Neetel Inside 文芸新都
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 火が見えた。


 都の至る所から、黒煙が上がっている。
「火を放ったのか? 何のために?」
 城門の付近は、中から外に出ようとする人が溢れかえっているようだ。それで、進めなくなっているのだ。
「ルモグラフに伝令! すぐに消火作業に入れ!」
 しかし、この状態では、それも難しいだろう。シエラは、馬を駆けさせた。
「殿下!」
「この部隊だけ遊ばせているわけにはいかない。近衛部隊もすぐに消火作業を手伝え」
「殿下の御身が最優先です」
 無視して、前方の部隊に向かった。
 城門の付近は、さらに混乱している状態だった。外に出て行こうとしている人間を封鎖しているのだ。そのせいで、中に入ることもできない。
「ルモグラフは、どこだ!」
 シエラは叫んだ。
 すぐに、ルモグラフが駆けてくる。
「殿下、ここはまだ危険です。どうか後方で待機を」
「ルモグラフ、城門付近の人間は、一旦外に出せ」
「しかし、それは」
 シエラには、ルモグラフの懸念が分かる。
 国軍を外に出した場合、国軍にまだ戦意があれば、ばらばらに散らばった国軍が、四方八方から攻撃をかけてくる危険がある。この優勢の状態がひっくり返る恐れがあるのだ。
 ただ、おそらくルモグラフが一番危惧しているのは、この群衆に紛れて、グラデ王子に逃げられてしまうということだろう。
「グラデに逃げられてしまうのは、もうしようがないと思おう。今は、消火が最優先だ」
 ルモグラフが、引き締めた顔をする。
「分かりました。しかし、敵がどう動くか分からない以上、ここはまだ危険です。殿下は何とぞ後方に」
「敵ではないだろう」
 シエラは、さらに前に出た。城門のすぐ前だ。前方は、人がごった返している。
 馬上で立ち上がった。すぐ近くにいた、グレイとマゼンタに服を引っ張られる。
「都の兵達よ! これで分かっただろう。これが王子の本性だ!」
 自軍の兵も振り返って、こちらを見ていた。
「争いを止めて、今すぐ消火作業を手伝ってくれ! ここは、我らの国の都だぞ。このまま、ここを灰燼にしてもいいのか」
 静かになった。全員、動きを止めていた。
「早く動け!」
 ようやく、人の流れが動き始めた。自軍の兵が、後ろに下がる。城門付近の人間を外に出すためだ。そう思っていたが、城門付近の国軍が、振り返って中に戻り始めた。
 シエラ達も、城門を潜り中に入った。
 国軍が、いろんな方向に散っていた。正面に、大きな道があり、そこに大勢の人間が密集しているのが分かった。こちらは、明らかに一般の住民のようだ。
 ブライトとウォーム、グラシアも駆けてきた。
「殿下、国軍の隊長らしき人物が、協力を願い出ております」
 ウォームが言った。
「ルモグラフ、ブライト、ウォームで消火作業と住民の避難誘導を仕切れ。国軍の兵士も使えるだけ使うのだ」
「分かりました!」
 ブライトが、大声で言った。
「殿下は、このままここにいて下さい。近衛部隊は、ここに残しておきます」
「いや」
 シエラは、王宮の方に目を向ける。黒い煙の所為で、はっきりとは見えない。
「国軍が中に戻ってくれたおかげで、王子に逃げる機会はなかった。しかし、王宮に向かったセピアがいる部隊が、敵の中で孤立しているかもしれない。すぐに助けに行かないと」
 ルモグラフ達も、そちらを見た。それから、苦渋に満ちた顔をする。
「優先順位です、殿下。この状況では、助けに向かうことはできません」
 シエラは、ルモグラフがそう言うだろうと分かっていた。
「グレイ、グラシア」
 二人に言う。
「私を守れ」
「分かりました」
「殿下!?」
 ルモグラフが、声を上げる。
「少ない人数ならば、あそこに向かうのは可能だろう」
「危険です!」
「私を守るために戦力を遊ばせておくつもりはない。そして、私も戦える。うまくいけば、グラデ王子を倒し、ここで全てを終わらせることができるのだ。今までのことに比べれば、この程度の危険、何ほどのことではない」
