Neetel Inside ベータマガジン
表紙

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ハルドゥがヴィンセントの元に連れてこられて1ヶ月が過ぎた。
蜂窩織炎による腫れは徐々に引いていった。急激な膨張によって
余った足の皮はまるでお好み焼きに群がる鰹ぶしのように剥がれ落ちていった。

「うわぁ~……我ながらキモイなぁ~……」

ヴィンセントに足を包む布切れを交換してもらいながら、ハルドゥはゲンナリした様子で呟く。自分の足の無残な有様はサブイボが立つほどの気持ち悪さだ。

「我慢しろってーの……足切り落とさずに済んだだけマシだろぉーが」

「でもさぁー……ヴィンセント……実際、こんな気持ち悪い足が
自分の左足だと考えると……ぅぇ」

「気分悪くなるのに見るなっつーの……ったくよォ」

自分の足を見ようと首を起こそうとするハルドゥの目にタオルを起き、
目隠しするとヴィンセントはハルドゥの左足をハンモック状に吊るしたタオルに乗せる。

「小便とクソ以外大人しく寝てろ、ったく痺れが取れてねェのに動き回りやがって…」

「分かってるが……ここ、臭うんだよなぁ~…」

「るッせェぞぉオォッ!!悪いかコラァあアァ゛!!」

「うぅ~~……そんなに怒らなくても……」

介護してもらっておいて悪いとは思ったが、お世辞にもここは綺麗だとは言えない。
如何にもたまたま有った馬小屋に、どっかの開拓団から盗んできた毛布なり天幕なりを
寄せ集めて作った鳥の巣のような家だ。時折、ネズミやアリが這い回っているのを何度か見かけて
ショタちんぽのように萎えてしまいそうだ。

(とは言え、少なくとも開拓団にいた時よりかはずーっとマシだがな。)

そう言って天井を見つめるハルドゥの顔をまたしてもあの肉布団女が
覗き込んできた。

「くうぅぅ~~……??」

肉布団女の名前はミランダといい、ヴィンセントの妹であることをここ数日間でハルドゥは知った。
なんでも知的障害を患っており、それ以来 獣のような動きしか出来ないと
ヴィンセントからは説明された。

「……心配してくれてるのかい? おいで。」

ハルドゥも最初の内はミランダを肉布団女と呼び追い払おうとするほど邪険にしてしまっていたが、
病状が快方に向かうにつれて本来の温厚な性格を取り戻しつつあった。
それにミランダがなぜ、肉布団をするに至ったか事情をヴィンセントから聞かされては
怒ったり追い払う気になどなれなかった。ミランダはハルドゥを気遣い身体を温めてやろうとしていただけらしい。
さすがのミランダも病人にファックしようとするほど、飢えてはいなかった。
病弱のオスから子種をとったところで、丈夫な子供など生まれそうにないのは
ミランダ自身の動物的本能で分かっていたからだ。

ただ、新妻気分の彼女からすれば新夫(ただし、一方的)のハルドゥと愛し合えないのは
寂しいし辛い。寂しそうにハルドゥを見つめて座り込む姿に、さすがのハルドゥも
ミランダが自分に懐いていることに気づいたようだ。

「おいで、撫でてあげる。」
そう言いながら、ミランダの髪をハルドゥは優しく撫でてやった。

「くぅぅ……きゅぅうぃぃいい……っ」

嬉しそうに目を閉じ、やがてうとうととうたた寝するその姿はまるで
犬か、文鳥さんのように可愛らしい。ミランダはそのまま寝入ってしまった。

「……こうしていると可愛いのになぁ……」
すやすやと眠るミランダを見つめながら、ハルドゥは故郷に残してきた
娘ハレリアの寝顔を思い出していた。なかなか寝付かないハレリアの頭をよく撫でては
こうして寝かしつけたものだ。

