死んでいたはずなのに……深い悲しみはハルドゥの枯れた心を潤したのだった。


ハルドゥがウルフバードを殺そうと企むのは最早時間の問題だったと言えよう。
来る日も来る日も、ハルドゥはこの腐れ外道を道連れにしようと企んだ。
そして、ハルドゥは作業現場を視察するために傍を通りかかったウルフバードを鶴嘴で襲撃した。

「ぐわがっ!!」

ゼロ魔素を持っていたハルドゥは、実行の瞬間までウルフバードに殺気を悟られることはなかった。
もし天がハルドゥに慈悲を与えていたのならば、ここでウルフバードは頭をカチ割られ即死していたに違いない。
だが、理不尽なことに天はウルフバードに慈悲を与えた。
鶴嘴は、ウルフバードの右鎖骨をわずかに削っただけだった。
もし、ほんの少しウルフバードが来るタイミングが早ければ きっとハルドゥは一矢報いることが出来ただろう。
たとえ、ウルフバードを殺し、その後反逆者として処刑されようと悔いなど無かっただろう。
だが、ハルドゥはウルフバードを殺すことも出来ずそのままおさえつけられたのだった。

「このど畜生がァ――っ!! 死ねぇえええ!!
お前は人間じゃねェ――っっ!!」

数人がかりで押さえつけているにも関わらず、ハルドゥはまるで猛獣のように暴れ狂った。

「離せぇええーーっっ!! 離せぇーーっっ!!
おまえだけは……おまえはだけは殺す!!!!離せぇぇえええーーっ!!!!」

かつてハルドゥはここまで感情を顕にしたことなどない。
それは学者肌という職業柄か、果ては彼の温厚な性格たる所以か……
いずれにせよ、彼自身こういう怒りという感情は魂を酷使する愚かで哀しい行為だと
思っていたせいもあったのだろうか。だが、ハルドゥは怒り狂わずにはいられなかった。
もはや、帰る場所も無い。残してきた愛する娘に会うことなど叶わぬ夢だ。
ならば、せめて何か人として悔いの無い行動を起こして死にたい。
自分の枯れ果てた心を潤してくれた友人、その友人に散々迷惑をかけてきた償いもせずにどうして死ねようか。

その友人をこの男ウルフバードは虫けらのようにお遊びで殺したのだ。
絶対に許すことなど出来ない。

人としてここで怒らねば、一生 彼は人の心を失ってしまう。

それだけは人として許せなかった。

「このくそじじい……あのゲームの生き残りか……このくたばり損ないがぁ!!」
ハルドゥの顔めがけてウルフバードは軍靴の蹴りをお見舞いした。
蹴りは直撃を避けたものの、顎の先端をかすめ、ハルドゥの意識はそのまま途絶えた。

「この野郎ォ……今度こそぶち殺してやる……!」

ウルフバードが口に水を含み、噴水爆弾をハルドゥ目掛けて直撃させようとした時だった。

「ぅごが……!」

ウルフバードの口を片手で鷲掴みにする若者が居た。

「そのへんにしとけよ、おっさん。」

いつの間にウルフバードの口を掴んだのか周りのモノが気づく間もなく、若者はそこに居た。
ヘアバンドを頭に巻き、ボサボサの長髪を束ねた白髪に赤目の青年だった。
後に明らかになるが、その青年はヴィンセントと言った。

「な…なにをするがなも!!」

ヴィンセントの掴んだ指はウルフバードの顎関節の繋ぎ目を外し、
ウルフバードの下顎は老婆の乳房のように垂れ下がった。


「がもーーーーーーーーーーー!!!」
ウルフバァドは、顎を外され悶絶しながらもそのヴィンセントの手を咄嗟に爆破した。

「クッ…!!」
ヴィンセントは腕を爆破され、そのまま床に跪き兵士たちにおさえつけられた。

「かっ……きょのやろぉおお~~~~……」
ウルフバードは反撃のため、2人を爆殺しようとしたその時だった。
周囲の囚人奴隷たちが殺意の目をウルフバードたちに向けていた。

