Neetel Inside 文芸新都
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 気詰まりのまま車は走りだした。エンジンは円滑に。ブレーキはぶれずに踏まれる。アクセルはあくせくと働く。頭でっかちな韻を並べて、僕は結局飴玉でも舐めるのさ。柄がプラスチックの。紙ナプキンをご用意。
 僕たちは赤信号で停まった。皆、せき止められるんだ、今また。倒置法が創りだすのは韻の化け物だ。
 ダッシュボードの上に、五万円が散らかっている。路上には落ち葉が散らかっている。どこにも何かが散らかっている。掃除屋がいねえんだ。昔はいたはずなのに。
「片付けろよ」
「やだね」
 沈黙。サイドブレーキをカチカチカチカチを引き上げた。ゆっくりと。これ以上、沈黙なんてやだね。彼女は喋り出した。
「あのさ、はっきり言って、あたしは、さっきの、後悔なんてしてないし、するつもりもないし。誰の前でもさ、五万円じゃなくって、これが欲しかったんだって言ってやるつもり。このすっごく嫌な空気がね」
 彼女の、小さいがはっきりした形の手が五万円をかき集めた。対向車線の車のナンバーは1532。1×5+3+2=10。
「あたしはさ、うんざりしてんだ。マジのマジに。あんたさ、ジョーモン時代って知ってる?」
「エス・エム・クラブのことじゃないんだよな」
 歩行者用の信号が赤になる。時間はないぜ。人生は八十。六十にして耳順う。奴隷にお誂え向きになる。冷水を飲んだお年寄りに杖を授けたもう。ペルセウスにも靴を貸したじゃないか。蛇を一匹外してくれ。
 彼女はサイドブレーキのボタンをカチカチと押した。
「ジョーモン時代はさ、きっと皆、ちゃんと払ってたんだと思う。毎日がドキドキしてたはず。フジワラくんがイノシシに追いかけられて、腕を三本でも折って仕留めてきてさ。汗を流して土器をこねて。あたしはそういうのが好きなんだよ。どっかで誰かさんが死にそうになりながら育てた鶏を、五百円で買うのより」
 信号は青になった。僕は黙ってサイドブレーキを戻して、アクセルを入れた。
 実家はもうすぐだ。彼女は手近な本を拾い上げて、パラパラとめくった。

       

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