Neetel Inside 文芸新都
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 喚声が上がった。


 前面に展開していた軍が、ゆっくりと前進を始めた。
 地下道からの進入作戦と平行して、正面からも攻城の素振りを見せる。それで、注意をこちらに逸らすのだ。
 なので、用意ができた攻城兵器は見せかけだけの物が多いが、問題ない。
 指揮はルモグラフとグラシアがとっている。ブライトとウォームも、この中にいるはずだ。
 遠目に、城壁の上にいる兵たちが慌ただしく動いているのが見えた。

 次に、シエラは周囲を確認した。
 攻める予定の地下道は、全部で五カ所。そこに入る五部隊の、動きや状況が分かるように、定期的に狼煙を上げる手筈になっている。
 そろそろ上がる頃だが。

「殿下、あれを」
 近くにいたマゼンタが言った。
 見ると、南東の方角から、狼煙が上がっているのが見えた。地下道に入ったという合図だ。
 確か、あちらの方角の部隊には、セピアが加わっているはずだ。
 大丈夫だろうか。
 地下道に入る部隊は、当然個人武力のある者が選抜された。それに、セピアとペイルが立候補したのだ。
 本当は心配だったが、二人が真剣に頼んできたので、止めてくれとは言えなかった。

 程なくして、五つの狼煙が上がるのを確認できた。
 正面に、視線を戻す。
 前面の部隊と城壁とで矢の応酬が始まっていた。

「殿下、狼煙が」
 またマゼンタの声。
 一度狼煙が上がったところから、再び狼煙が上がっている。
 地下の道が塞がっていて、進入不可能という合図だった。
「了解の合図だ」
 この場合は、すぐに別の地下道から、先遣の部隊を追う手筈になっている。
 今のところは、予定通りだった。





 生い茂った雑草の中、横たわった大きな岩があった。それを、五人掛かりで動かすと、地下へと続く穴が姿を現した。
 想像していたものと違う。自然にできた、ただの穴ぼこに見えた。

 セピアは、都がある方角を見た。
 都まで、随分と距離がある。本当に、繋がっているのか。繋がっているのだとすれば、どれだけ穴の中を進めばいいのか。

 部隊の隊長が、手で指示を出す。静かに、素早く兵達が、穴の中に身を滑り込ませていく。
 穴が狭い場合は、灯りを掲げることができない。手探りで進むしかないのだ。
 ある程度の人数が入っていったが、行き止まりがあったという合図がなかった。

 セピアの番が来た。
 足から、体を入れる。土が湿っていた。





 林の中に、古ぼけた墓地のような場所があった。
 その中にある大きな墓石。それを横に動かすと、地下への階段が現れた。
 ペイルが加わった部隊の指揮官は、カラトという、あの眼帯の男だった。

「まあ、気楽にいこう。こういう時だけど、こういう時だからこそ」
 カラトが、兵達を見渡して、そう言った。
「情報通りなら、この道は、城壁のすぐ近くに出る。地上に出たら、細かい指示を出している暇がないだろう。各々が、独自に判断して動いてくれ」





 暗黒の中。自分と身動ぎの音と、前後から聞こえる身動ぎの音が聞こえるだけだった。
 相変わらず、狭い空間が続くだけだ。
 どれぐらい進んだのだろうか。
 随分進んだような気がする。もうそろそろ、到着してもいいのでは。
 都を、通り過ぎてしまっているのではないのか。
 そういうことを、セピアは考えていた。

 ふと、自分の置かれている状況を思う。
 もし、今この頭上の土砂が崩れ落ちてきたら……。
 急に恐怖心が起こる。
 息苦しくなってくる。

「大丈夫ですか?」
 後ろから声がした。女の声だった。自分の後ろが女だと、今まで気がつかなかった。
「大丈夫です」
 セピアは言った。
 人と話したからか、何故か少し落ち着いた。

 しばらく進むと、前の方で声がした。さらに進むと、光が見えた。
 気力が戻ってくる。
 先に穴から出た人に引っ張られて、穴から出た。
 そこは、広い通路だった。
 何故か明るかった。一瞬地上に出たのかと思ったが、石造りの天井があり、壁も石造りだった。光量は少ない。
 話通りならば、ここが都の地下にある通路ということになる。
 先に出た者達が、すでに二手に分かれて、通路の左右に進んでいた。
 振り返ると、自分の後ろにいた人も穴から出てくる。
 短い黒い髪の女だった。こんな人、今まで見たことがないような気がする。
 端正な顔立ちが目に付く。髪や服が、泥だらけだった。きっと自分も同じようなものなのだろう。

「二人は、向こうだ」
 男に指示された。
 先に進んでいた者達を追うように進んだ。ある程度進むと、広い空間に出た。
 円形の空間で、天井がかなり高い。これも地下なのだろうか。中央にあるのは、円形の舞台のように見えた。そして、その周りにあるのは客席か。舞台の上には、大きな石版や瓦礫が散乱している。
 そこを素通りして進んだ。





「この辺りかな」
 石造りの暗い通路を、ある程度進むと、カラトが天井を触りながら言った。
 そこを、数人掛かりで持ち上げた。
 眩しい光が、差し込む。遠くから聞こえる騒がしさも、一緒に入ってきた。
 しばらくしてから、持ち上げた蓋を横にずらす。人一人が通れる隙間ができた。

「よし、どんどん出て行け」
 前にいた者から出ていく。すぐに、ペイルの番もきた。
 外に出ると、さらに眩しく感じた。空と雲、そして、建物が目に入る。
 路地のような場所だろうか。両側に建物が並んでいる。