 シエラは、馬を下りた。
「マゼンタは、近衛部隊の指揮をして、ルモグラフ達を手伝え」
「私も、殿下の護衛を」
「近衛部隊を指揮できる人間が必要だろう。それは、お前しかいない」
 ルモグラフ達は、まだ引き止めたそうだった。これ以上、ここで問答をしていても、時間の無駄だ。
「行くぞ!」
 シエラは、言って走り始めた。
 正面にある大通りに向かう。そこはまだ、火の手から逃げようとする人が溢れかえっている。
「道を開けろ!」
 シエラは、大声を上げた。
 前方の群衆は、驚いた顔をして立ち止まった。しかし、すぐに間に道ができた。
 そこを、走った。人の流れを逆走するかたちだ。
 はっきり言って、こんな大勢の中を進むことなど、危険この上ない行為だろう。しかし、時間が惜しい。
 その時、叫び声が聞こえた。
 群衆の後方から、悲鳴のような声が聞こえる。
 さらに向こう。何かが動いている。
 狼獣の大群だ。こちらに向かってきている。
「なんだあれ!?」
 グラシアの声。
「殿下!」
「あそこを突っ切るしかないだろう」
 シエラは、偃月刀を手に持ったままだった。戦いづらいが、捨てていくわけにもいかない。
 そのまま突っ込もうとした瞬間、目の前に、二つの影が飛び出してきた。
 次には、狼獣が数頭吹っ飛んでいた。
「なかなか、根性がついてきたみたいだな、ペイル」
 前に出たコバルトが、笑って言った。
「殿下、ここは俺たちが道を切り開きます。急ぎましょう」
 ペイルが、少し強ばった顔で言った。
「おう、頼もしいねえペイル。そんじゃ、あの群はお前に任せるぜ」
「俺たちって言ったよなあ! 俺たちって」
「やかましい! 二人とも、黙って戦え!」
 グラシアが言う。
 苦笑したコバルトが、前に突っ込んだ。あっという間に、狼獣が十数匹いなくなった。
 その間隙を突いて、さらに進んだ。
 王宮が正面に見える大通りを駆ける。
 王宮の正門の前で、獣の大群と戦っている一団を見つけた。間違いなくセピアのいる部隊だ。
「あそこと合流する!」
 そのまま、獣の群の中に突撃した。シエラも、偃月刀を振るう。
 一団に合流して、すぐに外に向いて構え直した。
「殿下!? 何故、このような所に」
 セピアが、驚いた顔をして言う。全身の装備が、ぼろぼろだった。
「助けに来たに決まっているだろう」
「殿下……」
 セピアの横にいた男が、一歩前に出る。
「諜報部隊の指揮をしておりますライトと申します。申し訳ありません、殿下。王子の動きを、察知できませんでした。あらかじめ、町中に発火物をしこんでいたようです」
「今は、そのようなことを気にしている場合ではないだろう」
 シエラが言う。
「王子は見ていないのか? ライト」
「おそらく、この道を通ってはいないと思いますが……我々も、こいつらの相手で一杯一杯で」
「そうか」
 どうしたものか、と思う。
「シー、もしかしてこれって」
 グレイの声が横でした。
「うん、間違いない。人工心気を施された獣が操っている」
 知らない声。
「あんたが作ったやつ?」
「違う。私が作った子達だったら、もう生きていないはずだから」
「グラデの仕業っていうことなのか」
「だとすれば、ある程度人工心気を扱える者が仲間にいるということになる。或いは、本人がそうなのか」
「あなたの研究って、確かシアンが支援してたんじゃないの?」
「そうだけど……研究所に残してあった実験体を回収したのは、グラデの一派なのかも」
「こいつらも、その操っている獣を倒せば何とかなる?」
「何とかなるとは思うけど、問題は、その人工心気の獣を見つけ出せるかどうか。意図して隠されているのだとすれば、見つけることは難しい」
「そうか……」
 会話の内容がよく分からないが、今は詳しく聞いている暇はないだろう。
 シエラは、もう一度周りを見た。狼獣の大群が、周りを囲んでいる。
 突然、両手の方から、轟音がした。
