Neetel Inside ニートノベル
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六本木駅周辺は大規模な都市開発のため、いくつかのビルが解体予定となっていた。そのうち一つの解体用に設けられた外壁の足場を二人は昇った。
「ガキの頃、よくこんなとこ探したもんさ」
「秘密基地というやつですか?」
「まあ、そんな感じだが、立ち入り禁止ってだけで悪いことしてるみたいで、ワクワクすんだろ?」
「今のはヒーローらしからぬ発言ですよ?」
「ははっ、ちげーねえ」

「この辺りでいいだろ」
柱だけが残る室内を確認して川口は中へと入る。
二人がある程度の距離を持つと、空気が張り詰めていく。

「来ねえならこっちからいくぜ」
 川口が右足で放った蹴りは空を切り後方の柱を当て抜く。豆腐のように砕けるも飛び散った破片が弾丸の様に周辺に飛散した。一度捉えた相手が目の前から消えようが、川口にとって大した問題ではない。頭の中で正確に視野外を補填する。前の動きが予備動作であったかのようにそのまま真上へ跳躍。体の軸ごと左足に預けた再度の蹴りが、黒い影を確かに捉えた。
 天井を突き破り、そこから屋上の星空が覗く。川口はズボンが鉄筋に引っ掛かり逆さまにぶら下がっているのを、勢いよく上半身を起こし星空へ身を投げた。
 
「不死身か?」
「いいえ、我慢強いだけです」
川口の視線の先には、平然と優雅にコンクリートの細かな破片を払う黒川の姿があった。
 川口は小さくボクシングスタイルを取り一気に前進する。砕ける足元のコンクリートがどれほどの勢いであるかを物語る。黒川はステッキの先を川口が前進してくる方向へ『ただ向けた』。ところが川口にとって、その間も位置も最悪だった。身を捻りそれを交わすも黒川に足元をすくわれ、勢い余り反対方向へ吹き飛ぶ。
「お前、性格悪いって言われねえか?」
「言って下さるほど親しい友がおりません」

川口は両足を先に起こすと、振り下ろす反動で立ち上がる。再度距離を詰め連続して攻撃を仕掛けるが、黒川に丁寧に捌かれる。
どれほどの時間川口が一方的に攻撃を仕掛けたろうか。
「十分だ。そろそろ終いにしようぜ」
川口が後方に大きく跳躍すると告げた。対する黒川は小さく会釈をする。
川口は左拳を作ると人差し指の間に息を吹き込んだ。拳が蒼白く輝く。よほどの高温なのか拳を挟んだ先の景色が歪んで見える。
「今のところ必殺、唯一自慢の一撃だ。少しはビビりやがれ」

大して照準を合わせる必要も距離を詰める必要もない。大きく振りかぶり黒川へ向けて拳を振り切った。
扇状にコンクリートがめくり上がりと、爆発となって周囲を吹き飛ばす。

『後ろにいる? 振り向いて攻撃をする? 近い? このまま前方へ跳躍? 再度距離を取る? ――いや、勝負は決している』
川口の思考は一瞬だった。
「最初から必殺狙いか。やっぱ性格悪いぜ。お前」
僅かに繋がった呼吸で川口は言った。
最後に川口が見たものは、満天の星空とそれに吸い込まれそうな自身の体。
最後に頭を過ったのは少年の言葉。

『あなた達にも裁きはいずれ』

黒川は鞘を納めたステッキに身を預け、しばし夜景を見つめていた。
彼は穏やかに黒川の腕の中で眠る。
やがて強い風が吹くと、黒川はそれに合わせてゆっくりとビルの谷間へ姿を落とした。






 黒川は疾風の如く地を、空を駆ける。世界に残る秩序と理を維持するために。望まず人外となったもの達に僅かな救いを与えるために。長き刻の中、鬼と呼ばれ、悪魔と呼ばれ、死神と呼ばれた。新たな混沌の中、次は果たして。彼は名を付けてくれた愛しい者達のために今夜も絶対の法であることを誓う。

       

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