僕は写真を持ったまま、ゆっくりと階段を降りた。ステップを踏み外さないように注意しろ。つやつやの床の上を歩いて、湿った空気を吸い込んだ。
そっとドアを開けた。曇り空が広がっている。真っ白い空だ。どこにも影は出来ない。
鍵を回す。ひどく重かった。『平和』の中に鍵を入れた。道路を猫が横切った。三毛猫だった。雄だろう。僕にはそれが分かる。あれは雄の三毛猫なのだ。
車の中には、笹崎が待っていた。彼女の顔に表情はなかった。
彼女は僕の写真を眺めて、それから一言、口走った。
「言ったでしょ、あたしは、昔のほうが信じられるって」
僕はエンジンを入れた。車を発進させた。誰とも、何の車とも会わずに進んだ。この世界には僕と笹崎と母親しかいないような気がする。そんなことはないのだ。何かが待っている。笹崎。僕も正しいのかもしれない。
あの日々に潜んだ化物が出てくる時が来たのだ。僕を見つけて、僕を殺す時が来たのだ。母親と共に消え去った獣が現れる日が来たのだ。それはただ今まで眠っていた。幸福の中に体をうずめて。
「本当に行くんだね」
もちろん。
僕は『バミューダ』をこじ開けに行くんだ。
閉じ込められた船たちが勢い良く飛び出して、あの薄暗い側溝の下から、息せき切って飛び出すのを待っている。解放。あるものは旗を揺らし、あるものは底に取り付けられたセロテープ製の
僕はそこにたどり着いた。
母親の待つ場所に。