Neetel Inside ニートノベル
表紙

社畜山田のXファイル
信号機

見開き   最大化      

 最近は車での出張が多い。
 この東名高速も首都圏を抜けるとしばらくはだらだらと平坦な道が続く。丁度好きなFMラジオがノイズ音へ変わる頃には耐え難い眠気に襲われてくる。
 可能なら他の交通機関を利用したいものだが、客先へ紹介するための商材が足を引っ張り中々願いは叶わない。運転が嫌いというより、都内の狭い道や、渋滞など。田舎暮らしが長い俺にとっては恐怖でしかなかった。学生の頃を思い出すと、むしろ今より車が生活の中心だったような気がする。

 俺がまだ群馬の実家に住んでいたころ。
 車の免許を取り立てだった俺は、親から借りた車を運転して毎日のように遊びに出掛けた。バイト帰りは友人宅へ迎えに行き、24時間営業のゲームセンターやアウトレットショップなどで時間を潰す。当時、卒業を控えた高校生の身分で派手に遊んだものだ。きっと俺なりの背伸びだったんだろう。

「なあ、あの子ら声掛けようぜ?丁度二人組だし」
彼を仮にK君と呼ぼう。異性を見かけるとすぐこの台詞を俺に投げかけてくる。一方、俺は興味が無いといえば嘘になるが、先々のトラブルを考えると避けておきたいところ。こんな時はK君に魔法の言葉を掛ける。
「でも俺達、金ないじゃん」
 K君も馬鹿ではない。これで過去の苦い思い出が浮かぶのだろう。実行に移すことはほぼ無くなる。そうしていつものライフワークを終えると、俺は彼を自宅へ送る。

 彼を迎えに行くのは決まって22時頃、大分離れてはいるがコンビニまで出てきてもらう。お互い余程都合が悪くなければ帰りは翌日の1時くらいになる。帰りだけは家の前まで送る。これがいつの間にか二人の決まり事になっていた。

 彼の自宅というのが、国道から道は逸れ、やがて田んぼ道となり、いよいよ住宅も疎らになった頃に見える雑木林に囲まれた古い日本式の家だった。
 家で降ろすのはいいが、Uターンが難しい。いつもそのまま直進し、そのまましばらく暗い雑木林が続く道を走り抜けて帰る。少し距離が延びるだけで大した問題ではないのだが、一つだけ面倒なことがある。
 それは信号機だ。車どころか人などいるはずが無い場所と時間。これに俺は度々足止めされていた。その上、一度捕まると兎に角その待ち時間が長い。いつも魔が刺しそうになるのをフロントガラスの右奥で反射している初心者マークと、万が一警察がいたらという我ながらの小心が勝り、無視して通り過ぎることは一度も無かった。

 K君とはほとんどが平日に遊び、週末遊んだという記憶は余りない。確か彼が週末限定のバイトをしていたように思う。大学への進学を控えた頃に珍しくK君と昼間に遊ぶ機会があった。その頃には彼にも彼女が出来たらしく自慢してくる。丸くなったと言えれば良かったが、例のナンパしたい病は相変わらず。俺は余計な面倒ごとに巻き込まれないよう、より行動に気を付けるようになっていた。
 
 その日に限って昼間、家へ迎えに行くと彼を助手席に乗せた。彼女とメールだろうか、携帯を見つめボタン操作に必死だ。いつも通りUターンはせずに国道へ出るために直進した。昼間だと深夜と違い不気味さは無く、のどかな田舎の風景が一面に広がっている。例の信号機には足止めされることもなかった。
「この信号機さ。帰りいっつも停められるんだよ」
 通り過ぎ様になんとなくK君に愚痴を言うと、彼は相変わらず携帯を見つめながら特に意識する風もなく答えた。
 俺は通り過ぎた後、ゆっくりと車を停めバックミラー越しに信号の3色ランプの下辺りを見つめてやっと気づいた。K君はふと俺を見て、『何? どうした?』と表情で尋ねてきた。
「いや、何でもない」
 俺はそれだけ答えて、また走り出した。
 それ以降K君を家へ送った後は、何度も切り返し、元来た道を通って帰る。2度とその信号機は通らなかった。
 
 確かK君はあの時こう言ったのだ。
『通る時間じゃないのに珍しいな』



そういえば少し前、知り合いずてにK君が結婚し子供が出来たことを聞いた。彼の前傾姿勢を俺もそろそろ見習うべきなのか悩んでいる。

       

表紙
Tweet

Neetsha