Neetel Inside 文芸新都
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 厳格な人だった。


 セピアの、父に対する印象は、そのひと言だった。

 物心がついたころには、すでに国境の守備の任についていて、同じ場所で暮らしていたのだが、ほとんど会うことがなかった。母がよく、立派な軍人だと言っていたので、セピアも、父を誇らしく思うようになった。
 時々、異腹の兄達と一緒に、父と会うことがあったが、ほとんど話もせず、武術の成長を見るということで、兄達と立ち合うということだけだった。兄達は、打ちのめされるだけだった。
 これが、父の会話のしかたなんだろうと、幼いながら思ったものだ。

 やがて、母が倒れる。

 元々、病弱な人だったのだが、その時は、初めて故郷に行きたいと言い出した。
 セピアも、それに着いて行くことになった。
 いつもの発作だろうと思っていた。静養のための帰郷だろうと思っていた。
 しかし、それから半年も経たない内に、母は死んでしまった。
 何が起きたか分からずに、数日、呆然としているしかなかった。

 そうしている時、父が母を厄介払いしたのではないかという噂を耳にする。
 怒りが全身を駆け巡った。
 だから、黙って母を送り出したのか。だから、死に目にも会いに来なかったのか。
 そう思っても、すぐに、父に問い質しには行けなかった。
 行っても、あの父なら、何も言わず、自分を打ち倒しただけで終わるだろうと思えたからだ。

 それだけは、耐えられない。

 何も言わないにしても、せめて、負けたくはなかった。
 そう考えた、その日から、セピアは鍛錬を始めた。
 ただ、どこまで強くなればいいのか分からなくなる日々だった。
 鬱憤を晴らすように、男達を打ちのめしていたような気がする。

 そして、いつの間にか、六年が経っていた。










 セピアは、ローズの町の大通りを歩いていた。
 このまま進めば、北に続く道に出る。
 セピアは、肩に担いでいる荷物を掛け直した。

 シエラとの戦いの直後から、セピアは身の回りの整頓を始めた。
 持っていた剣は兵舎の物だったので返しに行った。自分を指導してくれた隊長にも挨拶に行った。好き勝手やっていたので、当然嫌われているだろうと思うが、餞別にということで、武器を一つ持っていっていいと言われた。
 セピアは、調練用の槍を貰うことにした。
 それも、背に掛けている。

 初めての一人旅ということになる。セピアは、町の外に対しての知識は、全くと言っていいほどなかった。ただ、不安はない。どちらかと言えば、楽しみだった。
 シエラも、旅をしているという。自分も、旅をすれば、もっと強くなれるかもしれない。

 道は、早朝ということで、人が少なかった。
 その中、三人の人間が、道のほぼ中央に立っているのを、セピアは見止める。
 真ん中の老人が、こちらを見ながら、少し微笑んでいるように見える。

「我々は、これから北へ行こうと思っている」
 老人が言った。
「どうだろう。同行しないか?」

 両脇の二人が、不思議そうな顔をして、老人を見る。
 セピアも、意外だった。
「同行?」
「ああ。行き先が同じ旅人同士が、協力するということは珍しくないことだ」
「あの、何故、私が北へ向かうと?」
「この道の先は、北しかあるまい」

 そういうものなのか。
 セピアは考えた。

 いくら楽しみといっても、自分は、旅に関しては無知に等しいのだ。ありがたい誘いなのかもしれない。
 それに、老人の隣に立っている少女とは、もう少し、関わりたいと思った。
 セピアには、初めての感情だった。

「いいのですか?」
「ああ」

 セピアは、もう決めていた。










 次の町が分からなかった。
 それで、ボルドーが用があるということで、イエローの町に向かうことになった。

 四人で、ローズの町を出た。

「ちなみに、皆さんは、どういう目的で旅をしてるのですか?」
 セピアが言った。
「シエラの見聞を広める旅だ」
 ボルドーが言う。
「……それだけ?」
「大事なことだぞ」
 二人が話をしながら、四人が歩く。

 ローズから、数十歩進んだ。
 ふと、何気なくシエラは振り向いた。
 町の低い建物が遠くに見える。その両脇には、丘がある。
 シエラは、振り向いた格好のまま、動けなくなった。
 心の中が震えるような感覚に襲われる。
 映像が、急激に蘇った。

 見たことがある。

 歩いたことがある。

 二人で歩いたことがある。

「どうしたのだ?シエラ」
 セピアが、不思議そうな顔をして、シエラの顔を覗き込んでくる。
 シエラは、自分が涙を流していることに気がついた。
 それを止めようとは思わなかった。
「何か、思い出したのか?」
 ボルドーが言った。
「おじいさん。私、ここを通ったことがあります」
 涙が流れ続けている。
「通りました」
「そうか。では、この道が合っていたということか」
 シエラは、頷いた。

「良かったな」
 ボルドーが微笑んで言った。

 シエラは、ただただ頷いた。




       

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