もし、このままハルドゥと このヴィンセントを殺せば
今にも囚人奴隷たちが襲いかかってきそうな殺伐とした空気が立ち込めていた。

「……きょ!!きょふはきょのひぇんにしてほいてはる!!」

外れた顎を無理やり戻しながらもウルフバードは負け惜しみを言うと、
ハルドゥとヴィンセントはそのまま懲罰小屋に閉じ込められ、
ろくに飯を与えられずに2日間放置された。
そして、ウルフバードの開拓団が新しく開梱する予定の
シュヴァルツヴァルド(黒い森)への偵察の日が訪れた。
ウルフバードは偵察がてら、衰弱した2人を森へと連行した。
ハルドゥと、青年はヴィンセントに丸裸にされ 大木に括りつけられた。
そして、身体に先ほど首を掻き切って殺したばかりの豚の血を塗りたくられた。
その姿はまるでかつての聖人アサドの磔に処せられた姿のようである。

「……てめぇらは爆殺してぶっ殺そうかと思ったが、じわじわと嬲り殺しにすることにしたぜ。
このシュヴァルツヴァルド(黒い森)には猛獣が腐るほど住んでる……
豚の血に引き寄せられて、お前らはお陀仏だ。食い殺される恐怖を味わうがいいぜ。
ひゃっはっはっはっはぁーっ!!!」

ウルフバードがそう言うのを待たず、ヴィンセントは笑いだした。

「死の恐怖を前にして狂いやがったか…囚人奴隷ごときが」

ウルフバードがヴィンセントの高笑いを虚仮にしようとするのに間髪入れずに
ヴィンセントは反論する。

「食い殺される恐怖だって……?それはこっちの台詞だ。バカめ。」

ウルフバードは負け犬の悪あがきともとれるヴィンセントの言葉に
思わず怒り狂いそうになり、アァ?!と吠えかかった。

「自分が餌場に誘い込まれたことに気付きもしねェとはな……
ここは食人族の縄張りだ。」

ヴィンセントが言い終えるのを待たず、あちこちで兵士たちや囚人奴隷たちの悲鳴が聞こえた。

「団長大変です…食人ぞ」
腕のちぎれた兵士が物陰から飛び出してきたのもつかの間、その兵士は後ろから頭の上半分を食いちぎられ
言葉を言い終えず即死した。

「なっ……なんだ!?こいつは!!!」
ウルフバードの目の飛び込んできたのは白髪に赤目の女の姿だった。
長髪をなびかせた女はパーカーを羽織っただけの半裸姿だった。というより、全裸にただ上着を羽織っただけで、
上着はボタンもチャックもせず、前開きで豊満な乳房の谷間が姿を見せていた。
下半身といえば、もう言うまでもない。おそらく何も身につけていない。
ただ残念なことに、その女は四足歩行でまるで狼のようにウルフバードを激しく睨みつけていたため
本来見えるハズの生命の神秘、夢と希望の狭間であるマ〇コを拝謁することは叶わなかった。
ただ嬉しいことだったのは乳房はまるで、実ったスイカのように垂れ下がっていることだった。
もし、状況が状況ならこの状況は男であれば天国の光景であったはずだったが、
その女の口に銜えられた脳みその欠片が、天国を地獄へと一瞬で変えた。

「はっはっはっ……ミランダ!遅ぇぞ……このアバズレがぁ!!」
嬉しそうにヴィンセントは豪快に笑いかける。


「ガルルォオオオ!!!!」
獣のような唸り声をあげたのも束の間、ミランダと呼ばれた女はウルフバードに向かって飛びかかった。

「くっ!!」
瞬時にウルフバードは近くの兵士を盾にする。

「あ」
断末魔の叫びをあげる暇もなく、兵士の腸が引きずり出される。

「うわぁぁああああああああぁぁあああああ!!」

兵士たちがライフルを手に、ミランダ目掛けて発砲したものの
当たるはずなどなく、無残にも兵士たちは頭を腕を腹をもぎ取られ生ゴミのような肉片をあたりに撒き散らす。

「じょ……冗談じゃあねぇ!!こんなところで食い殺されてたまるか!!」


ウルフバードは近くにあった水たまりを爆発させて霧に変え、その場から立ち去った。

「ガルゥッ!!」
ミランダは逃げるウルフバードを追いかけようと後ろ足をふんばろうと試みたが、
その刹那にヴィンセントは大声で彼女を嗜める。

「ミランダァ!!深追いすんなァ! それより、おまえが背中に背負ってる
俺の手はやく寄越せ!!」

ミランダは思わず、ヴィンセントの大声に驚きまるで子犬のように大人しくシュンとすると、
起き上がり後ろ足で立ち上がった。その姿は、まるで人間の女性のようだった。
その立ち姿には、兵士たちが待ち望んでいた光景……そう美しき生命の神秘である
マ〇コがフルオープンに顕となっていた。悲しいことに今や死体になってる兵士たちは、
残念ながらその光景を見ること叶わず、なんとも言えない無常な悲しみが兵士たちの死体の頭上に漂っていた。

