Neetel Inside 文芸新都
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 僕が通っていた小学校には小さな農地があった。
 そこは三つに区切られていて、小学一から三年生までが、それぞれ何か野菜を作っていた。さつまいも、とうもろこし、そしてヘチマ。毎年同じ作物だ。春が終わる頃に撒いて、夏に世話をして、夏の終わりから秋に収穫する。他の多くの場所と同じような筋書きだ。
 夏休みになると、その『農園』の当番が組まれた。出席番号の若い子から始まって、おしりまで。毎日、九時くらいに学校に来て、水やり、草むしり。簡単な仕事だ。僕にももちろんその仕事は回ってきた。
 二年生、とうもろこしの学年。僕の当番の日。ラジオ体操を済ませて、セミが鳴き始めた頃に、僕は学校に向かった。すでに太陽は半分くらいのぼっていて、ランニングの首筋をじりじりと焼いた。眼が乾く暑さだった。自分の呼吸だけが妙に大きく聞こえる。
 『農園』は草いきれでむっとしていて、蚊が耳元をぷうんと飛んだ。僕は慌てて首筋をばちんと叩いたが、残ったのはぴりぴりとした、いくらこすっても治らない痛がゆさだけだった。
 とうもろこしの背丈は随分伸びていて、もう僕の伸長を越していた。筋のピンと通った葉っぱがみっしり重なっていて、『農園』のとうもろこし畑は、ちょっとした密林みたいだった。映画で見た。お父さんが難しい顔をして見ていた映画のシーンだ。
 僕は適当に水を撒いた。水は湿気の多い空に広がって、ぱたぱたと葉っぱに掛かった。ぼつぼつ、ぱたぱた、ざあっざあっ……水を撒くのは楽しかった。蟻が葉っぱの上にとまって、大きなしずくと一緒に落ちていった。
 僕はその蟻を手に取ろうとかがみこんだ。蟻はとうもろこし畑の奥に転がったみたいだった。僕は畑の中に入っていった。四つん這いで、膝小僧が土で汚れるのも気にしない。土の匂い。草の匂い。風がどこからか吹いて、細い筋になって僕の頬をかすめた。がしゃらしゃら、と頭上で草が音を立てた。
 僕は蟻に手を伸ばそうとして――横にあったとうもろこしを折った。
 とうもろこしの幹はいとも簡単に折れた。ぼくっ、という鈍い音。にちぃ、にりにり、と、幹の繊維が剥かれていった。
 僕は慌てて幹を支えた。とうもろこしの幹を継ぎ直そうとした。僕には出来るはず。積み木と同じはずだから。
 しかし、とうもろこしは何度やっても元通りにはならなかった。立て直すほどに、幹の折れた断面は土で汚れていった。白と黄緑の幹。土で汚れて。ぐずぐず。夏場だから、腐っちゃう。
 誰のだろう。誰のを折ったんだろう。嫌だ。僕ののはず。僕のを僕が折ったんだ。そうじゃなきゃ、そうじゃなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。水はやったし、草もむしったし。
 嘘を吐いちゃえ。誰もわからないはず。とうもろこしを折ったのは僕じゃありません。僕じゃないんです。僕が水をやった時は普段通りでした。僕は何もやってません。違うと思います。
 誰だよ、折ったの、最低だな。ホントに。しかも黙ってるなんてさ。卑怯だよね。
 ――水谷じゃね? マジで? あいつが? そう思った。
 誰かのうわさ話。僕の苗字はない。良かった……。
 水谷くん。
 水谷くん……。

       

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