「ねえ、このおじさんって結局自殺したんでしょ」
 と彼女は口を開いた。僕は相槌を打った。
「馬鹿げてる――そんなんだから川に落ちて死ぬのよ」
 曖昧に笑った。
「そう思わない?」
「津島くんが言った言葉で、少なくとも一つだけ正しいことがある」
 は? と彼女は尋ねた。僕は街路樹を見た。下に置かれたポットを見た。干からびた草が、なんとも無く突っ立っている。処刑が終わった後の死刑囚みたいに。銃弾が胸に五発。その後、処刑場が閉鎖されたのだ。死体はどんどん干からびていく。毎朝、ハゲワシが来て肝臓の辺りを突く。突く。突く。突く。
 僕はなんとか嫌な幻想を振り切った。
「『富士には月見草がよく似合う』だ。富士山を右手に、月見草を左に置いて眺めるんだよ。交互にな。キミの言葉を借りれば、そういうのが好きなんだよ」
 石和のひなびた駅前を通りすぎて、甲府駅に続くバイパスに入った。パチンコ屋、馬鹿でかい靴屋、焼肉屋、ネットカフェ。どれも色あせて、死んでゆく。古代日本の即身仏みたいに。だんだん水分が抜かれて。
「月見草ってどんなの?」
「黄色くて、小さい花で――」
「あのさあ」
 シャコタンの馬鹿げたワゴン車が僕たちを追い抜いて、前に割り込んだ。遮光シールのせいで中は見えなかった。彼女は続けた。彼女は両手を前に突き出して、何だかぎこちなく、想像上の細い物体を包むようなしぐさをした。花だと分かった。細い茎に生えた、小さい花だ。
「何でそれを別の名前で呼べないの? 月見草って名前つけてさ。あたしはあんたのことを『人間』なんて呼ばないし、あんただってあたしのことをそう呼ばない。なのに何であんたは、その小さくて可愛い黄色い花に、そんな名前をつけんのさ。あたしは、うんざりなんだよ。そういう事をしてって、あたしの頭がどんどんちっちゃくなるのが。図鑑でも読んで、ちょっとずつ、あたしの世界があんたちに奪われてくんだ――あんたたちが、この青い花に名前をつけてさ」