 見ると、大通りを正面に見て、右手からカラト、左手からダークが突っ込んで来ていた。
 圧巻だった。獣を蹴散らして、あっという間に一団まで来た。
 カラトが近くまで来る。
「ご無事ですか、殿下」
「うん」
「王子が逃げるには、正面以外は、あっちかこっちの二通りしかありません。あっちはダーク、こっちは俺が通ってきたから、多分グラデ王子は、まだ王宮の中にいると思います」
 そう言って、こちらを見る。
「どうしますか、殿下」
 シエラも、カラトを見てから頷いた。
「じゃあ、このまま王宮を制圧しよう」
 カラトが、にやりと笑う。
「分かりました」
「ならば、ここは我らが食い止めます。殿下、皆さん、どうぞ先へ」
 ライトが言った。周りの者も頷いている。
「ライト兄さん」
「セピア、殿下をお守りするのだ」
 セピアは、心配そうな顔をしていたものの、真剣な顔に戻り一つ頷いた。
「任せたぞ、ライト。絶対に死ぬなよ」
 シエラは、そう言い、王宮に向かった。
 王宮の正面の門に向かう階段を駆け上がった。
 先頭は、カラトとコバルト。その後ろに、グレイ、グラシア、セピア、ペイル。そして、黒短髪の女の人がいた。先ほどの声の人だろう。その者達の間にシエラがいる。一番後ろからは、ダークが着いてきていた。
 正面の門は、開いていた。人の姿は見えなかった。
「何か、怪しくない?」
 グレイの声。
「なんか似たような場面、昔になかったっけ」
「とは言え、ここまで来て引き返すわけにもいかないでしょう」
 中に入ると、広く、天井が高い空間だった。正面に、幅の広い階段が見える。
 辺りを見回していると、階段の上で、誰かがいるのが見えた。
 男が数人いる。ゆっくりと階段を降りてきた。
 何か、様子がおかしかった。全員、虚ろな目をしている。
「うわ」
 背後から、ペイルの声。
 後ろにも、いつの間にか前方の男達と似たような男が何人もいた。
 全部で百五十人はいるだろうか。
「おいおい、まじかよ」
 コバルトの声。
「あれって……もしかして」
 グレイの声。
「人工心気……」
 黒短髪の女が呟いた。
「私が、手を施した者達ではない」
 全員で、シエラを円で囲むように構えた。
 しばらく対峙。
「おい」
 突然、ダークの声。
「ここは、俺にやらせろ」
 ダークに視線が集まった。ダークは、カラトに目を向ける。
「お前が相手をしたのが百人だったらしいからな。どれほどのものか、試してやる」
「いくらなんでも……」
 グラシアが言う。
「邪魔はするなよ」
 そう言って、数歩前に出た。それから、剣を横に持つ。
 背中を見ているだけで、すでにとんでもない心気を発していることが分かった。誰も何も言えなくなった。
「じゃあ、任せた」
 しばらくして、カラトが発言した。
「カラト」
 驚きの声。
「彼なら、大丈夫だ。信じて進もう」
 そう言う。ダークは、向こうを向いたまま、動かない。
「何人か、残そう」
 グラシアが言う。
「邪魔だと言っているだろう」
 ダークが、低い声で言った。
「いいから、さっさと行け。ここに居られると、間違って斬り殺しかねない」
 そう言う。
 カラトが近づいてくる。
「失礼いたします、殿下」
「え?」
 カラトが、シエラの足と背中に手を回し、抱えた。
「ちょ、ちょっと」
「危険があると思われる所を抜けるまでは、辛抱して下さい」
 そう言って、走る。
「よし、皆行こう」
 ダーク以外の者で、正面の階段にいた男達を押しのけて突破した。
 シエラは、後方を見た。
 ダークが、先ほど見た時と同じ位置で立ったままだった。そして、周りの包囲がゆっくりと収縮していっていた。
 そこから、見えなくなった。
 天井の高い通路が真っ直ぐ伸びていた。両側には、いくつか道や扉があるようだが、そこには見向きもせず直進する。
「カラト、もう下ろして」
「もうしばらく我慢して下さい」
 正面の突き当たりに、両開きの大きな扉が見えた。
 先頭のコバルトが、そこをぶち破るかのように開けた。
