Neetel Inside 文芸新都
表紙

彼女の靴を履かせてくれ
この青い花に名前をつけてさ

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 ファストファッションの店で、つまらねえ服を買った。タートルネックが何枚か。下着が何着か。ウォッシュされたジーンズとカーキのズボン。彼女がニットをご所望だったので、それもカゴに入れた。会計は当然だが僕持ちだった。
 全くやんなるぜ。彼女はそれでも楽しそうにしていた。そりゃ楽しいだろ。僕だって誰かのどえらい財布から勝手にカネをぽいぽい使えりゃ最高にハイになるってもんだ。塵は塵に。灰は灰に。服は福と同じ音だ。福は内――肉体へと。内側に人がいるから。混乱してんな。やってられねえ。しめて一万五千円なり。残金はだいたい三十万円だ。
 タイムズの黄色い店で、冬の夜空みたいな紺色の車を借りた。彼女は気に入ったように見回して、タイヤを小さく一回蹴った。
「行くぞ」
「オーケー」
 店員は怪しげな視線を向けたが――僕と笹崎を順番に二回ずつ見て――一回左頬をぴくりと痙攣させただけだった。仲の良い兄妹ともいかんが、十何歳児を無理やり引きずり回しているようにも見えないってわけだ。まだ可能性はあるが、無視できる。例えば、笹崎がとんでもねえサディストで、僕はイカれた性的倒錯者で、どんな馬鹿げたことでもしてしまう、とかなんとか。まあいい。
 ドアを閉めて、僕たちは東京の街を進み始めた。天気は晴れ。冬は晴れが似合う。彼女はカーステレオをいじっていたが、やがて戻せなくなって、諦めたようにほっぽり出した。
「何、ニヤついてんだ。ちゃんと戻しとけよ」
「いや、あんた、運転出来んだなって」
「僕もそう思う。びっくりだね。ル・マンに出る予定ができた。優勝したら呼んでやるよ」
 間。しばらく時間が経った。信号機のルビーが何回かエメラルドに変わり、逆にエメラルドがシトリンを経てルビーに変わった。彼女は通りすぎる車種を訊いて、僕はそれの幾つかを答えた。楔が二つ並んだやつは分からなかった。ごめんな。
「前、青だよ」
「おう、すまん」
 間。彼女は助手席に深く腰掛けていたが、「あのさ」と切り出した。
「何だ」
「カーナビ出して。ちょっと横でとまって」
 僕は言われたとおりに小道に入って、路肩に車を止めた。一方通行じゃないといいが。僕はコンソールをこきゃこきゃと操作して、地名入力まで出してやった。それでも笹崎は深く座ったまま、手短に住所を告げた。
「とにかく行って」
「理由がなきゃ動かねえんだ。とにかくってのも理由のひとつだがね」
 彼女は黙って、ずるずると背もたれから崩れ落ちた。それから、「お世話になってんだ」と言った。僕は住所を打ち込んで、パーキングからドライブにギアを入れた。お世話になってんだな。
「ひとつ言う。ひとつだけだ」
「何?」
「今日、月曜だ」
「仲子ちゃんがうまくしてくれてる。学校の先生だってあたしのことくらい知ってる。事情って意味。いくら馬鹿でもそんくらいは知ってるよ」
「いくら馬鹿でも」
「そ。で、今からその馬鹿のいるところに行く、つーか行きたい、だから行って」
 だから行って。全く困ったもんだ。
 僕はウィンカーを入れた。リズムは心拍数と同じ。ちょっと緊張した時の。鼓動のリズムは車ごとに違う。リズムの奔流。支流など無く。チカッチッチチカッ。緊張した拍。三連符。近づいて遠ざかる。組み合わさった数列。車の流れ。原初の音楽。
 笹崎の方を見ると、ウィンドウに頬を貼り付けて、目を細めていた。

       

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