Neetel Inside ニートノベル
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 村山は必死で現在に至るまでの過程を整理していた。
車のアクセルを踏み、ゆっくりと駐車場を出る。警戒隊に見つかったとして、それで詳しい状況が聞き出せればそれでも良しと思ったのだ。サービスエリアと本線の合流を出たところで後方を見ると3色ライトが微かに路面に反射しているのが分かる。移動警戒中なのか、豪雪のため距離感は掴めなかった。

 雪が入ることを気にもせず運転席の窓を開けて周りに変化がないか集中した。

 数分経過したろうか、一向に変化はない。
もしかすると自分のいる場所は作戦域の端、全く影響がない場所だったのか。思考を巡らせていると天井からギシリと鉄の歪む音が聞こえた。
 
 天井から運転席の窓に目線を移そうとした瞬間、途端に視界を失い上半身に強い圧迫を覚えた。
後のことは思い出せず今に至る。

「こんばんは」
 目の前には小柄な少年が上半身を横に傾け、長髪をゆらしながら挨拶している。紺色のブレザーを着ているせいか学生にも見える。身綺麗な容姿と屈託のない笑顔から、混乱していた村山自身も警戒心が自然と消えていくのを感じた。

 村山はソファから身を起こし、今度は現状を整理しようと努力した。
「あの、ここは?」
 声が裏返っての質問に村山自身が恥ずかしそうに頭をかく。

「ここは僕の別荘だよ。『特別な日』に来ることにしてるの」
辺りを見渡す村山に少年は答えた。少年はテーブルの上に食器を並べ、入念に遠くに離れて配置を確認したりと忙しそうにしている。
 村山が周りを見るとコテージの中、というより古く丁寧に管理されている家具と、火の光だけで明るく彩られた全体はまるで童話に登場する民家のようだと思った。

「君みたいな、若いのに、ご両親が用意してくれたとか?」
「ううん、違うよ。僕が僕自身で用意したんだよ。村山さん達みたいに両親はいないもの」
 両親がいない、しかしそれ以上にこちらの素性が分かる相手に村山は緊張する。
「俺の名前、どうして?」
「ごめんなさい。勝手に財布の中、見ちゃって」
「ああ、そうか。まあ、それなら仕方ないな」
 作業を止め、村山へ丁寧に頭を下げる少年に不思議と悪い気はしなかった。

「ねえ、写真の人。奥さん?」
 再び作業を続ける少年が次の質問を考えている村山より先に尋ねた。
「ああ、去年ね。でも出張ばかりで中々一緒にいられないんだ。その上共働きなのに家のことは全部任せちゃって」
「そう、それは寂しいね」
「今度長い休暇をもらって旅行にでも連れて行こうと思ってるよ」
「うん、そうしてあげるといいよ! ねえ、他人同士が家族になるってどんな感じなの?」
「ええっと、難しいなぁ。一緒にいたいと思える、とか? 君には、その――」
「村山さんが言うような関係なら少し前までいたよ。もう死んじゃった」
「あ、――その、なんていうか」
「気にしないで、会えない訳じゃない」
「そうだね。きっと君を守ってくれていると思う」
 少年はふと手を止め村山を見つめると、にっこりと微笑んだ。

 しばしの沈黙に耐えかねた村山は質問を続けた。
「その食卓は何のために?」
「大切なお客様が来るんだ。もうそこまで来てるかも」
「ああ、俺はてっきり」
 照れ臭そうに自身の頭を撫でる村山を見て、少年は両手を一度叩いた。
「いけない! ごめんね村山さん。お腹空いてる? 何か持ってくるね」
「いや大丈夫だよ。食欲は無いんだ。でもこんな夜中に尋ねて来るなんて変わっているね」
 村山が時計に目をやると深夜2時を回ったところだった。
「あの人たちはこんな時間帯の方が良いと思ってるみたい」

 村山は確信するのが恐ろしく、押し殺していた質問を口に出すことがないまま解決する予感がした。
「良いって、何が?」

「僕を殺すのに」

       

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