「ぅっ……ぅう……っ」
ふと目に涙が滲む。ハレリアと過ごした日々が走馬灯のように蘇る。
正直……もうハレリアの顔が思い出せなくなっていた。

人はたとえ遠く長く離れていても 愛する者の顔を忘れることなどないと言う。

それは詭弁だ。

遠く長く離れていればこそ、人は愛する者の顔を忘れようとするのだ。
それは 心が痛むからだ。
愛する者の顔を思い浮かべるたび、人は
会えない辛さ、傍にいない虚しさ、温もりのない冷たさを思い知らされる。
愛する者のいない土地で たとえ孤独でも人が生きていけるのはそのためだろう。
だが、哀しいかな……時折、人はどうしても愛する者の顔を思い浮かべてしまうのだ。

「許してくれ……ハレリア……」







ミランダの欲求不満はピィクに達していた。もうここ一ヶ月男に喰われていない。
兄はなにやら我慢しろとか何とか言っていたようだが、いつまで待てばいいのか。
その間、ミランダは部屋の隅でハルドゥが寝入るのを確認して自慰に耽っていた。

「はぁ……っ はぁっ………ぁぅ…っ!!!」
クリトリスを弄り、じわじわと勃起させようと焦らしに焦らし、
そして股間が濡れるのをその手に感じ、中指を生命の神秘のクレバスへと突っ込む。
……そう、手マンだ。

ミランダはもう我慢汁の限界だった。
目の前にゼロ魔素を持つ魅力的なオスが居るというのに、いつまで我慢すればいいのか。
もういくら一人で性処理をしても満たされなかった。

「はぁ~~~~っ……はぁ~~~~~~っ……」

ついにその夜、ハルドゥは唇を奪われてしまう。

「んぅごぉ……ぉおああ!!」

舌を絡め、締め上げるようなディープキスをしてくるミランダの
背中を指で掴み、必死に振りほどこうともがくハルドゥ。

「ぷはっあ!! や……め!!!」
ミランダの頬を両手で包み、必死にどかそうともがく。
おそらく、これはミランダの求愛行動らしきものだというのは分かった。
だが、ハルドゥは受け入れるわけにはいかなかった。
自分には愛した妻が居る。その妻に捧げたこの身体を他の女に捧げるつもりはなかった。

ハルドゥは咄嗟にミランダの舌を噛んでいた。

「っ!!!」
突然襲いかかった痛みで思わずミランダは舌を引っ込めた。
その隙にハルドゥは口に手をあてがい、ミランダから顔を背ける。
だが、視線を感じ、ハルドゥは思わずミランダの目を見つめてしまった。


「……はぁっ……はぁ……っ」
ミランダは口から一筋の血を流しながら、ハルドゥを縋り付くように見つめていた。
闇夜に照らされ、哀しく赤く光るルビーのような瞳からは大粒の涙が流れていた。

「くぅぅうう……ぅうう~~~……」
棄てられた子犬のように救いを求めるかのような目をするミランダに、ハルドゥは何も抵抗することが出来なかった。
ミランダとしてはただの求愛行動を取っていただけの筈だった、それがこんな形で拒否されることになるなんて。
ミランダに人としての心が残っているとすれば、それは乙女心なのだろうか。
愛しているのに受け入れてもらえないこの哀しみを、どうしてこのオス…いや、この男は分かってくれないのだろうか。
それが堪らなくミランダは辛かった。

ミランダのその心中など察することが出来ず、ハルドゥの目に彼の娘ハレリアの顔が
思い浮かぶ。まるで、どうして自分を置いて出て行ってしまったのかと責め立てるかのような
その娘の目がミランダを通じて思い起こされてしまった。

ハルドゥが呆然とするその隙に、ミランダは強引にハルドゥの唇を奪う。
「ごあはっ…!!!!」

必死になってもがいて気付く余地もなかったが、思わず吸い込んだ空気でハルドゥはハッと我に返る。
ミランダの口から臭う凄まじい人外臭だ。口から脳みそを串刺しにするかのように
入り込んでくる血と肉の臭い。彼女の吐息を吸い込んだ瞬間、ハルドゥの脳裏に「死」という文字が目に浮かぶ。

