Neetel Inside ニートノベル
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「私はいつ現れるなど、約束した覚えはありません」
 不服そうにする少年に黒川は続けた。
「経過観察中のあなたに、余計な知識を与えるべきではありませんでした。今回の行動は無謀としか思えません」
「川口さん、噂通り強かった。どうやっても勝てそうに無かったよ」
 少年は残念そうな素振りを見せずに笑顔を見せた。
「ええ、しかし褒められることではありませんが、最後まで素性がばれるような傷を負わず良くやりきったものです」
「う、うん。怒ってるの?」

「いいえ、怒ってはいませんよ」
 黒川は首を傾げて見せるが、話の節々で時折笑顔を見せるも無表情と笑顔の中間が無い。あからさまな作り笑いに少年は狂気的なものを感じた。
「本当は戦うつもりなんて無かったんだ。――でも村山さんがぼくを庇ってしまって、結局『あの時』みたいに」
「村山さんの死を望んでいたのでは?」
「違う!」
 少年は首を横に強く振って否定し、黒川を真っすぐにみた。
「ただ誰かに見届けて欲しかったんだ。見て覚えてて欲しかっただけで――」

「しかしこれで良かったのでしょうか? 『最後の一人』は意識こそ無いものの、すぐに命に関わるような容体ではありません。あなたがヒーローに覚醒した事情を話せば結果は変わっていたはずです」
「それは、僕が話さないといけないこと? 潔白だと証明しなければ悪が勝手に決まってしまうなんて、――そんなの理不尽だよ」
 俯きながら話す少年の拳がわずかに握りこまれるのを黒川は黙って見つめた。
「―――村山さんには、本当に悪いことをしちゃった。死ぬってこんなに恐ろしいんだね。意識だけがあって真っ暗で、目覚めるまで一瞬のような、長い時間過ごしたような」
「現状では強制的に自殺扱いですからね。本来の流れに戻すにはテコ入れが必要です」
「村山さんは?」
「ここに来る前に伺って来ました。奥様と最後の別れを告げていましたよ。それと、貴方のことを気にかけていました。強い人です」

「ありがとう。ねえ黒川さん、またお母さんに会えるんだよね?」
 エーコが黒川の裾を引っ張る。
「貴方がそう望むのならそのようになりますよ。ところで、そろそろエーコが限界なので回収する必要があります。最後に名前を教えてもらえますか? 特に意味は無いのですが」
「あ! そういえば僕名前ないや。お母さんにはいつも『おい』とか『お前』で呼ばれてたからなぁ。そうだ、『鯱の子』はどうかな?」

 黒川は自身の顎を撫で、しばし考察すると人差し指を立てて少年に言った。
「いっそ、数の子という――」
「そういうのいいですから」
 間髪入れずに少年が制止すると黒川は笑顔になった。
「黒川さん、その笑顔不気味だから止めた方がいいよ。あと、笑うところも間違えてると思う」
「――おかしいですね。大分練習しているのですが」
 黒川はエーコともう一人に目線で相槌を催促するが二人は目を合わせなかった。

「ビオ、お願いします」
 黒川は先ほどのエーコと同様にもう一人のビオを持ち上げる。
 少年が横になりながら最後に黒川に質問をした。
「もし、川口さんのこと。僕と村山さんが裁かないでと言ったら、黒川さんは許してあげるの?」

「それは叶いません。貴方達が答えを見出すに、今の世界はあまりにも未熟ですから」
 ビオが少年の額に口づけをすると少年は眠るように目を閉じた。

       

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