 ここも、広く天井が高い。そして、正面に大きな席が見える。ここが、謁見の間という所だろう。
 席の前に、誰かが一人立っていた。
 少し俯いていて、顔がよく見えない。ただ、髪の色は黒い。そして、片手には、剣をぶら下げるように持っていた。
 ようやく、シエラは下ろされた。床に足をつく。
「グラデ王子だな」
 シエラは言った。彼我の距離は、三十歩ほどか。
 まったく反応がない。
 この男も様子がおかしい。
 シエラが、前に踏み出そうとすると、カラトが前に出て手を横に出した。行くなという動作だ。
 少しして、男はゆっくりと顔を上げた。
 怒気を含んだような顔をしていた。眉間に眉を寄せ、鋭い目線がこちらに向いている。
「自らに、人工心気を施したか……」
 カラトが呟いた。
「ただ、意識はあるみたいだ。それほど、強力な人工心気ではないのかもしれない」
 突然、周りに別の気配を感じる。
「おっと」
 コバルトの声。周りの面々が、それぞれ武器を構えた。
 再び、虚ろな顔をした男達が、部屋の隅々から現れた。今まで、どこに隠れていたのか。
「さっきの奴ら?」
「いや、また別な奴だ」
 全部で、四十人ほどか。
「しょうがねえな、おいしいところはカラトに譲ってやるよ」
 コバルトが言う。
「周りの、雑多共は俺たちに任せな」
 他の者達も頷いた。
「一人頭、六、七人ってところか?」
 コバルトが言った。
「さっきのダーク見なかったの? 俺一人でやるとか言いなさいよ」
 グラシアが言う。
「いや、無理」
「格好悪」
「分かった、じゃあ十人だ」
「最低二十人」
「二十かあ……」
「けが人や、か弱い乙女もいるんだから、男だったら頑張んなさいよ」
 コバルトは、ペイルを見た。
「じゃあ、ペイルは十人だな」
「勘弁して下さい」
 ペイルが言った。
 それぞれが、ゆっくりとそれぞれの相手に向かって進んでいった。
 すぐ近くには、正面でこちらに背を向けているカラトだけになる。
「カラト」
 シエラが言うと、カラトが振り向く。
「じゃあ、倒してくるよ」
 軽い調子で言って、前に視線を戻した。
 シエラは、急に不安が過ぎった。
「カラト」
 もう一度言った。
 カラトは、また振り返った。少し、驚いた顔をしている。
 それから、ゆっくりと微笑んだ。いつもの笑みだ。
「もう、約束は破らないよ」
 一歩戻ってくる。
「また持っていてもらおうかな」
 そう言って、首飾りを取り出し、こちらに差し出した。
 シエラは、それを受け取った。
「行ってくるよ」
 もう一度笑った後、振り返る。
 カラトが、ゆっくりと前進をする。
 奥にいる、グラデも進み始める。
 二人の距離が縮まる。
 二人が、同時に踏み出した。
 金属音。
 激しい撃ち合いが始まった。
 カラトが、回転しながら剣を振るう。すごい速さだった。
 それを、グラデが受け止めていた。
 あのグラデという男、強い。
 しかし、圧倒的にカラトが押していた。
 カラトの連続攻撃に、グラデは下がっていく。
 グラデが後ろによろめいた。カラトが前に出る。
 瞬間、グラデが自分の背中に手を回すと、何かを手に持って前に出した。激しい金属音がする。
 カラトの剣が、砕け散った。
 持っていたのは盾だ。
 グラデが攻撃に転じた。カラトは、残った柄の部分で、グラデの攻撃を食い止めていた。
「カラト!」
 シエラは、手に持っていた偃月刀を投げた。
 カラトは、こちらを見ずに、片手でそれを受け取った。そして、すぐさまグラデの攻撃を払いのけた。
 グラデが、攻撃の予備動作をした瞬間に、カラトがグラデの剣を蹴り上げる。
 次に、偃月刀の柄をグラデの肩にぶつけた。
 グラデの膝が崩れる。
 一瞬の隙をついて、カラトがグラデを後ろから押さえ込んだ。
 抵抗していたようだが、しばらくすると、静かになった。カラトは、上に乗ったままだ。
 シエラは、そこでようやく周りに目がいった。
