Neetel Inside 文芸新都
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水月
どうしようもない

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本日の創作テーマ/モチーフ/お題は、

『愛』『が嫌い』
#本日の創作テーマモチーフお題
https://shindanmaker.com/594972





『どうしようもない』





 コーヒーチェーン店でショートのホットソイラテで手を温めながら、目の前の未知の生物を見つめる。いつも通りの美味しさを私に提供してくれるソイラテは、この吐いてしまいそうな現状の一筋の清涼剤だ。対面に座ってる男は、なかなか整った顔立ちで、清潔感のある短い髪に皺のないシャツを着て、マグカップを持ってにこやかにこちらを眺めている。中身は今日のコーヒー、マグカップの大きさからトールのようだが、男の大きな手はマグカップが似合っている。
 休日にぶらぶらと繁華街を回っていたら、男に捕まり、何故かここに座っている。眉目秀麗、有望株、将来幹部候補、なんて中々魅力的な評判を持っている男を私は大嫌いで、しかしながら男は私の事が大好きらしい。何故男は私が好きなのか、何故皆は男を薦めてくるのか、何故男がストーカーに見られずに男の思い通りに事が進むようになっているのか、全て全てが謎だが、要するに私はストーカーと膝を付き合わせてお茶なんぞに付き合うはめになっている。
 男に少し視線を向けて確認するとまっすぐにこちらを見ていて、溜息を一つついてスマホを弄る。ラインのよくわからない公式ページやら、ニュースページやら、今必要が無いものを見てラテを飲んでいても、男は一方的に話しかけてくる。
「この後どこか行きませんか、僕知り合いのお店で良いイタリアンあるんですよ。それかお寿司とかどうですか、あとはフレンチでも中華でも何か好きなものを言ってくださればお店用意しますんで」
 無視、只管に無視だ。周りの客の微妙な視線が気になるが、一度返事をするだけで目を輝かせて返答してくるのでそんな愚挙は冒さない。
 隣の人のスマホがちらりと見えた、隣のカップル喧嘩しててイケメンがめっちゃ無視されてる、それでもイケメン怯まないwwwという文面だった。ねぇ、私たちカップルじゃないんだけど、喧嘩してないんだけど、総毛立ちそうな言葉だ、誰がこんなのと付き合うか。休日に私をストーカーして、断られないように人が沢山いる店に連れて来て、それでいて私を怒っている彼女みたいな立場に仕立て上げて、自分は寛容な彼氏みたいな顔で居座って。 
「ねぇ」
「はいっ!!」
「何で付きまとうの?私言ったよね、お断りだって、知ってるよね、私の噂とか」
 誰とも付き合わない替わりに誰とでも寝たり、何でもする。恋人とかそういうのは信用出来ないし、愛だの恋だのわからないし、この世は等価交換で出来ている、が信念なので目に見えないものは信じない。それは会社全体に広まっていて、都合の良い女ナンバーワンの立ち位置を確保している。一部おせっかいな連中が、男も女も私に説教垂れて来たが、一向に素行を変えずにいると自ら去っていった。仕事は普通にこなしているので、飲み会に出なければ揶揄もされないし、遠巻きに眺められるだけだった。私は皆と違う水槽の中で好き勝手に泳いでいる魚みたいなものだ。好きに食べれば良い、ただ縛られたくなかった。
 目の前の男はそんな私の後輩で、勝手に一目ぼれをして、勝手に付きまとってきた。そして日毎ずっと愛だの恋だのを囁くのだ。この男のせいで一時期同性の同僚から干されたが、男の一途さが皆の心を打ち、私は違う事で今は説教を受けたりしている。
「先輩のことが好きなんです、愛しているんです、一緒に、あの、結婚を前提に付き合って欲しくて。噂聞いても別に先輩への気持ちは変わりません、僕は全部受け入れます、それくらいの度量はあるつもりです。先輩を思う気持ちは誰にも、例え先輩のご両親にも負けません」
 ラテのカップをテーブルに叩き付けたい気分だ。好きって何だよ、やりたいならやるよ、でもお前の好きってそうじゃないじゃん、ねぇその好きって何だよ、愛って何だよ、結婚前提って何だよ、受け入れるって何だよ。知らない単語を並べられたらそれはもう未知の生物だ。嫌だっつってんじゃん。ねぇ好きな人の嫌がることするのが好きってことなの、自分が私に相応しいと本気で思っているの、こんなに意思疎通が図れないのに……それは凄い、凄いことですね、貴方みたいな凄いスペックの人から求愛されたら私は折れなきゃいけないんですか、真摯に思い続けたら思いは通じるんですか、私の不快感は関係ないんですか、真剣にしたら何でも許されるんですか。
 怒りでカップを持つ手が震えた、その手を男が握る。叫び声と反射的に跳ね除けるのを抑えた。 
「僕は、絶対に裏切りません」
 そういうのじゃない。私は過去に酷い裏切りを受けて愛を信じられないとかそういうのじゃない。見返りもなく目に見えない愛とかいう慈しみとかそういうわけわからない善意を押し付けられるのが大嫌いなだけだ、愛されれば同じだけ愛さなきゃいけないのかと思って死ぬほど苦しいだけだ。割り切って、もう、身体だけの方が何百倍も楽だ。
 きっとこれは私のわがままになるのだろう。そうでしょう、全部全部私が悪いんだ、私が意固地で不思議な思考回路で全部全部貴方が正しいんだ、貴方が掟で世論で法律で条理なんだ。そうなんでしょう、そんな重たいもの押し付けて平気で正しいフリをするんだ。
「先輩」
 おめでとう。おめでとうございます。あと一押しで従順な貴方の愛する先輩の抜け殻が手に入るでしょう、貴方の愛は私の心を溶かしたのです、なんという美談でしょう!!
 んなわけねぇだろ。

       

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