Neetel Inside 文芸新都
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「お久しぶり、笛吹くん。タバコ吸うんだ?」
「いや、買ってみただけさ。いる?」
 待ち合わせ場所はクソみてえなハチ公の前だった。外国人が馬鹿の一つ覚えみたいに集まっていた。群馬の田舎もんがアホ面晒してガキみてえに騒いでてムカつくことこの上なく、一発で五人殺せる兵器を開発するためにカルテックに入学しそうになった。
 何よりも、僕も彼女も山梨というこの上なくどえらい田舎から出てきた、一部の隙もない完璧なる糞田舎の垢抜けないガキだったというのが耐えられなかった。僕はアホみたいな柄のスカートを穿いた彼女の手を引っ張って、せめてもの救いにと、ハチ公前から、その近くにあったよく分からん電車のモニュメントの前まで十二歩きっかり歩いた。
 彼女のスカートはピアノの鍵盤柄のぐっと短いやつで、僕は半分失神しながら、彼女のスカートを見ないように努力した。これはかなり気合を入れないといけなかった。あんまり馬鹿にしすぎて、その場で彼女がスカートを脱ぎ始めるというのは、彼女の社会的地位のためにも避ける必要が……ねえなあ。ねえよな。ないね!
 へ、へ、へ!
 《覚悟しな!》と僕は心のなかで叫んだ。《九時半に呼び出しやがってよ!》
「八代、君、もしかして気が狂ってんのか? それともピアノで自慰行為するんだっけ? くっそ、中学生の時に俺も同じ趣味になっときゃよかったな」
 彼女は僕の方を絶句して眺めた。
 僕はピアニッシモの箱を差し出して「ちょうどピアノだぜ。こっちはピアニッシモ。そっちはピアノフォルテ。これは細いから、君にとっては使い出が無いかな? あれ? ニコチンの摂取方法は肺だけじゃないって知ってるかな? ちょっと待ってるからトイレ行って試してきてもいいぜ。肌を綺麗にしておいでよ。手早く頼むぜ。僕も君のことを考えたいからね」と小粋なジョークを飛ばして、彼女の手にタバコを握らせてやった。それからたっぷり三十秒僕は(漫+猥)談を披露してやったが、ウケたのは隣に立っていた外国人だけだった。プラチナ・ブロンドの、『ミス・バカそうな女』に選出されていてもびっくりしないテの女だった。
笑ってんじゃねえよドントメイクファンノブミー。とっととオランダに行ってマリファナ吸ってろ」
 外国人はぎょっとしたように謝罪の言葉を口にした。僕は肩をすくめて、形式的に笑顔を作った。これ以上ここにいる理由はなかった。僕は彼女の手を引いてくそみてえな銀座線の改札をくぐって、彼女と一緒にくそったれなオレンジ色のメトロに乗り込んだ。
 突然、何もかも色を失った。僕は呆然とした。あれ? 僕は何を見てんだ? 僕はそれを尋ねようとして、一瞬にして質問事項が天文学的な数字に膨れ上がるのを感じた。僕は誰といるんだ? 『誰』とは何だ? 『いる』とは何だ? くそっ! 哲学者に任せろ、ノンノブマイビジネス! 僕はぎゅっと目をつぶって、彼女のハンドバッグに手をかけた。
 彼女は「大丈夫?」と本当に不安げに声をかけた。こういうのって色んな意味でたまんねえよ。僕は知ってんだ。八代って娘が、はっきり言って気が狂った母親から生まれた政治的にはほとんどイカれたガキだってことも、でもとっても馬鹿げたレベルで心優しい少女だってこともね。そういうのってマジでぶっ飛んでくそみてえに耐えられねえことなんだよ。

       

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