ミランダは背中に背負っていた腕をそのままヴィンセントに向けて投げ渡した。

「良い子だなぁ……ミランダァ……実に良い子だ。」
数日前にウルフバードに爆破され、ちぎれた腕がヴィンセントの腕の傷口に食らいついた。
みるみる内に傷は治っていき、腕は数十秒で繋がった。

「ふぅううう~~~やっぱり両手が使えるのは便利だぜ。」

繋がった腕でヴィンセントはハルドゥと自分を縛る縄を引きちぎり、
倒れるハルドゥを両手で抱き抱えた。

「はぁはぁはぁはぁはぁっ!!」

ミランダはハルドゥを見ると、目を輝かせて飛び跳ねる。
股からは我慢汁が滴り落ち、まるで犬のヨダレのようである。そう、ミランダは発情していたのだった。

「おいおい…ミランダァ 股から我慢汁出してんじゃあねェぞ。
安心しろ。ようやく見つけた花婿だ。お兄ちゃんが責任持って里まで送り届けてやる。」

そう言いながらヴィンセントはミランダの頭を優しく撫でる。

「こうび する~」

ミランダは絞り出すような声で唸るように言う。
兄のヴィンセントと違い、喋ることに難があるようだ。

「クックックッ…ようやく見つけたぜ……
ジジイが抱いた人間族の女……その臭いと同じ臭いを持つおまえなら、
俺たちを絶滅から救ってくれる……」

そう…‥全ては計画通りだった。
兄のヴィンセントはウルフバード開拓団にゼロ魔素を持つ人間を探し求めていた。
というのも、彼の属する食人族は近年になって死産と奇形が相次ぎ、
今となっては子孫を残すことが出来ず、絶滅の危機に瀕していた。

元々、食人族は彼らの始祖アンソニィから分かれた者たちである。
というのも、アンソニィの代で食人族は彼を残して死滅。
アンソニィは止む無く誘拐した人間族の女性を犯し、子供を作るしかなかった。
だが、それ以降 人間族との交尾はうまくいかず、止む無く食人族は6代に渡る近親交配を続けていた。
6代目であるヴィンセントとミランダの代でついに食人族の近親交配にも終焉を迎えた。
無論、ヴィンセントとミランダに肉体関係が無いはずがない。ミランダはヴィンセントの子を身籠り、出産した。
だが、その子供は死産と奇形だらけで生まれてすぐに死亡した。
その後、ミランダはヴィンセント以外の食人族の男たちを肉体関係を結んで出産を繰り返したが、結果は同じだった。
このままでは、ミランダは出産の負担で死に至ると危惧したヴィンセントは
ミランダに交尾を禁止した。だが、情欲の盛んなミランダは兄の制止をきかず、そのまま交尾を繰り返した。
ついには折檻を受けるほどまで叱られたが、それでもミランダは懲りず、ついに交尾した相手を証拠隠滅のために
食い殺すという暴挙にまで出た。
危うくミランダは同族殺しで処刑されそうになり、始祖のアンソニィに食い殺されそうになったが、
ヴィンセントは何とかして彼女を救うために、ついにその謎を掴む。
アンソニィが交わった人間族の女の白骨死体から漂っていた臭い……それはゼロ魔素と呼ばれるものであった。
無論、ヴィンセントはゼロ魔素という言葉を知る由もなかったが、
彼はその臭いを手がかりに人間社会に忍び込んだ。幸い、彼の母親が人間族の言葉を知っていたため、
彼は流暢に言葉を話すことが出来、見事ウルフバード開拓団に潜入することが出来た。

そして、念願のゼロ魔素を持つ人間族の男ハルドゥ・アンロームを探し出すことに成功したのである。

「……ハルドゥ。てめぇはガッツもある、いい雄だ。あの殺意……俺の妹の花婿に相応しい……。
ようこそ、我が家族へ。」

意識が朦朧とし、今や眠っているハルドゥにヴィンセントは微笑みかけるのだった。
ハルドゥの意識が覚めるのはこれから数日後……食人族の里にてである。

       

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