Neetel Inside ニートノベル
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 深夜、六本木からわずかに南へ下った雑居ビルの一角。わずかなカウンター席のみが置かれたバーに川口はいた。
 あの出来事から3日経ち、自宅待機だった川口に本部から召集があった。先に医療部での検査は済ませており、内容は数名による復帰の確認面談だった。川口は木村が『すぐにとは言わない』とだけ口にしたのを思い返していた。
 
「川口さん。隣、よろしいですか?」
 川口が後ろを見ると、不自然な笑顔で話しかける黒川がいた。
「最近は素性を調べてから話しかけるのが流行ってんのか?」
 川口が言うと、黒川は笑顔のまま首を傾げて見せる。
「まあ、構わねえよ。グラスを一つくれ。あとアイスを追加だ」
 カウンター越しに店員へ川口が注文をする。
「いえ、注文は自分でしますよ」
「ボトルが大分余っててな。空けておきてえ。手伝えよ」
「そういうことでしたら、頂きましょう」
 黒川が追加されたグラスを差し出すと、それに川口がウィスキーを注いだ。
「古株の中でも、わずかな連中で迷信っつうか。変わった噂があってよ」
 オールドグラスを揺らしながら川口は続けた。
「俺たちは体ばっかり頑丈なんだが、心は人間とちっとも変わらねえ。モンスターどもを、要するに大儀を通してるうちは問題ねえんだが、やがて失敗する。全うなことをしてると信じてる手前、失敗の具合やその数によっては心が病んじまう。そんなやつらはどうすると思う?」

 黒川は自身の顎を撫でながら考察した。
「精神科に通う、でしょうか?」
「っは、まあごもっともだがハズレだ。そもそも俺たちには薬物の効果が薄い。そうなるとそいつらが出来ることなんてオママゴトみたいなもんさ」
「貴方がそうやってお酒を飲む行為もそれに似ていますね」
 川口はグラスの中身を一気に飲み干した。
「――そうかもしれん。だが奴らは違う。迷信を信じるようになる」
「どのような迷信で?」
「影だ。そのうち影が現れて終わりを告げに来る。命を奪いに。そいつらそれが来るのを待ってるって言うんだから、笑っちまうだろ? 小物はこれだからいけねえ。俺は違う。――そう思ってたよ」
「今は違うのですか?」
「ああ、俺自身にムカつくが最近はそればっかり考えるようになっちまった。もし現れてくれたら、もし終わりだと言ってくれたら。 こんな時の孤独は良くねえな。妄想ばかり捗っちまう。―――結局俺も同類ってことだ」
「川口さんが同類という訳ではありません。それでも生に執着した者もいれば、中には過ちと思わない者もいました」
「教えてくれ。お前は幽霊のような何かか? 名前はあるのか?」
「これは失礼を。黒川と申します。私が付けた仮名のようなもので特に意味はありません。霊的なものかと言われると、そうとも言えます。しかし、自然に起きる事象のようなものと考えて頂いた方が良いでしょう」

「難しくて良くわかんねえな」
 川口はウィスキーボトルを持ち、黒川へ向ける。
「頂きましょう。一つの役割で例えると魂の交通整理をしているとでも言いましょうか」
 黒川のグラスへ注ぎ終えると尋ねた。
「――あいつらも?」
「ええ、お二人にはその過程の中でお会いしました」
「俺は話せねえか?」
「そこまで万能ではありません」
「なら、俺のこと何か言ってなかったか?」
「いいえ、特に何も」

 しばしの沈黙の後に黒川が口を開いた。
「それにしてもこのウィスキーはおいしいですね。香りも良く飲み易い」
 黒川はかすかな照明にグラスを挟み、琥珀色の液体を見つめた。
「スコットランド産ですね?」
「いや、国産だ。葉巻に良く合うらしい。何度か勧められたが煙がどうも苦手でな」
「参考にしましょう」
「そろそろ出るか、いい夜だ。あいつらに比べたら贅沢過ぎるってもんだ。――贅沢ついでに一つ聞いてもいいか?」
「どうぞ」
「俺はへそ曲がりでな。色んなやつに迷惑を掛けてきた。どうしても素直になれねえ。つまりその、よ。お前は大丈夫なのかってな」
「ええ、もちろん。全力で構いません。受け止めましょう。その代わりと言ってはなんですが」
「何だ?」
「まだボトルは空になっていませんね?」
「っは、おもしれえ奴だな」

 一旦、立ち上がった川口は再度席に着くと差し出されたグラスと自身のものに注いでボトルを空けた。

「お前、想像してたよりお喋りだな」
「ええ、これが災いすることが多々あります」
「だろうな」

       

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