Neetel Inside 文芸新都
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 場所を移動した。


 飲食店の裏に、塀に囲まれた、人目がない広場があった。
 赤髪の少女に、そこに連れられた。

 見た目から、十代後半だろうと、ペイルは思った。
 身長は、シエラよりも高い。ただ、シエラは、歳のわりに背が低い。

「ペイルさん。あの人、強いですよ」
 後ろから着いてきていた、シエラが言った。
「まぁ、あれだけ自信がありそうだったらね……。だけど、話に乗らないと、役所に通報されたら厄介だし……」
 それに、いくら強いといっても、十代の女の子だ。シエラのような子が、他にいるとは思えないし、まず、自分が負けることなどないだろう。
「シエラちゃんは、着いて来なくていいよ」
 シエラは、何も言わなかった。

 広場で、少女と向かい合った。
「さて、調度二人とも、剣を持っているわけだし、剣同士の実戦でいいよね」
 少女が言った。
「いやぁ、女の子に、傷をつけてしまうかもしれないのは、さすがに俺も気が引けるな」
「心配しなくても、殺されても文句は言わない」
 少女は、剣を抜いた。
「それよりも、そんな言い訳をされて、本気を出さなかったと言われるほうが、私は腹が立つ」
 少し考えた後、ペイルは、木製の鞘をつけたままの剣を構える。
「君は、そのままでいいよ」
 言ったが、少女は、自分の剣に鞘を被せた。

 二人とも剣を構えて、睨み合った。

 踏み出したのは、少女の方からだった。





 速い。それに、洗練されていた。

 ペイルは、防戦一方だった。

 戦いが始まって、すぐにペイルは顔が必死になった。
 逆に、女は、表情が弱くなっていた。
 ただ、攻撃は続いていた。

 隙をついた女が、ペイルの足を突く。
 続けて、ペイルの肩を叩いた。
 声を上げたペイルが膝を地面に着けた。
 勝負あった、とシエラは思った。

「なんだ……。期待して損したな」
 女が、剣を肩に乗せて、嘆息した。
「やっぱり、スクレイの十傑っていうのは嘘だったのか。それとも、本物だけど、この程度の強さなのかな。噂が一人歩きすることなんて良くある」
 ペイルは、肩を抱えて俯いていた。

 シエラは、ペイルに近づこうとした。
 すると、女が、剣を構えた。
 ペイルに、さらに攻撃しようとしている。
 思わず、シエラは走った。





 膝を地面に着けて、俯いているダークを見ていて、セピアは、腹が立ってきた。

 今まで倒してきた男達の姿が重なったからだろう。
 その、鬱憤もあってか、思わず、攻撃をしていた。

 ただ、剣は、ダークに当たらなかった。
 二人の間に、ダークにくっついていた女の子が、割って入ってきていたのだ。
 どこから出したのか、短い剣を持って、セピアの攻撃を受け止めていた。

 セピアは、剣を引いた。

「大丈夫ですか?」
 女の子が、しゃがんでダークに言う。
 セピアの興味は、完全に女の子に移っていた。
「君、心気が使えるのか?」
「おじいさんに、診せに行きましょう」
 こちらを無視する女の子。
「このまま、行かせる訳がないだろう。その男は、当然役所に突き出す。それが嫌なら、君が戦うか?」
 言っても、無視する女の子。

 セピアは、多少、いらついた。
 挑発してみようと、女の子の顔のすぐ近くに、剣を通過させた。
 女の子は、瞬き一つしなかった。
 やはり、この子は強い。それも、この男より、よっぽどだ。
 にわかに、セピアはうれしくなった。ただ、女の子は、まったく意に介してなかった。

 そこで、セピアは気がついた。
 女の子は、全体的に地味な服装だが、その中で、一箇所、目に付くものがあった。

 利用できるかもしれない。

 再び、剣を、女の子の顔の近くを通過させる。ただ、今度は、顔の下だ。
 女の子の表情が変わった。
 女の子の首に掛かっていた首飾りの紐が切れ、首飾りが飛んだ。
「服装からして、田舎者だな。これが、お洒落だと思っているのか」
 セピアは、首飾りを踏みつけた。

