諸兄に注意。子供にあんまりガチな怖い話するもんじゃねえ。マジで。本気で。
 笹崎はちょっと引くくらい怖がっていて、「そこにいないと許さない」と一方的に宣言し、風呂のドアを全開にしてシャワーを浴びた。僕にドアの前で周りを見張れとまで言った。風呂から上がっても、まだ怖いらしく、僕のベッドを使うと勝手に宣言をした。
「あんたはこの部屋から出ないで」
「僕はどこで寝りゃいい?」
「床にでも寝りゃいいじゃん! あんまり馬鹿にすんな! 殺すぞ!」
「化けて出るぞ!」
 これは彼女をだまらせるのに効果があった。彼女は黙ったまま布団の中に入った。僕は椅子をベッドサイドに持ってきた。
「電気――」
「あたしが寝たら消して」
 自業自得っていうんだっけな。こういうの。カルマ。彼女が寝るまで。「分かったよ」と小さく言った。僕の声は他人を安心させるのに向いていない。昔、付き合っていた彼女にフラれるときに言われた。「笛吹くんの声は安心できない」。ごめんな。黙って、部屋から持ちだした本を読んでいた。何だか僕は疲れてしまった。ひどく疲れた。
 彼女は枕を掻き抱いて、冬眠中のヤマネみたいな体勢で黙っていたが、突然、くるりと寝返りを打った。僕の顔を覗き込んだ。
 咲が羽布団の中から手を差し出した。僕は黙って握ってやった。僕の手はアホみてえに冷たかったらしく、彼女は一言文句を言った。じゃあ触んなよ。ごめんな。手が冷たくて。本を読むと手が冷えるんだ。僕は混乱していた。
 僕の手を握りしめて、彼女は目を閉じた。僕はそのまま椅子に座っていた。彼女が寝入った。電気を消した。椅子から立ち上がった。怖い思いをさせてすまんね。でも怖がりなのも考えもんだぜ。僕が悪いんだよ。もっと怪談に慣れときなよ。ジョークってのがわかんないのかね。出来心だったんだよ。
 ドアを開けようとした時、突然、笹崎が叫んだ。
「――いやだ!」
 体がびくっと緊張した。怪しい発音だ。寝言だと分かった。僕はため息を吐いた。再び彼女が呟く。言葉にならない言葉。無意識から上がってきた言葉。記憶の整理――夢の国の言葉。枕の中の世界の言葉。
「――サカシタさん……」
 サカシタさん? 僕は繰り返した。彼女は答えなかった。あの男のことを知っているのか? 別のサカシタさんか? 僕は混乱した頭のまま――本来は――彼女の部屋に入り、ベッドに潜り込んだ。僕も寝言がひどいと言われたことがあった。明日言ってやってもいいかもしれない。くだらない話。中世の貴族にも、自分の寝言をひどく恐れたやつがいたらしい。僕は何を考えているんだ? まぶたを閉じた。
 結局、なんで笹崎がここにいるのかは聞けなかった。