Neetel Inside 文芸新都
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 鳥が飛び立った。


 宿の一室の窓から、グレイは外を眺めていた。

 赤い狼獣を倒した後、他の狼獣は、一斉にいなくなったらしい。

 グレイは、戻ってきたボルドーに応急処置をされて、町に戻って、本格的な治療をした。
 運動に、障害は残らなそうだが、一生残る傷だろう。

 あとは、ダ-クと名乗っていた男が、四人でいる時、実は偽名だったと告白してきた。本名はペイルというらしい。
 詐欺をしてきたと言っていたが、役人に突き出すのは、止めようということになった。良くありそうな話だ。

 後から聞いた話では、サンドという子は、この、ペイルに着いていこうと思って先回りしようとしていたらしい。彼は、ペイルを、詐欺師と分かった上、その日に町を出ることも予想していたということだ。ただ、狼獣の群れに出くわし、足を滑らせ、気絶していたようだ。
 彼の父親は、彼が荷物をまとめているのを不審に思い、密かに彼を着けていたようだ。
 サンドは、頭にかすり傷を負っただけだった。

 町に戻れば、ペイルは英雄扱いだった。
 ペイルは嫌がっていたが、そのままでいてもらった。注目を受けるのは、面倒くさい。

 そして、一日が経っていた。

 グレイは、腹が立っていた。
 シエラもそうだが、ボルドーもボルドーだ。何故、わざわざ危険な所に、シエラを連れて行こうとするのだろうか。
 確かに、あの歳にしては、シエラは強すぎる方だろう。しかし、あくまで、あの歳にしてはだ。あの状況は、並の心気使いでも難しいだろう。

 扉が軽く叩かれた。
「グレイ、入っていいか」
「いいよ」
 ボルドーが、部屋に入ってくる。

「傷の具合はどうだ?」
「まあ、そんなに、心配するほどのものでもないでしょ」
「そうか」

 ボルドーも、窓の外を見た。
「ありがとう、グレイ。二度も、シエラを助けてもらったな」
 グレイは、ボルドーを見た。
「あのねぇ、助けが必要な所に連れて行ったのは、ボルドーさんでしょう」
「そうだな」
「なんで、そんなことするのよ」

 少しの間。

「わしはな、シエラが、今後どういう対応をするか、決めるのに調度いい機会だと思ったんだ」
「対応?」
「今後、追っ手と遭遇した場合、逃げることだけを考えるか、あるいは、返り討ちも念頭におくか」
 グレイは、頬杖をついていた顔を上げた。

「残酷だが、シエラには、どうしてもそれが付き纏う。あの子は、それを決めておく必要がある。どっちつかずの覚悟でいると、そっちの方が危ないんだ」
 言って、ボルドーは腕を組んだ。
「返り討ちにするのなら、当然、人を殺す覚悟が必要になる。単純に比べられはせんが、今回のことで、シエラに、その適正があるかどうか知りたかった」
 確かに、その通りかもしれないとグレイは思った。
「あの程度で、怖気づくか躊躇するようなら、わしは、シエラには今後一切戦うなと言うつもりだった」
 ボルドーは、目を瞑った。

「じゃあ、あれは適正か……」
「実は、まだなんとも言いにくいんだ。シエラは、カラトとのこともあるからな。一緒に戦えなかったことを今でも悔いている。それが、戦闘においての頑固さや無茶さの根源になっているんだ」

 グレイは、ふと気がついた。
「……もしかして、初めての実戦だったの?」
 ボルドーは、頷く。
 グレイは、正直に驚いた。
 あれは、感覚だけで、戦っていたということか。
 と、同時に、怒っていた自分が恥ずかしくもなってきた。

「……ごめんなさい。私、ボルドーさんが、何も考えてないんじゃないかって思ってた……よくよく考えたら、そんなことあるわけないのにね」
「いや。どうも、わしは、人を育てたり、教えたりするのが苦手なようだ。今回も、あわやという場面を二度も、作ってしまった。お前のように、心配を口にしたり、本気で怒ったりすることも必要なことだと思う」
「いや、シエラには、ちゃんと通じてると思うよ……。しかし、まいったなぁ。なんだかシエラと、気まずくなっちったよ」
「あいつも、気にしていたよ。お前に、傷をつけてしまったと」