 瞬間、閃光が走った。

 セピアの前髪の一部が、顔の前を落ちた。
 いつの間にか、剣を抜き放った女の子がいた。

 見えなかった。

 セピアは、自分の額に汗がにじみ出るのに気がついた。
 今のは、本気で殺そうとしたのではないか。
 考える暇も無く、女の子が、剣を振りかぶった。
 すぐに、防御を構えた。
 女の子の形相が明らかに、変わっていた。
 目が見開き、瞳孔が開いている。
 その表情を、恐い、と思った。
 攻撃を受け止めたが、力負けして、剣が弾き飛ばされてしまう。
 セピアは、後ろに倒れた。
 女の子が、剣を突き刺す構えをしていた。

 思わず、セピアは目を閉じた。











 数秒、何もなかった。

 セピアは、目を開けた。
 女の子は、そのままの姿勢だった。
 ただ、その横に、いつの間にか、知らない老人が立っていて、女の子の手首を掴んでいた。

「そこまでだ」
 低い声で、老人が言った。
 女の子が、呆然とした表情をしている。
 そして、剣を手放すと、地面に落ちていた首飾りに飛びついていた。
 大事そうに拾い上げているのを見て、セピアは、あれが、ただのお洒落ではないという気がした。

「ふむ……」
 言って、老人が、場を見回す。
「あの……」
 ダークが、言った。
「いや、言わなくていい。ペイル」
 老人は、セピアに近づいてくる。
 地面に座った格好でいたセピアの前で、老人はしゃがんだ。
「すまないな、お嬢さん。この場は、収めてくれないか」
 セピアは、何も言えなかった。
 そして、老人は立ち上がると、ダークに近づいていった。ダークは、肩に手を置いて、跪いている。
「大丈夫か?」
「あ……、はい……」
 ゆっくりと立ち上がる、ダーク。
「シエラ、行くぞ」
 言われて、立ち上がった女の子が、剣を拾って、歩いていく。
 三人が、立ち去ろうとしていた。

「待ってくれ!」
 三人が、振り返った。
 セピアは、女の子を見た。
「君……、シエラというのか。歳はいくつだ?」
 シエラが、一つ間を置いてから口を開く。
「十四」
 自分より、二つ下だ。
「私は、セピアという。シエラ、私ともう一度、戦ってくれないか」
 セピアは、立ち上がる。
「さっきは、すまなかった。そちらの、お連れの方にも、失礼なことをしてしまった。私は元々その人を、どうこうしようとは考えていない。私は、どうしても、強い者と戦いたかったのだ。私が全力を出せる相手と、私は、今まで出会ったことがなかった。それで、つい興奮してしまったのだ。すまない」
 言って、セピアは、頭を下げた。
「それで、負けた身で言うのも、おこがましいかもしれないが、さっきの戦いは、我ながら、不本意な形だった。君とは、ぜひ、改めて真剣に立ち合わせてほしい。頼む」
 シエラの表情は変わらない。

「いいだろう」
 言ったのは、老人の方だった。シエラが、老人の方に目をやった。
「ただし、やるなら、明日以降。武器は、調練用の物だ。それでいいか?」
「勿論です。では、明日の正午に、ここに来てほしい」
「分かった」

 最後も老人が言って、三人が去っていった。

 しばらく、セピアは、その場に立ち尽くしていた。

 心が気持ち悪い、とセピアは思った。
 初めて、打ちのめされた。それも、年下の女の子にだ。しかし、戦いきったという気持ちはない。完全に負けたという気はしなかった。
 それでも、気持ち悪いのだ。やはり、負けるというのは、嫌なことでしかないはずだ。

 負けたくはない、とセピアは思った。




       

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