 すでに九割方は制圧しているようだ。残っている敵も、もう問題なさそうだった。一見して、味方で深刻な傷を負っている者はいない。
 正面に視線を戻す。
 シエラは、カラト達にゆっくりと近づいた。
「近づかない方がいい。まだ、何があるか分からない」
 カラトが言う。
 それでも、シエラは進む。
 五歩ほどの距離まで来て、立ち止まった。
「グラデだな」
 俯いていて顔が見えない。
「王位継承権の優位性は私にある。国家の権力を私有のように使い、国民を苦しめ、政を混乱させたお前とシアンの罪は重い。お前を拘束して、その罪科は追って決定する」
 無反応。
「何か言いたいことはあるか?」
 シエラは聞いた。
 しばらく沈黙。
「下らない」
 低い声がした。グラデが発声したようだ。
「三年前のことで、学ばなかったのか。人間など、どうせいつも自分のことしか考えない。人は、いずれ死ぬ。この国だって、結局いつかは滅びる。民の為だとか、国の為だとか、虚しいだけだ。こんなことをしたって、意味はない」
 ゆっくりと話す。
「お前の周りいる人間も同じだ。本心では、何を考えているのか分からない。いつか、誰かがお前を裏切るだろう」
「それが、お前がクロス軍を国内に招き入れたり、都に火を放ったりした理由なのか?」
 グラデは、何も答えない。
 シエラは、一つ間を作った。
「確かに、そういう風に考えたら虚しい気持ちになる。私も、そういうことを考えたことはある」
 言う。
「それでも私は、私の大切な人たちの為になると信じられることを目指すことは虚しくはないと思う。私は、その為だけに戦うつもりだ。人間は自分のことしか考えないとお前は言うが、それでいいのだと思う。綺麗事を言うつもりはない。ただ、幸運に恵まれて綺麗事が叶うのなら、それは尚いい。そういう風に考えれば、私はやっていけると思う」
「その大切だという奴らに裏切られてもか?」
「信じている。信じられる人だからこそ、大切なんだ」
 シエラは言った。
「……そうか」
 呟くような声が聞こえた。
「他に、何か言いたいことはあるか?」
「もういい……すぐに殺せ。シアン共々、すぐに殺した方がいい。残しておいても、お前には何の利益にもならない」
「罪科は追って決定すると言っただろう」
 グラデは黙った。
 もう一つ、聞きたいことがある。
「グラデ王子、サーモンという人を知っているか?」
 間。
「……いや」
 消え入りそうな声が聞こえた。
 知らないわけがない。しかし、話す気がないことが分かったので、これ以上は言及しなかった。
 後で、ゆっくり調べればいいだろう。
「終わったみたいだな」
 周りの皆が近づいてきた。
 何人かが笑顔だった。
「すぐに、ダークや外の皆の援護に向かおう」

 グラデや、生きている敵を拘束してから、来た道を戻った。
「あっ」
 途中で、こちらに向かって、ゆっくりと歩いているダークが見えた。
 全身の装備が、ぼろぼろだったが、一見して大きな傷はないようだ。
「どうだった?」
 カラトが言う。
「どうも」
 ダークが、澄ました顔で言った。

 王宮の外に出ると、すでに狼獣の群が片づいていた。ライトも無事で、謁見の間で拘束している者達の対応を任せた。
 その後、ルモグラフ達と連絡をとって、消火作業を手伝う。

 日没前に、ようやく全ての消火作業が終了した。
 都の建物の四割が焼失したという。ただ、あの状況でよくここまで抑えられたと思うこともできる。
 国軍は、そのままシエラに従うことを望んだ。民衆も、近辺の町々も特に反抗の気配はないという。

 翌日になって、再び謁見の間に入った。
 両脇には、皆が並んでいる。その間を通って進んだ。
 奥には玉座がある。その手前まで歩く。

 そして、振り返った。
 シエラは、改めて皆を見た。


「みんな、ありがとう」
 何人かが笑った。













       

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Neetsha