 グレイは、立ち上がった。

「シエラ、今、どこにいるの?」





 街中の、石の階段にシエラは座っていた。

 向こうで、自分と同じぐらいの背丈の子供が、追いかけあって遊んでいる。
 シエラは、それを見ていた。
 特に、何かを思ったわけではない。ただ、目が離せなかった。

「よっ」
 グレイが、こちらに向かって歩いてきた。左腕は、首から掛けた布で、吊っている。
「こんにちわ」
「隣、いいかな?」
「どうぞ」
 グレイが隣に座る。

「何、見てたの?」
「いえ、特には」
「そっか」

 日が、夕焼けに変わり始めていた。
 町の、所々の影が、長く伸び始めていた。

「すいませんでした」
 シエラは、言った。
「いや、私の方こそ、殴るなんて大人気なかったよ」
「いいえ、当然だったと思います」
 シエラは、俯いた。
「女性なのに、傷をつけてしまいました」

「ああ、それなら別にいいんだよ」
 言って、グレイは、上着を少し捲くった。
 シエラは、ぎょっとした。
 見えた肌に複数の傷跡があった。
「と、いうわけなんだ。どうも、私の戦闘型のせいか、昔から生傷が絶えないんだよね。だから、この程度の怪我は、もう慣れっこなんだよ。全身を見たら、私でも数え切れないんじゃないかな」
 まぁ、と言葉を続けて。
「だけど、顔だけは死守してるんだけどね」
 そう言って、グレイは、声を出して笑った。
 シエラも、自分が笑っているような気がした。

「よし、じゃあこれで仲直りだ」
 グレイが、右手を差し出してくる。

「まだ言ってませんでした」
「ん?」
「二度も、助けられました。ありがとうございました」

 にやりと、グレイは笑った。
「じゃあ、いつか私を助けてくれ」

 握手をする。

「分かりました」










 シエラは、グリーンの町がほとんど記憶になかった。

 そういえば、雨が降っていたなと、思い出した。

「この町の前の町は、大きかったか? ここと、同じ規模だったか?」
「大きい印象は、ありませんでした」
「では、北のローズに行こう」
 そういう会話があったのは、昨日だった。

 三人は、グリーンの町から伸びる街道にいた。

 少し先で、分岐する道があるのが見える。

「間違ってたら、どうするの?」
 グレイが言った。
「別に、我々は急いでいるわけではない。間違っていたら間違っていたで、シエラの見聞が広がるからいい」
 ボルドーが言った。
「なるほどねぇ……ん?」
 急に、二人が、振り返って後ろを見る。
 シエラも、後ろを見た。
 誰かが、こちらに向かって、街道を走って来ていた。

 ペイルだった。

「す、すいませーん」
 息を切らせて追いついたペイルは、すぐに地面に手を着けた。
「あ、あの、名前を聞いた時に、もしかして、と思ってたんですけど、ボルドーさんって、あのスクレイの十傑のボルドー将軍ではないのですか!?」
 スクレイの十傑?
「……いいや、違うな」
 ボルドーが言う。
「いえ、間違いありません! そうじゃないと、あの強さは説明がつきません!」
「なんなんだ、おまえは。一体、何の用だ?」
 困った顔で、ボルドーが言う。
「俺……いや、私を、あなたの弟子にしていただきとうございます!」

 少し、間があった。

 それから、グレイが笑い出した。

「なんだって?」
「私は、強くなりたいんです! 今みたいな、半端なものではなく、真に強くなりたいんです! お願いします! 何でもやりますからっ!」
「駄目だ駄目だ。わしは弟子はとらないと決めているのだ。それに、人違いだから、もう帰れ」
「あはは、いいじゃん。とりなよボルドーさん。一人いても、二人いても大して変わんないよ」
「お前な」
「頑張れ、ペイル君。この人、しつこくいったら折れる人だから」
「おいっ」

 言って、グレイが、別の道を進み始める。

「それじゃあ、私はこれで」

「……ああ」
「さようなら」

 数歩、歩いて、グレイが振り返った。

「シエラ」

 グレイが笑った。

「次に会うまでに、カラトより強くなってろよ」

 最後にそう言った。








       

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