「ごはぁ!!げほぁ!!」

涙・鼻水・よだれが止めどなく温泉のように溢れてくる。
体が拒否反応を起こし、必死になってその臭いを追い出そうとしてしまうほどの穢れた臭いだ。
この臭はそうだ……あの臭いに似ている。
幼い頃、ハルドゥの暮らしていた街で悪臭騒動があった。
その臭いの根源を調べてみると、数キロ先のスラム街のとある肉屋からの臭いだった。
管理の行き届いていない閉店寸前の肉屋があった。
肉は蠅の大群がたかり、ネズミやゴキブリが床中を歩き回り、売っている肉の
殆どにびっしりと蛆虫がたかっていた。ろくに腸内洗浄もせずに解体された内臓からは糞尿の鼻を付く臭いがした。



………そうだ、これは死の臭いだ。動物が動物であることを放棄し、
ゴミとしての朽ち果てることを選び、最後の悪あがきに周囲に撒き散らすあの臭いだ。
「ごはっ!!ぅげ……!!」
苦しさのあまり、ハルドゥは思わず口に何か蠢くものを感じ、
慌ててそれを吐き出す。

「げぁ……っ!!ぉあっ!!」

ミランダを何とか押しのけ、ハルドゥは口元に手をあてがい吐き出された物を見つめた。

「ぁ? あっ…!!」

そこにあったのは黒く蠢く黒い幼虫だった。
そいつはハルドゥの掌で苦しそうに身体をよじり、息も絶え絶えになっていた。

ハルドゥはあまりの光景に気を失った。
意識を失って気を失ったハルドゥの表情に思わずミランダも唖然とした。
突如としてあの彼女が心より恐れる罵声と暴力が襲いかかる。

「何やってやがんだァア!!このバカ女がぁぁアあ!!!」
ヴィンセントはミランダの髪を鷲掴みにすると、そのまま後ろに投げ飛ばし壁に叩きつける。

「ぎゃぁう!!」
「ミランダァア!!て゛めェ どけゴラァあァ!!」

ミランダの鳩尾に蹴りが入り、彼女は激しい鈍痛のあまりその場に蹲る。
「か……は……あぅ!!」

ミランダは白目を剥き、苦しそうに震えだした。その痛がりようにヴィンセントはなにやら違和感を感じ、
周囲を見渡す。ハルドゥの手のひらを見つめると、そこには黒い幼虫が今にも死に絶えそうになっていた。

「この馬鹿!!てめェ!!何吐いてやがンだ!!馬鹿野郎!!」

青ざめた顔でヴィンセントは、黒い幼虫を拾い上げるととっさにミランダの口の中に、
それを放り込む。幼虫を飲み込み、ミランダの顔色に血の気が戻っていく。

「はぁ……っ はぁ……っ」

「てめぇ……俺を置き去りにするつもりだったのかァあ!どうしてだ!!!!!」

先ほどミランダが飲み込んだ黒い幼虫は、食人族の肉体を構成する重要なコアの一部である。
食人族が頭を銃弾で撃ち抜かれようと、かすり傷程度で済んでいるのはこの幼虫の分泌液によるものだ。
その幼虫を吐き出せば、身体が禁断症状を起こし最悪死に至る。


ミランダは自身を抱き抱えるヴィンセントを見つめながら、悲しそうに泣いていた。
「……フラレたってわけか。そうか。」

ヴィンセントはミランダを優しく抱きしめる。
ミランダも久々のヴィンセントの優しさに思わず、唸りながら襟首を掴み
嗚咽して泣いた。獣のミランダの人間らしい乙女の涙だった。

ハルドゥに拒絶され、ミランダは失恋の悲しみのあまり自害しようとした。
ならば、せめて愛する者に自身の幼虫を分け与え、食人族にしてから死のうと思った。
それが自分の心を拒絶したこの男への復讐になると思ったのだ。



「心配するな……大丈夫だ。兄ちゃんに任せとけ。必ずお前を幸せにしてやる…
…だから、頼むから……もう二度とこんなことしないでくれよ……ミランダ」

ハルドゥを食人族にし、ミランダと愛の契を結ばせることこそが
ヴィンセントにとっての生きる意味だ。
そのために、ミランダを絶対に死なせはしない。
改めて心に誓うヴィンセントだった。

       

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Neetsha