 ペイルは、一気に息を吸った。
 地上に出た人間から、同じ方向に走っていっていた。ペイルも、それを追う。
 建物の間から、城壁が見えた。そちらに向かって駆ける。
「何だ!? どこの部隊の者だ?」
 前方で声が聞こえた。
 前にいた者が、次には斬り掛かっていた。
 どんどん国軍が多い場所に来る。もう、こちらのことを敵だと認識している兵もいるようだ。
 方々で、争闘が起こり始めてきた。
 ペイルは、覚悟を決めて、剣を握って走っていたが、誰も近くに寄ってこなかった。
 そのまま数人で、城門付近まで来る。
 誰かが叫んでいる。
 城壁の中で、奥まった所が見える。あの中に城門があるのだ。
 その周りにいた兵が、目の色を変えて、こちらに向かってきた。
 人が、ペイルの横を追い越して行った。それは、そのまま前方の敵に突進していった。
 敵が、押し飛ばされる。
「先に行け」
 言ったのはカラトだった。
 ペイルは、そのまま奥まった所に入り、城門まで辿り着いた。そこには、国軍が一人もいなかった。
 おそらく、鉄製なのだろう。高さは、どれぐらいあるだろうか。少なくとも、人六人分はありそうだ。横幅は、両扉合わせて、両手を広げた人間五人ぐらいか。
 ペイルは、試しに片方の扉を押してみた。しかし、重すぎて動かない。当たり前だ、何をしているんだ自分は。
「閂は?」
 背後から声。見ると、カラトが駆け込んできていた。
「多分、ついていないと思う」
 ペイルが、指し示す。
 カラトが、走ってきた勢いのまま、扉に取り付いた。
「一人じゃ、重すぎて無理だ。もっと、人を呼んでこよう」
 カラトは、顔面を紅潮させながら扉を押していた。地面を、思いっきり踏ん張っている。
 しばらくして、みしみしと木が軋むような音が聞こえる。
 片方の扉が、ゆっくりと動き始めていた。
 唖然とするしかない。
 ペイルも、慌てて参加した。
 騒がしさが、さらに大きくなっていくのが分かった。





「開いている」
 シエラは、思わず声を上げた。
 先ほどから、城壁の上にいた兵達が、しきりに後方を気にしているのが見えていた。
 しばらくすると、正面に見える城門の一つが、少し動いていることが分かった。
 どよめきが起きる。
「正面の攻撃を強めろ!」
 シエラが言う前から、攻撃は強くなっていた。
 さらに、もう一つの門も動いているのが見えた。
「おおっ」
 近衛軍の中からも、声が上がる。
「いつでも動けるように、構えろ」
 シエラは、そう言って手綱を握った。
 城門の付近さえ制圧すれば、この戦は勝ちだ。
 しばらくして、ついに城門が完全に開ききった。
 正面の歩兵が、一気に進む。
 勝った。そう思った。
 しかし、何か様子がおかしいことに気付いた。
 進行が止まっている。
 城門の所で、抵抗にあっているのか。
「殿下!」
 マゼンタの声。見ると前方を指さしていた。
 その先を見る。
 城壁の向こう、煙が上がっているのが見えた。黒っぽい煙だ。
 それが、次々と増えていく。





 地上に出てから見上げると、もうすぐ前に王宮が見えた。やはり、近くで見ると、異様に巨大だった。
 その反対側を見ると遠くに城壁だ。結構な距離がある。遠目に、戦闘の気配が見える。
 自分たちの部隊の任務は、王宮への奇襲だった。成功するなら良し。うまくいかないとしても、敵に動揺を与えるだけでもいいのだ。
 部隊の隊長が、攻撃の合図を出した。
 一斉に走り出す。
 その時、何か不思議な音が聞こえた。
 唸り声?
 次の瞬間、上方から、何かが飛びかかってきた。
 セピアは、咄嗟にかわした。
 飛んできたものを見る。
 人ではない。小さく、黒っぽい。
 狼獣。
 再び、飛びかかってくる。
 槍を横になぎ払う。手応えがあった。
 次には、周りの仲間達の、怒号や叫び声などが耳に入ってきた。
 かなりの数の狼獣が現れたのだ。一気に、大混乱になっていた。
 どうして、こんな所に狼獣が。
 二方向から同時に、狼獣が飛びかかってくるのが見えた。
 まずい、と思ったが、片方を、先ほどの黒短髪の女がしとめていた。
 もう片方をしとめる。
 とにかく、この混乱を治めないと。しかし、自分に何ができる?
「全軍、建物の壁まで移動して、小さく纏まれ!」
 突然大声がした。仲間達も、その声に反応する。
 成る程、と思った。壁際ならば、獣からの攻撃方向を制限できるということか。
 一団が壁際まで移動し、外に向いて構え直した。
 すぐ近くにいた人を見て、先ほどの大声の主が分かった。
「ライト兄さん!」
「セピア! こちらから、外に合図を送る方法はないのか!?」
 ライトが、早口に言った。こんなに焦っているライトは初めて見たような気がする。
 しかし、意味がよく分からなかった。
「え……外?」
「殿下に、合図を送る方法だ。すぐに、伝えないと」
「何をですか?」
 その時、何か鼻につく臭いを感じた。
 仲間の中から、驚くような声が上がった。
 目が痛くなる。
 何だ?
 黒々としたもののせいで、もう王宮も城壁も見えなかった。




       

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