力の無い足取りだった。
セピアとの一件の後、夕方まで、三人でローズの町を見て回った。
その間、ペイルはずっと足取りが重く、項垂れて、何も喋らなかった。
ボルドーが、引き摺るようにして連れてきていた。
日が落ちかける頃に、夕食をとる為に店に入った。
そこでも、ペイルは項垂れたままだった。
「あの……」
注文をした後に、小さい声で、ペイルが声を発した。
「俺、もう、同行から外れます」
ペイルが、少し震えているように、シエラには見えた。
ボルドーは、何も言わない。
「やっぱり、甘かったんだと思います。犯罪者なのに、のうのうと旅をしようなんて……。俺が、お二人と一緒にいれば、この先も、お二人に迷惑を掛けてしまうかもしれない。だから、もう、同行から外れます」
沈黙。
「お二人には、本当に感謝しています。こんな、俺を、役所に突き出さないでくれて……」
「外れて、どうするつもりだ?」
ペイルの方を見ずに、ボルドーが言う。
「その……、ひっそりと、一人で、鍛えながら、旅をしたいと……」
俯いたまま話す、ペイル。
「都合がいいと思うかもしれません。だけど……、自首は……」
「別に、自首しろとは言ってない。しないという、お前の判断を非難するつもりもない」
料理が運ばれてきて、会話が一旦、中断する。
「ペイル。一つ言っておくぞ」
店員が去った後、腕を組む、ボルドー。
「お前を連れていれば、何かしらの事が起こることなど、初めから百も承知だ。それでも、わしは、お前を無理矢理追い返さなくて良かったと思っている。何故だか分かるか?」
ペイルが、顔を上げる。
「罪を犯すのに慣れてしまった者は、目が荒んでしまう。まあ、中には例外もいるがな。初めて会った時のお前は、目が荒みかかっていた。あと一年ほど同じ事を続けていれば、元に戻るのが難しい状態になっていただろうと思う。だが、今のお前は、その荒みが綺麗に消えてしまっているんだ」
ペイルが、自分の目の辺りに、手を置いた。
「罪に慣れる人間など、この世に、掃いて捨てるほどいるのだろう。だけども、一人の人間でも、それを防げたことが、わしは良かったと思っているよ」
言って、ボルドーが、少し微笑んだ。
「同行したければすればいい。それだけは言っておく」
ペイルが再び俯く。そして、両膝の上に拳を置いた。
「本当ですか……? でも、ボルドーさん、俺に何も教えてくれない……。それは、俺に才能がないから、見込みがないからじゃないんですか……」
ペイルが、震え始める。
「女の子に叩きのめされて、女の子に庇われて……。悔しいし……、弱い自分が情けないんです」
言って、ペイルの目から、涙が落ちていた。
「なぁ、ペイルよ。強さとは何だと思う?」
おもむろに、ボルドーが言った。
「わしは、それが相対的で主観的なものだと思っている」
また、ペイルが顔を上げる。
「相対……、ですか?」
「何かに負けて、自分が弱いと知り、何かに勝って、自分が強いと知る。その現象に際限はない。ならば、どこの段階で自分の力量とするのか。それは、自分自身で決めることだ」
ペイルが、怪訝な顔をする。
「分からんか? まぁ、わしも、よく分からんがな」
言って、声を出して笑うボルドー。
「要は、負けて自分が弱いと知ることも、大事なことだと、わしは思うよ」
「はぁ……」
「それに、お前は何も教えてくれないと言うが、わしは、シエラに何か特別なことを教えているわけではない」
「えっ?」
「昔に、ある程度の型は教えたが、最近は何も教えていない。たまに、立ち合うだけだ。元々、わしは他人に何かを教える才能がないと思っているしな」
「それなのに、あんなに強いんですか……」
「お前が、そう思うということは、シエラがお前よりも、自分が弱いと思っているからだとは思わないか?」
ペイルが、考えるような表情をする。
「まぁ、とにかく今は飯を食おう。せっかくの料理が冷めてしまう」
「あの」
ペイルが立ち上がる。
「見苦しい姿を見せてしまい、すいませんでした。よろしければ、まだ同行させて下さい」
「いいと言っているだろう」
ペイルが、砕けた笑顔を出した。
「あと、俺も、たまに立ち合ってもらっていいですか」
日が落ちて、暗くなった道が前に続いている。
セピアは、その道を歩いていた。
負けの大事、か……。
セピアは、先ほどまで、ある飲食店の側壁の近くで、耳を澄ませていた。
盗み聞きしようと思っていたわけではない。たまたま、店に入る三人を見止めて、ついつい寄っていってしまったのだ。
人目につかない場所だったので、長居してしまった。
いや。長居した理由は、会話の内容か。
負けるということに対しての考え方を、変える必要があるかもしれない。
勝っても負けても、その答えが、明日、分かるような気がする。
理由も無く、セピアは、そう思った。
ボルドーが、やれと言えば、断る理由がなかった。
しかし、ボルドーが、決闘を受けた理由が分からなかった。
ああいう、意味のなさそうな戦いを受けることなど、今までなら絶対に許してくれないはずなのだが……。
空を見上げると、雲が濃く、太陽がうっすらとしか見えなかった。
ほぼ、正午だろうと思う時間に、シエラは広場に向かった。
ボルドーとペイルは、いない。朝の内に、どこかへ出かけていったのだ。
広場に入ると、ほぼ中央に、すでにセピアが立っていた。
近くには、木製であろう模造武器が、いくつか置いてある。
セピアは、長く、先に布が着けられた棒を持っていた。
「調練用の物を、いくつか持ってきた。好きなものを選んでくれ」
シエラは、近づいていき、いつもの剣と、ほぼ同じ大きさの棒を取った。
少し、軽すぎるか。
そう思い、もう一つ大きい棒を取った。
「それでいいか?」
シエラは、頷いた。
「それでは、始めようか」
ゆっくりと向かい合った。
セピアは、足を肩幅よりも広げ、体を横向きにし、棒の先端を低くして、それを両手で持って構えた。
武器で言えば、槍だろう。
「奇策か何かと思わないでほしい。私の得物は、元々これだ」
そう言って、セピアの身体に心気が満ちてくる。
昨日とは、明らかに雰囲気が違う。集中している。
シエラも、正面に、棒を構える。
「まずは、感謝するよ、シエラ。わたしと戦ってくれて」
セピアは、笑った。
「では、行くぞ」
言って、踏み出してくる。
シエラの持っている棒の間合いの外から、棒が飛んでくる。
それを、身体をひねって、かわし、片手に持った棒をセピア目掛けて振る。
しかし、セピアは、後ろに飛び退いて、攻撃をかわす。
こちらの動きを見てから動いたというより、初めから、飛び退くつもりだったのだろう。
すぐさま、セピアが、再び突いてくる。
突きを、棒で受け止める方法が思いつかない。
シエラは、再び、横に避ける。
すると今度は、セピアが、一歩踏み出してきて、足蹴りを飛ばしてきた。
腕で、受け止めるが、体制が崩れる。
今、攻撃されると、まずい。
シエラは、とにかく、後ろに動いた。
セピアは、追撃してこなかった。始めと同じ構えで立っていた。
「追っていかなかったのは、このまま勝ったら、奇襲で勝った様になってしまうからだ。次は、遠慮せずに、押していくぞ」
セピアが言った。
なるほど。ああいう、戦術か。
対人戦は、ボルドーとの稽古以外では、初めてだ。
シエラは、少し楽しくなってきていた。