フロントマンは昨夜と同じだった。彼女と僕は顔を見合わせて、どちらともなく微笑んだ。
 会計を手早く済ませた。深夜のチェックイン、朝食なし、早めのチェックアウト。値段もそれ相応。彼は丁寧にお辞儀をした。しなくていいさ。咲の方をちらっと見やって、僕に「うまくいくといいですね」と囁いた。僕は目線で礼をした。
「あの」
 笹崎が、低い声で口を挟んだ。フロントマンは小綺麗な笑みを浮かべて、彼女の顔を見た。あまり綺麗とはいえない床を、彼女のスニーカーがコツコツと叩いた。
「どうかなさいましたか?」
「失礼じゃなければ聞きたいんですけど、あの、あんた――あなたって、いつ家に帰ってんですか?」
 僕は笑わずに彼女を見守った。
 彼はカウンターに指を組んで、薬指に嵌った銀の指輪をいじった。それから、ペン立てに刺さっていたボールペンをくるくるといじりながら答えた。
「私は帰らないんですよ。住み込みです。支配人がフロントに出るホテルは珍しいでしょう?」
 曖昧な沈黙。彼女はカウンターに置かれた領収書を見る。それからもう一度、初老の男の顔を眺めた。それからロビーの隅の方を見た。
 彼女は左眉にくっきりとしたしわを浮かべて、それから尻のポケットを探った。畳まれた二千円札を取り出して、カウンターにそっと置いた。支配人は彼女の顔をじっと見て、「受け取れません」と言った。僕は黙って二人を見ている。彼女が、裂けそうに薄い唇を舌で舐めた。それから、ゆっくりと言葉を準備した。
「……受け取れなんて言ってません」
 間。
「マッチが買いたいんだけど、足りますか」
 初老の男は目をつぶって、遠い昔を思い出すように、少し動きを止めた。それから首をやれやれと振って、手元から小さなマッチ箱をひとつ取り出した。